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パレットはもういらない  作者: 真咲 透子
『恋のメロディーを聴かせて』グレン編
9/30

9.  あなたの音

「なかなか評判いいみたいじゃないか。あと少しだがこの調子で頑張れよ」

「アリガトウゴザイマス」

「てめぇなんだその顔」


 事務所にて。偶然廊下で出会ったプロデューサーに突然褒められてしまった。いきなりだったので、私はきっと能面みたいな顔をしていたのだろう。……だって、プロデューサーが手放しで褒めるなんて、なんか裏がありそうだもん!!プロデューサーは、そんな私の反応をお気に召さなかったようだ。


「ご期待の沿うような言葉じゃなくて悪かったなぁ。なんて言って欲しかったんだ、あ?……はっ面白いツラしやがって」

「ひ、ひたぃ~ふみはへん~」

「お前のほっぺた、めちゃくちゃ伸びるな」


 びよーんと私の頬を引っ張りながら愉快そうに笑った。……いたい!ほっぺがちぎれる!!私の頬でひとしきり遊んだあと、やっと離してくれた。


「……真面目な話、あの演技からよく上達した。だからって気を抜くなよ」

「は、はぃ……」


 私は頬の痛みと格闘していたので、返事をするのが精一杯だった。プロデューサーは「これからレッスンだろ。さっさと行け」と私のことを軽く蹴ったけど、さっき呼び止めたのはあなたでしたよね?この悪魔!!だがこの事務所の裏ボス的な位置に占めるこの人にそんなこと言えるはずもない。言ったら確実に声優生命は絶たれる。


「あ、そういえば」


 一応プロデューサーにも伝えておこう。


「今度の日曜日、グレンさんがピアノのコンサートに連れてってくださるそうです。『恋のメロディー』のイメージ曲がコンサート項目に入ってるみたいで。あと、後学のためになるだろうって」

「……へぇ」

「では、私はレッスンに行きますね。お疲れ様です、プロデューサー」


 レッスンの時間が近づいていたので、私は急いで向かった。だから、プロデューサーの「まさか、マジなのか……?」という呟きは聞こえなかった。



 ショートケーキのお礼の電話をしたらグレンさんから、「知人からコンサートチケットをもらったんだ。作品のイメージ曲も弾かれるからよかったら行かないか」というお誘いを受けた。そのときの私はグレンさん乙女(笑)と警戒心がだいぶ薄れていたからよく考えずにOKを出した。役作りで少しでも役に関することだったらどんなことでも吸収する、これが私の信条だ。この前2人っきりで会った時も何もなかったし、大丈夫だろう。


 何だかんだいって、ちょっと楽しみだったりする。というか、前世まえのグレン少佐を知っているから、現世いまのグレンさんの変わりっぷりがおかしくてしかたがな……こほん、平和であることを改めてかみしめてみました、まる。


 この頃、アフレコもうまくいっていたので油断していたんだろと思う。私の巣食っていたものは、そう簡単なモノではなかったんだと後に思い知る──。



「すごかったですね!」

「そうか」


 私みたいな子供が行ったら浮くかなぁと思ったのだが、コンサートはそうガチガチなものでもなかった。グレンさんにいくつかCDを貸していただいて聴いたけれども、やはり生で演奏を聴くのとでは全然違った。私もどこかで聴いたことのあるような曲も何曲かあり、普通に楽しめた。


「やっぱり、迫力がありましたね!!うーん、私も何か楽器をしてみたくなっちゃいました」


 あんな風にピアノが弾けたら楽しいだろうなぁ。上手い人を見ると、自分もやってみたくなることってあるよね。まぁ、私に音楽の才能はないってこと知っている。……リズム感が壊滅的だから。


「グレンさんは以前、ピアノを弾かれるとおっしゃってましたよね?どうですか、やっぱり楽しいですか?」

「まぁ、そうだな」

「いいですね、やっぱりピアノが弾けるってなんかかっこいいです」


 私にはそんな芸当はできない。がさつだしな。


「……聴いてみるか?」

「え?」


 グレンさんは私の方をちらりと見てこう言った。


「────俺のピアノを」



 グレンさんに連れられるままにやってきたのは楽器店だった。ショーウィンドーにはバイオリンやトランペットが飾られている。中へ入って行くと、一人の男性が本棚の整理をしていた。


「フラン」

「あれ、グレンじゃないか。どうしたんだ」


 フランと呼ばれた男性は人のよさそうな笑みを浮かべた。雰囲気がどこか似ている気がする。……昔、もう一人いた私の上官に。


「ピアノを借りたい。いいだろう?」

「はぁ?またえらく急だな」

「今日は休みだろ。貸せ」

「わー超横暴。……まぁ、いいけど。──おや、そちらのお嬢さんは?」


 何やら親しげな様子にそわそわしていたら、男の人が私のほうを見た。


「こ、こんにちは。サラです、えぇとグレンさんとは……」


 仕事で知り合いました、と続けようとしたのだが私より先に大きな声でこうのたまわれた。


「もしかして、グレンの彼女!?」

「え、」

「お嬢さん、失礼だけどいくつかな」

「17です。えと、私グレンさんの彼女では」

「ちょ、えええええええええ!!じゃあまさか高校生!?まって、グレン、これ確実に犯罪だよ!!やばい誰かお巡りさん呼んで──」

「サラ、すまないがそこで待っていてくれ」

「はぁ」


 グレンさんは男の人をはたいて、きゅっ、と首をしめた。お見事です、グレン少佐。鮮やかな手さばきしたね。そしてずるずると、奥へと引っ張っていった。2人で何しているんだろう……静かすぎて逆に怖かった。



「俺はフラン=フィロガモ。さっきはごめんね。グレンの本の声優さんだったんだね。主役だって?すごいなぁー。グレンが初めてここに女の子連れてきたから、てっきり彼女だと思っちゃった。いやーよかったよかった。犯罪に手を染めていなくて。親友を通報するのはやっぱり気が引け」

「ごちゃごちゃうるさい」

「うっ」


 しばらくしてフランさんが案内してくれたのは、グランドピアノが置かれている一室だった。レースカーテンから入ってくる日差しがピアノを黒く光らせていた。素人の私が見てもすごい迫力のあるピアノだということがわかる。そしてフランさん……色々ツッコミどころ満載なんですが。


「グレンさんのご友人なんですか?」

「そうだよ。俺はいわば、グレンの才能を見つけた恩人ってとこかな!!」

「厚かましい」

「ぐはっ……それはともかく、ここはピアノ教室と楽器屋を兼ねてるんだ。グレンは時々ここのピアノを弾きに来るんだよ。いやー見えないよね、こんなこわーい顔の奴の指がピアノを弾いたり、あんな文章かいたり」

「…………」

「っがは」


 フランさんがしゃべるたびにグレンさんの手や足が出てくる。痛くないのかな。痛くないはずないだろうな。かつては私も鉄拳制裁とかされてたし。やばい、ないはずの傷がうずいてこっちまで痛くなってきた。グレンさんの才能を見つけたってことは、フランさんは以前グレンさんが言っていた『人生ゲームの愉快なお友だち』なんだろうな。……心の中で勇者と呼ばせていただきたい。


「ピアノ、借りるぞ」

「はいはいどーぞ」

「……お前は何でここにいるんだ?」

「いちゃ悪い?俺もグレンのピアノ聴きたくてさ。あとは……見張り?グレンがよからぬことをしないように…………いたいいたいいたいいたいギブギブギブギブギブギブギブギブギブ」


 フランさんがげっそりなった頃、ようやくグレンさんは腕を離した。フランさんとは裏腹に、グレンさんは終始涼しい顔をしていた。


「サラ、何かリクエストはあるか?」

「え!?えぇと、そうですね……。じゃあ、グレンさんの好きな曲を弾いてください」

「……俺の好きな曲か?──分かった」


 グレンさんは、グランドピアノの前で一呼吸するとそっと鍵盤に指を置いた。



 長く角ばった指が流れるように鍵盤を走る。最初はゆっくり確かめるように、そしてだんだん軽やかな音を奏でてゆく──。


 グレンさんとピアノ。


 彼が少佐だった頃は全然結びつかなかった。私が覚えているのは剣を握る傷だらけの手、血まみれの手。そして差し出される力強い頼りになる手──。その彼の手が繊細せんさいで多彩な音を作っている。


 美しい、ただそれだけ。


 彼とピアノ。この2つで完成された芸術作品のようだった。近づくことさえはばかられるような。



(今なら分かる。『マリー』もこんな気持ちで彼を見ていたんだ)


 きっと彼女も私と一緒だったに違いない。彼の持つ音に、その存在にーー惹きつけられたのだろう。




 私はグレンさんをまばたきすら忘れて見つめることしかできなかった。



 私の知っているグレン少佐はもういない。


 

 その事実を今はっきり叩きつけられたような気持ちになった。────そんなこと当たり前のことなのに。

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