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蒸気街のハーフボイルド探偵 ジオ

蒸気街のジオ

 あなたは毎朝、どう過ごしている?

 朝食を食べて活力を得る者、せわしく会社や学校に行く準備をする者、本を読んでゆったりと過ごそうとする者など朝の過ごし方は人によって様々である。


 一番最初に食べる食事、朝食だってそうだ。

 焚きたてのご飯を食べる者、焼きたてのパンを食べる者、飲み物だけをさっと流し込む者……あるいは朝は食べないと言う人も居るだろう。


 ――――俺の朝はいっぱいのコーヒーから始まる。


 蒸気と煙が舞う石畳の街ラオホ。家々に取り付けられた蒸気を行き渡らせるパイプの隙間からぷしゅーぷしゅーという音と共に蒸気が辺りに充満して、世俗の者達は煙の中に消えていく。

 そんないつもの俺達の街を窓から見渡しながら、俺はマスター特製の、一番豆をひいて入れたいつものブレンドコーヒーをいっぱい飲み、新しい朝の香りと活力を流し込んで行く。


「あぁ……良い。今日も最高の一杯だ」


 コーヒーを飲んで活力を得たクールでダンディーな俺は、着古したお気に入りの深緑のコートを羽織って今日も今日とて外へと繰り出す。

 愛するこの街を汚そうとする、犯罪者達に粛清を行うために。


「……おい、ジオ? 飲んでないよな? 一口も付けてないよな?」


 この喫茶店のマスター、スレイがそう言って来る。黒い髭をぶっきら棒に生やした、40代ぐらいの少しやさぐれた彼は、俺が飲んでいたコーヒーカップを持ち上げる。

 そこには先程と何も変わっていない、一滴も飲まれていないコーヒーカップがあった。


 俺は視線を逸らしつつ、深緑色のコートからパイプを出して火をつけて、スーッと息を吐く。


「ジオよぅ……ただパイプを出して火をつけるだけならば外でやって貰えねぇかよ? お前、別にパイプも吸う事も、コーヒーも飲まねぇ。そんな奴のためにこの喫茶店は営業してねぇんだわ。

 探偵なら探偵らしく……ほら。この外に居るとされる犯罪者を捕まえて、金でもふんだくって来い」


 俺はパイプの火を消して、スレイから指名手配書を奪い取ると共に、その内容を読み込む。

 人相書きの欄には目元が暗い、ちょっと情けなさそうな冴えない眼鏡のおっさんの、肩から上の写真が貼られていた。そして肩から上しか映ってないが、人相書きから……まぁ、そこそこの奴だと言う事が分かる。

 こいつはあれだ、ただの腰抜け野郎という、チンプな賞金首だ。書いてある罪状とやらも、ちゃちな強盗を3回起こしただけの、それだけの男だ。


「――――トーヤ・カイガヤ。罪状は強盗を3犯……。かぁ、俺のような、超一流の探偵様が出るようなタマじゃねぇなぁ。スレイ、紹介屋としてこれはねぇんじゃねぇのか?

 紹介屋はそいつにあった賞金首を紹介してその一部を利益として得る、ちんけな商売だが目は確かだ。だが、俺とこいつは釣り合わないだろうが。蒸気で眼がイカレたのか?」


「うるせぇ、それに外の蒸気は安全だからと言う理由で、外に出てるんだろうが。今ではうちの灯りや、コーヒーを動かすのも、それから最先端の上層部さんやらが研究しているのも蒸気エネルギーとかじゃねえか。上が安全だといった物は、下が安全と信じるしかないんだよ」


 スレイの言い分はもっともだ。蒸気エネルギー、理屈はどうかは分からないが、どうやら電気に変わる、そりゃあ素晴らしいエネルギーらしい。

 俺の親父の世代はデンキとか言う、目には見えない痺れるビリビリとしたエネルギーを使っていたらしいが、今の世代が使っているのは蒸気エネルギー。


 『軽くて、痺れず、なおかつ大量に生産できる』がモットーの、クリーンな蒸気のエネルギー。

 今ではそれの力を借りて灯りも、髭剃りも、コーヒーだって、全てが蒸気のエネルギーで出来ている事は勿論、俺だって知っている。


「だがよぉ、そのせいで俺達の街はいーっつも、その蒸気とやらのせいで、お天道様が隠れていつも薄暗いじゃねえかよ。それなのに蒸気のエネルギーとお上の情報を信じろったってよぉ……」


「あー、はいはい。電化製品(アンティーク)好きのうんちくはどうだって良い。さっさとその犯罪者を捕まえて来い。報酬はいつも通り、3:7だがな」


 どうやら俺がこいつを捕まえるのは決定事項らしい。

 ……はぁー。まぁ、最近ちょーっと懐がさびしい事になって来たから別に良いんだけどよぉ。


「そっち、3だよな? 間違えたらしょうちしねぇぞ」


「へいへい。あー、気を付けろよ。

 相手は蒸気義肢(スチーマー)を使う賞金首だ。舐めてると怪我するぞ」


 要らぬ心配だ。俺を誰だと思ってやがる。

 この街を、汚す奴を決して許さない


 ――――正義の探偵様だぞ。


 21世紀初頭、人々の関心事の一つにエネルギー媒体の変化が挙げられていた。

 今ではアンティークとなってしまっている電化製品などを動かす電気エネルギーは持ち運びには不便であり、なにより作り出すのに多大な危険性が挙げられ、それの媒体エネルギーとして選ばれたのが蒸気石と呼ばれる黒い石が出す蒸気エネルギーである。


 『軽くて、痺れず、なおかつ大量に生産できる』という売り文句の元、このエネルギーは政府主導によって民衆に広められた。

 家々には電柱の代わりに蒸気を伝えるパイプを、発電所の代わりに蒸気石を置くための機関を、そして全ての製品には蒸気を生み出す蒸気石を素材として練り込まれている。


 ほぼ無限に動き、なおかつ手入れも簡単だからという理由で広まったこの蒸気エネルギーだが、一番技術発展が目まぐるしい分野――――それが兵器技術としての開発である。


 蒸気を撃ち出す銃、巨大な力を生み出す人工筋肉、刃の鋭さを上げた蒸気刀など、様々な兵器としての開発が進んだが、中でも一番有名なのは蒸気義肢(スチーマー)である。

 身体の一部の代替品である義肢に蒸気兵器を組み込むという、ただそれだけの技術なのだがそれは大いに広がっており、中でも悪人達が裏の闇組織にて多大な金と共に手に入れると言うのが最近の犯罪の通例である。


 トーヤ・カイガヤもそんな蒸気義肢を手に入れた、賞金首の1人である。

 蒸気義肢を手に入れる前はその日の生活にすら困るくらいの、冴えない日雇い労働者であった。しかしある日、落盤事故に巻き込まれて右腕を失って、労災保険として大金が降りて来た時、彼の人生は転機を迎える。


 彼はその手に入れたお金を全て裏の商人に多額の金を渡して、蒸気義肢を手に入れる。

 蒸気の圧縮技術を手に入れたトーヤはその力を人のためではなく、犯罪として利用した。そう、強盗である。


 手ごろな銀行や商店に目を付けて、そこを脅して金庫まで案内させる。その後はその金庫を蒸気のカッターで切って、金庫ごと強奪。

 後は逃げ切った所で中身の確認、それが彼の強盗の手順であった。


 今日もまた、手ごろな個人商店に狙いを付けて、金庫を奪って逃走しようとしたのだが……。


「な、なんだよ……あいつは!」


 右手の少し重い蒸気義肢を引きずりながら、トーヤは必死に狭い路地裏を逃げまどう。


「まてぇ、そこの5万円! 今すぐお縄につきやがれぇぇぇ!」


「ひぃ~!」


 彼は必死に逃げていた。自分を追いかけて来る――――――バケツを被ったおっさんに。


 深緑色のコートを着た、頭にゴミを捨てるポリバケツを盛大に被ったおっさんはこちらが見えていないのにも関わらず、こちらを見ているかのようにどんなに逃げても追いかけて来る。


「ちっくしょう! これでも喰らいやがれ!」


 トーヤはポリバケツを被ったそのおっさんに向かって、蒸気義肢を向ける。

 すると蒸気義肢の形が変わって大砲状態に変形して、蒸気の巨大な塊が発射される。発射された巨大な蒸気の塊は、ポリバケツを被ったそのおっさんに放っていた。


《ドーン!》

「ぐはぁ!?」


「――――よし、命中したな!」


 トーヤは換装のためにと蒸気義肢の引き金を引くとぷしゅーっと、蒸気の煙が義肢から抜かれていっていた。そしてふーっと、一息吐くと「あいつ、なんだったんだ……」と溜め息を吐いていた。


「銀行を襲って逃げたのを追い掛け、さらにポリバケツを被って追いかけまわすとはね。

 な、なんだったんだ……あのおっさんは。

 ――――まぁ、蒸気を凝縮させたあの塊を食らったのならば、最低でも4時間は動けないはずで……って、あれ?」


 濃い水蒸気の白い煙をかき分けるようにして、ポリバケツを被ったおっさんが現れていた。

 ポリバケツの一部は破損されてしまっていて、そこから赤く光る瞳が覗かせてゆらゆらと揺れており、ふらふらと歩きながら動いていた。


「な、なんだ、あいつは。なんで向かって来るんだよ……」


 まるでバケモノのように、煙の中から現れるポリバケツを被ったおっさん。

 ――――そいつは深緑色のコートをきちんと着直し、ゆっくり両手でポリバケツを頭から取ると、トーヤの顔に真正面から向き合っていた。


 深緑色のコートを着た、灰色の髪を短く乱雑に伸ばしたおっさん。顎と口周りには短く伸びたヒゲ、そして肩や胴など体格の良い彼はバケツを頭から外すと、サッとコートを着直す。


「俺の事を知らない、だと?

 ――――ふっ、知らないなら教えてやろうじゃないか」


 そう言いながら、懐から似合わないパイプを取り出して火をつけると、口にくわえようとして……一口舐めただけで本当にまずそうな顔をして、少し涙目ながらトーヤを見ていた。


「俺は……ただのクールで、ハードボイルドな探偵だ」


「ただの探偵が……蒸気の塊を受けて大丈夫じゃないだろう! 後、パイプ吸うなら吸えよ、このエセハードボイルドがぁ!」


「だっ……」


 そう言って探偵は怒った顔で地面を跳ぶ。

 その高さ、驚異の9m! しかもその探偵は助走もなにもなく、さらに彼の身体は何一つとして蒸気による特殊な装備もない、生身の身体でその驚異的な高さを飛んでいた。


「ば、ばかな! 生身でその驚異的な高さはあ、ありえない! や、やはりお前、情機技術が生んだ人型兵器か何かで……」


「くらぇー! ハードボイルドキック!」


 ハードボイルドと言うよりかは、ラ〇ダーに近い高位置からの蹴りが炸裂! 

 煙をかき分けて現れたその自称探偵のキックにより、トーヤは地面へと叩きつけられて気絶する。途中で首の辺りでゴキッと変な音が聞こえたが、大丈夫だろう。


「ふぅ……探偵業はつらいぜ」


 果たして彼のその戦いを、本当に探偵と呼べるかは定かではない。


 蒸気街の自称ハードボイルド探偵、ジオ。


 今日も今日とてスチームな世界で、自慢の人間離れした身体能力で、賞金首を倒していた。


 彼が自分の行動が探偵ではなく、掃除屋である事を知るのはまた別のお話である。

活動報告にて、キャラ設定などを後々載せる予定。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 軽くて、痺れず、なおかつ大量に生産できる 良いなこの台詞、すごくそれっぽい。何がそれっぽいかは説明できないが、この台詞はなんというか良い。 エセハードボイルド。 うん、確かにと思った。 …
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