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パレットはもういらない  作者: 真咲 透子
『恋のメロディーを聴かせて』グレン編
6/30

6. 『人生』ゲーム

 私は震える指で名刺に書いてある番号を押した。


プルルルルルルルル──


 無機質な音と心臓の音が耳に響く。早く出てほしいという思いとこのまま留守であってほしいという矛盾した思いが交錯する。


「──はい」

 

 深く低い声が私の耳殻じかくを揺らした。



 壁にもたれかかり、体の力を抜く。


「はぁ~……」


 この溜息ですべてを持っていかれそうだ。画面が真っ黒になった携帯を見つめた。うまく話せただろうか。話の流れで、グレンさんのご厚意から直接会って質問をさせていただくことになった。まぁそれはいい。いや、全然よくないけど。問題だったのは──


(なんであの人、あんないい声してるんだよ……!!)


 声優の仕事をするようになって、私は『声』に敏感になっていた。電話は声が直接耳に注ぎ込まれる。かつての想い人だったという点を除いても、グレンさんはイケボだった。もだえている私を横目でみながらそそくさと人が去って行く。自分でも変人行動しているってわかっている、分かっているけれども!!


「あの声はないだろ!!!」

「うるせぇとっとと帰れ!!!」


 バンっとドアが開いて、プロデューサーが怒鳴った。


「それとも、『特訓』でもしていくか……?」

つつしんで帰らせていただきます」


 プロデューサーが黒い笑顔ですごんでいたので慌ててその場を離れた。あああ、危ない!


(しかし明日か……)


 私が学生だということも考慮されたのか、明日会うことになった。平日は学校があるし、学校が終わったら仕事やレッスンだって入っている。でもよく考えろ。昨日初対面で今日連絡して……明日会うのか。早すぎないか。小説家ってそんなスケジュールつきやすいものなのか?クラリス先生っていくつかの雑誌で連載していたような……?


(まぁ、本人が明日がいいって言ったから大丈夫なんだろう)


 深いことは考えないことにした。



 すこし早めに着いた。

昨日指定されたカフェに入り、ウェイターに注文をする。カプチーノが来るまでぼうっと行き交う人たちを眺めていた。今日の私の服装は、緑色が綺麗なカーディガンに春色のスカートだ。制服で来るという嫌がらせは考えたけどやめたよ!!褒めてほめて~!


 今日は仕事の一環だ。そう考えるとグレンさんに会うことも気が楽になってきた。ワーカーホリックのさがですね。前世まえ現世いまも仕事しまくってますからね!


(あ……、グレンさん)


 先ほどきたカプチーノを飲みながら頭の中を整理していたら彼の姿が見えた。まだ30分前だ。時間には余裕を持つ人だったからなぁ。昔の話だけど。


「悪い、待ったか」

「いえ。日曜日なのにお時間を割いていただいてありがとうございます」


 グレンさんは一昨日あったときより少しラフな格好をしていた。オフですってかんじがちょっとドキッとした。グレンさんが注文をした後、さっそく本題に入った。


「それで、分からないところはどこか?」

「音楽に対する主人公の想いがよく分からないです」


 次回収録する『恋のメロディーを聴かせて』は、たびたび旧校舎におもむきこっそりピアノを聴いていた主人公マリーの、かつて自分が音楽に関わっていたときの思い出を語る。それからピアノの、曲の美しさに思いをはせてゆく。うっとりとピアノを聴いていたマリーは、だんだんうとうとして眠ってしまう。はっと目を覚ました時には、ピアノを弾いていたはずの美しい青年が彼女の目の前にいた──なかなかドッキリホラーな回だね!!


 マリーはかつて、ピアノを習っていた。才能があったようで、さほど練習をしなくても曲が弾けるようになっていたのだ。だが、それも高学年までの話。曲が難しくなっていくと才能だけで弾いていた彼女はついていけなくなった。練習を重ねてもうまく弾けない。嫌気がさしてピアノをやめてしまう──


「なんでやめたんですかね?」

「ここに書いてあるだろう」

「それは分かるのですが……。もっと練習すればいいのに。スランプだっただけかもしれないですよね?ここの『ピアノをやめてせいせいしたのに、友達が上手にピアノを弾いているのを見て喪失感そうしつかんが私を襲った』って、やめた自分の自業自得じゃないですか?」

「……」


 あれ、私の疑問点を言っただけなのに微妙な空気になったぞ?もしかして作品ディスってるように聞こえてる?誤解ですよ、先生!!


「──失ってからわかることもある」


 グレンさんが私から視線をはずし、窓の外を見ながら言った。


「本当はピアノを弾くのが好きだったんだ。でももう弾けないと分かってから気づいたんだろう」


 彼は目を細めながらつぶやいた。……これは、


「実体験とか、ですか?」

「──そうだな」


 グレンさんは寂しそうにそっと笑うとまた私に視線を戻した。


「だから、今度は後悔しないようにしたいんだ」


 真摯しんしな目で見つめられる。……シリアスな雰囲気で悪いのですがあのー。


「私にそう言われても……」

「そうだな。すまない、脱線した。次、分からないところはないか?」

「ええと、じゃあ──」


 グレンさんとの会話は思いのほかスムーズに進んだ。私の質問に彼は淡々と答えていく。


「サラは何か楽器を習ったことはないのか?」

「ないですね」

「じゃあ、ヒーローが弾いているピアノの感想は?」

「音がいっぱい聞こえます」

「……」


 『恋のメロディーを聴かせて』は音楽がよく出てくる小説だが、私には音楽の才能は皆無だった。「お前をアイドル声優として売り出すことはないから安心しろ」ってプロデューサーに慰められるくらいに。むしろ「歌うな」って言われるくらいだ。グレンさんがあわれんだような目で私を見る。「感性をなんとかしないと……」って聞こえていますよ。


「今度クラシックCDを持ってくる」

「いえ、そんな大丈夫ですよ!グレンさんは何か習っていたのですか?」

「ピアノをな。バイオリンも少しかじったことがある」

「すごいですね」


 ほー高尚こうしょうな趣味ですね。だから音楽小説か。趣味がピアノ、仕事が恋愛小説家……。なかなかメルヘンチックに仕上がりましたね、グレン少佐。質問したいことがだいたい終わった後、私はずっと気になっていたことを聞いた。この答えを聞かないと、私は帰れない。


「グレンさん、失礼だとは重々承知しているのですが、私ずっとお聞きしたかったことがあるのです」

「なんだ?」


 私は深呼吸をして、言った。


「グレンさんは、──どうして小説家になられたのですか?」


 グレンさんが固まった。


 私だってこんな突拍子のないこと聞かれたら、固まる自信がある。「お前こそどうして声優に」なんて聞かれたら、なんて言えばいいのか──。


 モデルとしてスカウトされたんですけど、声優になってました~(てへぺろ)


 ……うん、自分でもわけが分からない!


「あの、私の単なる好奇心というだけなので、別に言いたくないのであれば──」

「……学生の頃、」


 グレンさんは、手を前で組み視線を下に向けたまま、この世の終わりかのようなそれはもう低い声を出した。


「人生ゲームをした」

「は、はぁ……」


 なんで人生ゲーム?疑問に思ったが、静かに話を聞くことにした。


「最下位になった俺は、1位と2位になった奴から罰ゲームを言い渡された。1位の奴は『小説を書くこと』2位の奴は小説の内容指定で『ラノベ風の恋愛』……」

「……」


 おっと雲行きが怪しくなってきたぞ?


「ふざけるな、と思ったんだが、俺は最下位になった身。罰ゲームは罰ゲームだしな。後日、渡した小説をあいつらは爆笑しながら読んだ……」


 うわぁ。なんていうか、うわぁ(2回目)公開処刑じゃないですか。私だったら羞恥で死ぬわ。


「まさかそれが、新人賞に出されているなんて──!」


 公開処刑場、大規模になっている!グレンさんは震えていた。……なんというか、心中お察しします。ゆかいなお友達をお持ちですね。私だったら恐れ多くてそんなマネはできない。勇者だな、友達。衝撃大きすぎて見落としそうになったんだけど、


 人生ゲーム!?


 人生ゲームがきっかけで恋愛小説家になっちゃったの!?なにそれ怖い!!たかがゲームで人生の進路決まっちゃいました~とかマジ洒落にならないから!


「気を付けろよ」

「はい……」


 そんな愉快(失礼)なことにはならないと思いますけどね。……でも、そうだったんだ。一つの謎が解けた。でも内容が乙女でメルヘンってやっぱりグレンさんには素質があったのではないのか──


「サラはどうして声優になったんだ?」

「え、」


 今度は私が固まる。ブーメラン、返ってきましたー。……なんて説明すればいいんだ。グレンさんの人生ゲーム並みに愉快(笑)なのですが。困ったなぁ。



「今日はありがとうございました」

「いや、かまわない」


 そろそろお開き、ということでカフェを出た。あたりはオレンジ色に染まっており、地面に黒い影を作っていた。……ちなみに、私が声優になった理由を聞いたグレンさんの顔はひきつっていた。何かを言いたそうだったが、結局「そうか……」としか言わなかった。そういう気遣い方が一番心をえぐられるので正直やめてほしい。


「参考になったか?」

「はい、次回までに頑張って練習してきますね!」

「サラ、」


 サァァァァァァ──


 風が私たちの横を通り過ぎる。グレンさんの表情は、逆光で見えなかった。


「……いや、なんでもない。何かあったらまた連絡してくれ、力になる」

「ありがとう、ございます……」


 彼はそう言うと、帰宅する人々の中に紛れ込んでいった。


(何だったのだろう?)


 私の中で小さな『何か』が深く沈みこんだ。正体は──分からないまま。

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