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パレットはもういらない  作者: 真咲 透子
『恋のメロディーを聴かせて』グレン編
7/30

7. あるプロデューサーの考察※ローラント視点

サラのプロデューサー視点です。

 俺はローラント=デラー。声優プロダクションでプロデューサーをしている。この業界はスポットライトの量が極端な世界だ。100か0か。人気者は引っ張りだこで『名前のある役』を演じ、そうでない者は一生通行人Aや村人などの『モブ』しか演じることができない。いや、演じることができる者はまだいい。一生『舞台』に立てない者だっているのだから。


 そんな厳しい業界に身を置いていると、嫌でも人を見る目がつく。この子は人気がでそうだな、とか、この子はここまでなんだろうな、とか。売れる子を事務所に引っ張っていくのも大切な仕事だ。俺は俺の目を信じている。ヒマができると違うプロダクションのエリクと一緒によくスカウトをしに街をねり歩いていた。


「あー。いい子いないねー」

「そうだな」


 エリクとは、大学時代からの友人だった。破天荒な奴でその行動は読めない。面白い奴だな、とよくつるんでいたのだ。エリクのつとめるプロダクションは、主にモデルやアイドルを主流としており俺とはちょっと違ったのだが、一緒に仕事することもたびたびあった。


「お前、アロハシャツはやめろよ」

「えー。夏だからいいじゃん。アロハといえばハワイ!あぁ、ハワイに行きたい!!ローラント、一緒に行こうよ~」

「なんで野郎と2人でハワイなんか行かなきゃなんないんだ。一人で行けよ」

「一人で行ってもつまんないじゃん。しかもそんなヒマないし」

「だったら言うな。俺も暇じゃねぇよ」

「気分だけでもハワイを味わいたいの!!」


 唇を尖らせて言うエリクは恐ろしいほど童顔だ。いい歳したおっさんなのに、幼い仕草の違和感がほとんどない。こいつ本当に同い年なのかいつも疑問に思う。……そういえば、アロハシャツのくだりは毎年しているような気がする。


「ローラントのスーツもおかしいよ。こんな炎天下にさ、びしっとしたスーツ着ちゃって。こっちが暑くなりそうだよ」

「うるせぇな。スカウトするのに変な格好できないだろ。お前こそ自重しろよ」

「でも、ローラント。アロハシャツの僕とスーツの君が並んだら、カタギに見えないよ?」

「……」


 お前の胸ポケットのサングラスをすれば完璧に怖いお兄さんの完成だな。……おい、誰だその年でお兄さんとか(笑)なんて言ったやつは。そこの海に沈めてやるぞ?いいっていいって。遠慮なんかしなくたって。たっぷりサービスしてやるぜ?


 それはまぁ、置いといて。


 ここ3カ月はめぼしい人材が見つからなかった。やはり、スカウトするならスター級じゃないとな。この俺様がスカウトするんだからハードルも自然と高くなる。妥協はしたくないんだが、ここまで見つからないとなると飽き飽きしてくるってもんだ。


「だいたいお前は年中アロハシャツじゃねぇか。もっとマシな服のレパートリーないのか」

「ハワイは年中夏じゃないか」

「知らねぇよ。いや、知ってるけど」

「だから──、あ」


 エリクの言葉が不自然に途切れた。どうしたんだ?奴の肩を乱暴に揺らしてもエリクは微動だにしない。こいつ、何見てんだ?と奴の視線の先を辿たどった。


 掲示板を見ている一人の少女がいた。


 まだ面影は幼く、かろうじて中学生といったところか。その少女は長い髪をやや高めのツインテールにしており、容姿は中の上、ってところだ。多少ボリュームがないが、後々育ったら気にならなくなるかもしれない。


「……理想の脚だ」


 ぼそっとそうつぶやくと、奴はすごい速さでその少女に近づいていった。エリクは脚フェチだ。奴のおめがねに叶うとはすごい子だな。俺にはその良さは分からないが。同時に可哀想だとも思う。あいつのスカウトは100発100中だった。逃げられないだろう。


 エリクの後を追う。こんな変人な大人が近づいても掲示板を見つめ続けるなんて、よっぽど鈍いのか大物なのか。奴は少女に話しかけた。


「こんにちは」

「……?こ、こんにちは」

「君、スタイルいいねぇ!!モデルとか芸能関係に興味ない?」

「は、はぁ……」


 エリクは早口でまくし立てる。少女が口をはさむ暇など与えないくらいに。少女はドン引きしていた。それもそうだろう、こんなアロハシャツの男とスーツの男というよく分からん組み合わせの男どもに話かけられたら戸惑って当然だ。俺だったら即逃げているな。関わり合いになりたくない。本来だったら俺が奴を止めなくてはならないだろうが、俺はそれどころではなかった。


 良い声をしている。


 少女は一言、二言しか発していなかった。それも、言葉と言うには短すぎる音。だが、何千、何万の声を聴いてきた俺には分かる。──こいつは化ける。


 エリクが最初に見つけた少女だ。悔しいが、諦めるしかないか。そう思っていたのだがチャンスの神様は俺に味方をしてくれたらしい。


「あの、私……!声優を目指しているんです!!」

「……え?」


 なんということだろうか。少女は驚くべきことに、そう言った。エリクが意気消沈といった風に力なく少女の腕を離した。



ガシッッッ


 俺は少女の腕を掴んだ。──そういうことなら、逃しはしない。


「───声優に興味あるんだよね?」

「………えぇ」


 その顔には、明らかに嘘ですと書かれていた。でも俺は気づかない振りをしてゆっくり口を開いた。口元は弧を描きながら。



「僕、声優プロダクションのプロデューサなんだ。君、今からちょっと演技してみない?」


 

 スタジオで演じさせてみた結果、ビンゴだった。エリクがものすごく泣きながら悔しがっていた。あいつも人を見る目はある。やっぱりいい人材だったんだろうな。手放す気なんかさらさらないけど。


「ひどいよ!僕が一番に見つけたのに!!」

「うるせぇな、あの子が声優になりたいって言ったんだから仕方ないだろ」

「だからって!」

「あーあーあー聞こえねぇな。……わかったよ、年末ハワイに行ってやる」

「本当!?やったぁ!!」


 とりあえずこれで手を打っておくことにした。あまり根に持たれると後々面倒だからな。年末は野郎とハワイ2人旅が決定した。……この分も、あの少女を売れる人材に仕立て上げてやる。


 

 少女──サラ=アベカシスは不思議な少女だった。

まず、どんなことがあっても諦めない。あいつを一人前にするために、散々しごいた。それはもう、周りから「あんた鬼か!!」ってくらいに。ここで詳細を話したら時間がいくらあっても足りないので割愛させていただく。まだ中1のはずだ。弱音くらい吐くだろうと思っていたのに一切吐かなかった。

 

 それに加えて、努力家だった。俺はサラにばかり時間を割いてやることはできないので、基本は別の先生にレッスンをしてもらっていた。その先生からサラの話を聞いていた。


「声はいいのですが、まだまだ発展途上のところが多く……今日はちょっと厳しく指導してしまいました。彼女も根気強くレッスンを受けていましたが、折れないか心配です」

「そうですか……」


 そんなことを聞いたので、俺はサラの様子を見に行くことにした。レッスンがあった場所に向かう。もう遅かったので、帰っているかもしれなかったが。

 ドアのすき間から灯りがこぼれていた。俺はそっと覗いてみた。


「──!」


 サラは汗だくになりながら練習を続けていた。


「あー、今の発音違ったな。なんかつかみかけているんだけど……よし、もう一回!」


 どうして彼女はここまで頑張るのだろう。きっと声優になりたいなんて微塵みじんも思っていなかっただろうに。俺は彼女に声をかけずにそっとその場を離れた。


 あいつの進路を変えさせたんだ。何としてでもあいつにスポットライトを当てて見せる……!

それが、彼女に対してできることだと思った。


「この前の収録お疲れ様。監督も褒めていたぞ、よく頑張ったな」

「……ハイ、アリガトウゴザイマス」

「おい何だ今の間。何でカタコトなんだてめぇ」

「いだだだだだ」


 むちだけ与え続けていてもダメになっちまうからな。適度にあめを与えていたんだが、如何せん。彼女は褒められるのが苦手なようだった。


「俺が褒めてるんだから素直にありがたがっとけよ」

「善意が押しつけがましいです」

「あぁ?なんかいったか?」

「いえ何も」


 サラは明後日を向いた。……聞こえてるんだからな、今の。また『特訓』してやろうか。


「そういえばお前、この間テストだったんだってな。大丈夫だったのか?」

「うーん、いつも通りだったので大丈夫だったと思います」

「お前の『いつも通り』が信用ならないんだが」

「ひどい!!」


 彼女は「たしか入っていたはず……」とカバンをごそごそしだした。そして俺に差し出す。


「これ、成績表です」

「どれどれ……ってこれ、メイジリア学園だと……?」


 成績表の表面に印刷されていた校章はバリバリの進学校のものだった。中を開く。順位は、一桁だった。……こいつ、頭良かったのか。確かに記憶力はよかったな。しばらく驚きで言葉が出なかった。


「親以外に見せたことないので良いのか悪いのか、全然分かんないんですけど……いてっ」


 なんかムカついたのでデコピンをしておいた。


「痛い!!何なんですか!?そんなに成績ひどいですか?」

「まぁまぁだな」

「なんか納得いかない……」


 サラはさすさす、と少し赤くなった額を慰めていた。まぁ、今のは俺も理不尽だと思うが。


「今からレッスンだろ。おら、とっとと行けよ」

「う~」

「ほら、成績表。これ以上落とさないように気を付けろよ」

「わかっていますよ」


 サラは成績表をカバンにしまうと、ドアを開けた。


「この仕事、最初は正直興味なかったんですけど、今はすっごく楽しいんですから。成績のせいで声優やめろなんて、絶対に言わせません」


 振り向いて俺にそういった後、彼女はこの部屋から退出していった。



「……言うようになったじゃねぇか」


 俺は誰もいなくなったこの部屋で一人つぶやいた。思わずにやり、とした笑みをこぼす。……俺の目に狂いはなかったな。


 まだまだサラは発展途上だ。俺は彼女の成長を見守ることにする。いつの日か、彼女にたくさんのスポットライトが当る日まで。

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