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『蛮族の嫁企画』に参加させていただきました! 1日3回×2日間、全6話の更新です。

 レストランの、半個室になった一角には、緊迫した空気が漂っていた。

 この席は婚約祝いの場だったはずで、テーブルを挟んで二つの家族が向かい合っていた。しかし現在はその全員が立ち上がり、片側にいた家族は憎々しげにもう片側の家族を見渡している。睨んでいる側が男性側の家族、睨まれてあわてている側が女性側の家族だ。


 女性側、十七歳のマリヴィアは、状況をまるで他人事のように感じながら呆然と考える。

(どうしてこうなった……? いったい何が起こったの?)

 そこでようやく、自分を後ろから抱きしめて拘束している人物がいることを思い出す。マリヴィアは恐る恐る、顔を上に捻るようにして振り向いた。


 鋭い黒の吊り目が、頭一つ分高いところにある。長い灰色の髪を海賊のように束ね、日焼けした野性的な顔で彼女を見つめているのに、身なりはいかにも貴族風で、襟元のスカーフやひだのある袖口が全くそぐわない。そんな男性だ。

 男性は歓喜のこもった声で、彼女の耳に囁きかける。


「やっと見つけた。長かったぞ!」


(見つけた……?)

 そう、食事を始めたところで、この声が飛び込んできたのだ。「見つけた!」と。

 マリヴィアはものの三分前の出来事を振り返った。


 グローバー伯爵の末娘マリヴィア・レスウェルと、ハック伯爵の次男パーセル・パティンソンとの間で婚約が整い、両家はレストランに食事に来ていた。ちょうど両家の家族が、それぞれの領地ではなく王都に滞在していたため、正式な祝いの席はいずれ設けるとして今日は食事でも……ということになったのだ。

(この方が、私の夫になる方なのね)

 両親に言われるまま婚約を受け入れていたマリヴィアは、テーブルの真向かいに座っているパーセルをちらりと見た。

 隣の母親と何か話しているパーセルは、穏やかそうな顔立ちで、波打った髪を両脇に流している。自分も波打った栗色の髪をしているので、いずれ子どもができれば子どももそうかもしれない――そんな風には思ったが、彼女にとって他には特に印象のない相手だった。


 マリヴィアにとって、伯爵家に生まれたからには結婚も一つの義務、責務である。というと逃れられない辛いもののようだが、彼女は何不自由なく成長してきた自分の幸せに感謝していた。結婚も、両親が認めている上に自分にとって不利益な相手でなければ、何も問題ない。

 けれど最近、ふとした時に、彼女は「何かが足りない」と感じるようになっていた。

(結婚が近いと、女性は不安定になるというけれど……私もそうなのかしら。このところ、あの夢も増えてきたし)

 三年ほど前から、マリヴィアはおかしな夢を見続けている。

夢の中で、彼女は様々なところを歩いていた。自邸、王都、庭園、そして国境付近の草原。

 珍しくもない光景なのに、必ず一カ所、黒い染みのようなものが見える。そちらに目を向けると、染みはすぐに消える。不思議に思いながら視線を戻すと、今度は別の場所に染みが……そんな夢だ。

(身体が大人になる時期には、精神的に色々と不安定になるというわ。そして、今はもうすぐ結婚という、別の変化の時期。ちゃんと落ち着けば、夢も見なくなるかもしれない)

 彼女はそう自分を納得させていた。


 乾杯が済み、最初の皿が空になって次の皿が運ばれてこようかという、そんな時だった。 


「見つけた!」


 大きな声に驚いて顔を上げると、彼らのいる一角を仕切った衝立を回り込んで、例の男性が大股で入ってきたのだ。

 知らない顔ではあったが、他の誰にも目もくれず、マリヴィアだけをまっすぐ見つめている。見開かれた黒い目、浅黒い肌の顔に、驚きと喜びが現れていた。


 知り合いだっただろうか、こんな個性的な人物なら忘れそうもないけれど……と彼女は記憶を探りながら、ナプキンをテーブルに置いて腰を浮かせた。そして、当たり障りのない挨拶をしようとしたとき――

 ――一気に距離を詰めてきた男性は、あろうことか突然彼女の手をつかんで自分の方へと引き寄せた。

「ひえ!?」

 背もたれの高い椅子から立ち上がったばかりだった彼女は、隣の父親の椅子との間で転びそうになり、そのまま身体を捻るようにして男性の胸に倒れ込んでしまった。

 男性は危なげなくマリヴィアを受け止めると、彼女を後ろから抱きしめるような格好で立たせ、その場の人々を見渡した。

「食事中、失礼。彼女をお預かりする」


「何だね、君は」

 父であるグローバー伯爵が立ち上がり、その隣で彼女の母親も腰を浮かせた。向かいのパーセルも立ち上がる。

「食事中です。僕の婚約者に、どういったご用ですか」

「婚約者?」

 ぎらり、と男性の目が光ったような気がして、マリヴィアは固まった。

 男性は低い声で言う。

「彼女は俺のものだと、(いにしえ)の昔から決まっている」

(はい? え? 今なんて?)

 恐慌状態のマリヴィアは口をぱくぱくさせた。男性の後ろに気配がして視線を下げると、まだ少年から抜けきらないような若い青年が男の背後に隠れている。彼は青い顔で「男爵! まずいですって! 男爵!」と彼の服を引っ張りながら囁いていた。

(男爵……?)

 テーブルの向こうで、パーセルの父ハック伯爵が立ち上がった。

「思い出した。貴殿は、マウレン男爵アスファド殿では?」

 ぎょっとして、マリヴィアは口をつぐんだ。噂に聞いていたのだ。

(『女好き成り上がり男爵』!?)


 ハック伯爵が、グローバー伯爵に鋭い視線を投げた。

「これは一体、どういうことでしょうか」

「いや、私もいったい何が何やら……マリヴィア?」

 父に尋ねられたマリヴィアが口を開こうとした時、アスファドが彼女にしか聞こえない小声で囁いた。

「マリヴィア。名はマリヴィアか」

自分の名がどうしたというのかわからず、マリヴィアが一瞬戸惑った隙に、アスファドは先に彼女の父親に視線を向けて口を開いた。

「どうもこうもない。俺と彼女は強く結ばれている」

 その言葉をどう解釈したのか、パーヴェルの母親がサッと立ち上がった。

「なんとふしだらな! 成り上がり者の蛮族と付き合った過去を、結婚して隠そうと? パーセルを道具にしようとしたんですのね!?」

 女性との噂の多い男が、息子の婚約者を抱きしめているのだ。ハック伯爵夫人も何か勘違いをしたのだろう。そう悟ったマリヴィアは、アスファドの腕から逃れようともがきながら口を挟んだ。

「私、誰とも、お付き合いしたことなんて!」

 すると、アスファドはうなずく。

「そうさ。マリヴィアには俺だけだ、隠す必要などない」

(そこじゃなーい!)

 マリヴィアは本当に、アスファドと話をしたこともないはずなのだ。


 しかし、『関係がない』ことを証明するのは難しい。どう話せばわかってもらえるのか、しかもこの混乱した場で……と、小難しく考えて結局何も言えなくなるのがマリヴィアの悪い癖だった。知らない男に拘束されたのだから、一言「助けてー!」と悲鳴を上げればよかったのだ、と気づくのは、後になってからのことである。

「あの、とにかく話を」

 ひょっとして知り合いかもしれない、という可能性を捨てきれないマリヴィアがそう言ったものだから、その場の人々もやはり二人は知り合いかもしれないと考えた。彼女の両親も、引き留める機会を外してしまいうろたえる。

 背後の青年が、まだ何かわちゃわちゃ言ってアスファドを止めようとしていたが、彼は歯牙にもかけない。左腕でマリヴィアを抱き直し、右手を優雅に胸に当てて軽く頭を下げた。

「お食事中、お邪魔いたしました。どうぞごゆっくり」

 そして、様子を察して駆けつけてきたレストランの支配人に向かって、

「おう、あんた、このテーブルの代金は俺に。予約していた料理もここに出してくれ」

と一言言うなりマリヴィアをその場から連れ出した。青年が「ダメですって! これ誘拐ですよ!」と必死で囁いている。


「待って、あの、何か勘違いを」

 半分持ち上げられるようにして連れて行かれながら、マリヴィアがあたふたと言うと、後ろでハック伯爵夫人が怒りをみなぎらせて、

「勘違いさせるようなことをしたのではないの!?」

と吐き捨てるのが聞こえる。

 それを何とかなだめようとする両親の声を最後に、無情にもレストランの扉は閉まったのだった。

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