バレンタインはキスの味
最近、私の親友の様子が少しおかしい。
私の親友、小城姫は本当に小さい頃からの幼馴染で、まさに真面目でおとなしい女の子といった性格だ。いつも授業は集中して聞いてるし、スカートだって規定通りの膝丈。不真面目で大雑把な私とは正反対って感じである。
そんな姫が、最近は授業中もぼーっと聞いてなかったりするし、今も二人で帰ってるのに姫は会話一つせずに俯いて何かを考え込んでいる。
「姫、なんか悩み事でもあるの? 最近なんかずっと様子が変だよ?」
「わっ、風香。べ、別になんでもないよ」
「その何でもないは一体何回めわけ? ここ最近ずーっとぼんやりしてるし、てか顔ちょっと赤いけど熱でもあるとか?」
「いや、熱はないけど……」
やっぱり聞いてみてもイマイチ要領を得ない。2月に入ったぐらいからずっとこうだ。あ、でもバレンタインチョコの広告を見つけた時とかは特にいつも考え込んでいた気がする。なら……
「もしかして、恋煩いとか? バレンタインも近いんだしさ」
「えっ! こ、恋なんかじゃないよ、うん。本当に何でもないのっ」
つい気になって下から覗き込むようにして聞いたら急に慌てて否定しだす。ただ、その顔は真っ赤になってて説得力は欠片もない。
「え、姫、ほんとに好きな人いるんだ⁉︎ だれだれ? 姫は部活とかしてないし、やっぱり同じクラスの人?」
「うぅ……やっぱり風香には隠し事は無理かなぁ。いっつも私が悩んでる時は気付いちゃうんだから」
「そりゃ私と風香の仲だからね。それで、どうなの? もちろん言いたくないなら言わなくてもいいけど」
そう聞いても姫は話すのをためらうようにして顔を赤く染めて上目遣いでこっちを見てくる。その顔がいつもよりずっと可愛くて同性の私でも少しドキッとした。姫の好きな人もこんな可愛い顔で見つめられたら一発で落ちそうなのに、もったいない。
「あ、あのね。一応同じクラスの人なんだけどね、もうすぐバレンタインでしょ? それでチョコを渡すかどうかとか、今の関係がどうなるかとか色々考えちゃって……」
「あー、やっぱりバレンタインかー。うん、でも姫はかわいいんだから渡しちゃった方がいいと思うよ? 普段おとなしいから目立ってないけど、姫はかわいいし性格もいいし、告白されて断れる人なんていないよきっと」
「でも、やっぱり上手くいくとは思えなくて……」
むう。やっぱり姫は少し自己評価が低すぎるんじゃないかな。今でもクラスの男子が誰が姫からチョコを貰えるかーなんてこっそり話してるの聞くし大丈夫だと思うんだけどな。
「あ、そうだ。もし本当に姫が振られちゃいそうならね、キスすればいいんだよ」
「き、キス⁉︎ キスなんてそんな、絶対無理だよ!」
「まあもし断られたらの話だよ。万が一相手が姫のことを好きじゃなかったとしてもこっちからキスして姫のことを好きにさせたらいいんだって」
「そんなの、ハードル高すぎだよ……」
「ま、まあ確かにキスは流石に難しいかな」
まあ私としても、流石に姫にいきなりキスしろなんて無理かなぁ、とは思っていたのだけど、姫なりに考える所があったのか、しばらく俯いて悩んでたあとに、いきなり顔を上げた。
「ね、ねえ。風香は……風香は、私のことかわいいって思う? 私がキスしたら好きになってくれる?」
「へ? 姫が? そんなの当たり前でしょ。 姫はすっごいかわいいし、そんな姫にキスされて惚れない人なんていないよきっと」
私が姫にキスされたら、とういよりは姫の好きな人がキスされたら好きになるかどうか、を聞いてるんだろうけど、それでも確信に近い気持ちでそう言える。
実際、姫はそれほどにかわいい。身長は低めなのに意外にでるとこはでててるし、痛みなんて知らないような綺麗なセミロングの黒髪も、綺麗な色白の肌と合っている。それに、眼鏡ごしでもぱっちりとした瞳も、姫の愛らしさを際立てていると思う。恥ずかしがってる時の少し潤んだ瞳と赤く染めた顔で見上げてくるときなんて、そういう趣味がない私でも何度ドキッとしたことか。
「そっか……そっか。えへへ。ありがと風香。うん、それじゃあ私、頑張ってみるね」
「ふふ、ふぁいとだよー姫」
「それじゃあ、私バレンタインの日、風香の家に行くね」
「へ? なんで私の家? ああそっか、今年はバレンタインが祝日だからチョコ作っても渡せないのか」
「え、ああそうだね。今はそういうことでいいよ」
「? まあ分かった。それじゃあ1時に私の家で」
なんだか含みを持ったような姫の言い方を少し疑問に思いながらも別に問題もないので適当に空いてそうな時間に約束する。
「うん、それじゃあね、風香」
「ん、またね、姫」
そうしてちょうど話が終わった時にお互いの家への分かれ道に着いたのでそのまま自分の家に帰る。
「にしても姫に好きな人かー。全然想像つかないかも……」
それに、今までずっと一緒だった姫に恋人ができるかもなんて……想像してみたらなんだか姫を盗られたような気がして私としては少し複雑だった。
そんなこんなで2月14日。今年は休日だから既に付き合ってる人がほとんどだろうけど、それでも女の子が大切な人にチョコをあげる日。それなのに私は自分の部屋でぼんやり姫を待っている。一応、姫が来るからいつもの部屋着じゃなくてお気に入りの薄いオレンジ色のワンピースだから、服装だけ見ればバレンタインっぽい服と言えなくもないかもしれないけどね。こんな格好じゃあ寒くて外出れないけど。
本当はバレンタインだから普通は私も誰かにあげるかなんて考えるんだろうけど、高校2年にも入った今でも特に付き合いたいなんて思える人はいないわけで……告白されたことも無いわけじゃないんだけどねー。一応、姫が来るからいつもの部屋着じゃなくてお気に入りの薄いオレンジ色のワンピースだから、服装だけ見ればバレンタインっぽい服と言えるかもしれないけどね。こんな格好じゃあ寒くて外出れないけど。
と、そんなことをだらだらと考えていたら姫が来たようで呼び鈴の鳴る音がした。時間を見れば1時のちょうど5分前でなんか性格出てるなぁと不思議とおかくなる。
急いで玄関まで行ってドアを開けると、やっぱりそこには姫がいた。
「こんにちは、風香」
「やっほー姫。寒いでしょ? はやく私の部屋においでー」
今日の姫はもこもこしたクリーム色のニットに姫には珍しい赤色で短めのスカートにレギンス。全体的に暖かそうではあるけど、今日はまさに冬と言った寒さなのではやくあったかい部屋に入ったほうがいいと思う。まだ玄関に入っただけなのに姫の顔は結構赤くなってきてるし。
「わかった。ふふ、そういえば風香の家に来るのは久しぶりだね」
「んーそういえばそうかもね。最近は外に遊びに行く時のほうが多かったし。あ、適当に座っといて。すぐ飲み物入れるから」
「うん、分かった」
とりあえず部屋に入って、姫がクッションに座って待ってる間に私と姫の分のジュースを持ってきて机に並べて、私も適当なクッションの上に座る。
「あ、あとこれ。せっかくバレンタインだし、チョコレート。いわゆる友チョコだけど、試食で一回食べてるから味は保障するよー」
「あ、うん。友チョコ、だよね……ありがと、風香」
「どーいたしましてーっと」
そうしてちょっとお高めのトリュフチョコ達を皿に並べたんだけど、また姫が何かを考え込むように俯いている。今は私の家にいるのにまた誰だか他の好きな人のことで悩んでるいるのかとか思うと、私としては少し面白くない。
「まだバレンタインの悩みごと? そんなに悩んでるならちょっとくらい私に言ってくれたっていいんだよー?」
「分かってる。ちゃんと話すよ風香」
そういって風香は急に私の方に近づいてくる。てか近い。すごく近い。いきなり姫の顔がすぐ隣まで来たから一瞬ドキッとした。
「えっと、えっとね……風香これ、あげる!」
そういって姫が渡してきたのは、いかにも本命って感じの可愛らしい装飾がされたハート型のチョコで。ただ姫がチョコをくれたってだけならありがとの一言でいいはずなんだけど、こちらの反応を伺うように思いつめた顔も、真っ赤に染まった頬も、とてもただそれだけには思えなくて……
「えっと、姫? これは友チョコ、だよね……?」
「違う! 違うの。私ね、風香のことが好き。ずっとずっと好きだったの。もちろん、恋愛的な意味で。だから、これは本命チョコだよ、風香。私は風香だけが好きだし、風香に恋人になって欲しいの!」
つい、ほとんど無意識に友チョコかを聞いていたんだけど、姫から言われたのは告白の言葉で。そんな突然の告白に頭の中がわけわかんないことになっていた。
だって、姫がだよ⁉︎ 今までずっと、当たり前に一緒にいて。でもお互いにとってそれは友情でしかないはずで。それが姫は私のことを好きだったの? 恋愛的な意味で? そもそも、私達は女の子同士なんだし……そうだ、女の子同士で付き合うなんておかしいんだから、そんなの……
「ご、ごめん姫。でもそんな、私達は女同士なんだし付き合うなんて」
「え? そんな、風香は? 風香は、私のこと、好きじゃないの?」
「え、と、姫? 私も姫は好きだけど、ずっと姫のことは親友だと思ってたし、あくまで友情としてのライクで、恋愛的な意味じゃないから……」
だから、私はそんな風に断ろうとした。私にとって恋愛は男女でするものだったから。ただそんなことを言ったら、姫は泣きそうな顔をした後に俯いて。
「そっか、そうだよね……告白するだけじゃ、ダメなんだもんね」
そんなことを姫が呟いた次の瞬間には、私は姫に押し倒されていた。姫は熱に侵されたように私を見つめていて、姫の両手は逃げられないようにか私の顔を挟むようにして床に手をついている。
「え? ひ、姫⁉︎」
「うん、大丈夫、分かってるよ、風香。風香はキスしなきゃ私のこと好きになってくれないんだよね。私がキスしたら好きになってくれるって言ったもんね」
「ひ、姫、あれはそういうことじゃ……んっ……」
それでも姫に抵抗しようとはしたんだけど、そんな口はすぐに姫の唇で閉じられた。
まさか本当に姫がキスをしてくるなんて思わなくて、頭が真っ白になる。目の前には潤んだ姫の瞳があって、姫の甘い香りも、上から覆いかぶさるようにして抱きしめられている体の柔らかさも全部分かって、なんだか全然抵抗できなくなる。何より唇からは姫の唇の柔らかさもしっかり伝わってきて、もうそれ以外の感覚なんてないんじゃないかってきがしてくる。それに、姫のことは友達だと思ってたはずなのに、何故だか私の心臓は痛いほど高鳴っている。というか体じゅうが触れ合っているからか、私と姫の心臓の音なんてもう区別がつけられないような気もする。
(あ……これやばい、キスってこんなに気持ちいいんだ……)
しかも、そんな風につい頭がぼーっとしてきいて、いつの間にか口が開いてたのかそこから姫の舌が進入してくる。もうこの辺りで多分私はすでに抵抗できなくなっていた。ただ私は姫にされるがままに口の中を姫の舌で掻き回されていた。むしろ、私からも姫の舌を味わうように舌を絡めるとさらにドキドキと気持ちよさが増してきて……
そうして姫に唇を奪われてから、長かったのか短かったのかも分かんない時間がたったあと、息苦しくなってきたのか姫は唇を離した。
離れる時にはお互いの唾液が糸を引いて、でも姫は手で拭ったりせずに唇の感触を確かめるように、自分の唇をペロリと舐めて、艶やかに微笑んだ。そのあと、その妖艶な表情を少しだけ不安そうにして。
「ねえ、風香。風香は、私のこと好き?」
そんなことを聞いてきたのだった。
私としては、前に話してたことは男に対してのつもりで、本当に私が姫にキスされるなんて全く思っていなかった訳なのに……
「う、うん……好きだよ、姫ぇ……」
私を貪る姫の、熱に浮かされたような顔や、私の口内を掻き回す姫の舌の感触が、私をもう姫を友達としてみることなんて、絶対できないくらいに魅了していた。自分でもちょっと単純すぎるかなとは思ったけど、きっと可愛すぎる姫が悪いんだ。そうに違いない。
「ほんと⁉︎ ふふ、嬉しい、すっごく嬉しい。私も好きだよ、風香。ずっとずっと大好き!」
姫は私が返事を返した瞬間、急に無邪気な、いつもどおりの雰囲気に戻ってまた抱きついてきた。その変化の早さに驚きつつも、恋愛的な意味でも姫を好きになっちゃった私にはそんな姫の表情がいつも以上に可愛らしく、愛おしく見えて。だから、ついちょっとしたいたずら心と姫への反抗心みたいなものが湧いてきて。
「ふふ、私も好きだよ、姫。だから、これはお返し」
姫の頬にそっと手を添えて、今度は私から姫の唇を奪ったのだった。
バレンタインでなんか書こうと思ってたのにいつの間にかバレンタイン色がかなり薄くなってた不思議