29. 約束
「やったじゃん!クリス!!」
収録後、いつかの人の来ない階段で私とクリスは今回のアフレコについて話していた。
「ありがとうございます。あれはよかったよ、ということでいいんですかね?」
「そう!あの監督だから褒められたって思ってもいいよ」
「そうですか」
クリスのことだから最後はバーレントとしての形になるだろうと思っていたが、監督に褒められるまでになるとは思ってなかったので正直驚いた。
「さっきの演技、なかなかよかったよ。びっくりした。よく頑張ったね」
「嬉しそうですね、サラさん」
「そりゃ嬉しいよ!あの気難しい監督にクリスが褒められたんだから。クリス、ここまでになるまでかなり悩んだでしょ?努力が報われたなら私も嬉しい」
「……ありがとうございます」
クリスがうつむきながら照れたようにかすかに笑った。喜びを少しずつかみしめるかのような表情。思わず見とれてしまった。その顔を見て、やっぱりクリスはアイドルなのだなと思う。これはいけない、こみ上げた感情をかき消すために、私はからかいモードに突入した。
「やだ〜クリスったら照れて」
「ところでサラさん」
クリスは知ってか知らずかこちらを向いて、アイドルスマイルさながら完全な笑顔で私に言った。
「約束、覚えてますよね?」
「え」
「監督をあっと言わせることができたらなんでも言うこときいてあげる、でしたっけ?サラさんいわく監督が褒めてくれたんですからこれはクリアしたのではないかとおもうのですが」
「あーーーーーーーーー」
えぇ、覚えてますとも!落ち込んだクリスにやる気を出させようとはずみで言いましたね。ただね、クリス君。あなた次回の収録から前回をものともせずものすごくよくなったから必要なかったんじゃないかと思いますけど!!
「まぁ、覚えてはいるよ」
「そうですか、よかった!サラさんともあろう方が約束を違えたりしませんよね?」
「……いい笑顔だな、クリス君」
「アイドルですから!!」
キラキラとしたクリスには悪いが、今の私には笑顔の借金取りにしか見えない。おかしいな、さっきまでさすがアイドルだなーとか思っていたのに。フシギダナー。
「今更取り消すなんて野暮なことは言わないよ。でもクリス、私にしてほしいこととかあるの?昔は隊長を返上してこき使ってやりますーとか言ってたけど」
「あぁ、結局出来ずじまいでしたね。くやしいな」
「やめて、立つ瀬なさすぎだから……え、冗談だよね?」
「ははは、冗談ですよ」
クリスの表情からは嘘か本当かは分らなかった。ははは、笑えない。
「この収録がうまくいったら、サラさんにお願いしたいことがありました」
「お願いしたいこと?私にできることだよね??」
「はい。……そんな身構えないでくださいよ、大丈夫ですから」
私の恐る恐るといった反応に、クリスはあきれたように言った。
「サラさん、収録が終わった後。一日あなたの時間をください」
何を言われるかと思っていたが、そんなこと?不思議そうな顔をしている私にクリスは続けた。
「あなたに、伝えたいことがあります」
深く、深く。その言葉は私の心に沈んだ。少し困ったような笑顔を見せるクリスを見て、私は彼の知らない一面を見たような気がした。
「時間あるから今言えばいいのに」
「サラさんって本当サラさんですよね」




