25. 役への想い
「バーレント・メイネスってどんな人物だと思う?」
クリスとの特訓スタジオでの練習。その前にクリスがどんなイメージを持っているのか聞いておかないと。
「どんな人物って……。そうですね、温厚で優しい?」
「そうそう!冷徹で言葉足らずなルカのフォローをしたり、ヒロインちゃんが落ち込んだときには慰めたり力になってあげたりする世話焼き気質で、でもってただルカのイエスマンなのかなって思うとそうではなくて、自分の意見をちゃんと持ってて、ルカを諫めたりもできるし、そんなことしても周りから反感買わないから意外と世渡り上手で信頼も厚いしそれから──」
「ちょっと待ってください」
私のマシンガントークに驚いたのか、クリスは待ったをかけた。
「別の役の私がこんなに言えるのに、とっさに『温厚で優しい』だけしか言えないなんて、それは役作りが不足しているよ」
「…………」
「もとある設定からさらに深く突っ込んでいかないと全然伝わんないと思う。演じることができるのは声だけなんだから」
クリスの演じている姿を見て感じたのは圧倒的は役作りの不足だ。テレビでドラマやなんとかレンジャーに出ているのを見たから、役作りが初めてってわけではないだろうけれど、いかんせん声優はちょっとそれとは特殊だからなぁ。そういえば役作りがうまくいってないって聞いたな。
「色々悩みすぎて無難に演じようとしたでしょ。わかるからね、そういうの。でもアイドルだから仕方ないっかてなるの。ただの話題とりのためにこの役演じてんのかーまぁこっちも人気アイドルが役やってくれて視聴率上がるからま、いいかーてなぁなぁになるの、一番あの監督の嫌うところだからね」
私の淡々とした物言いに、クリスはぐうの根も出ない様子だった。仕方ない、厳しいことはこのくらいにしておこう。
「時間はほとんどないし、今のクリスからこれ以上何かを作っても混乱させるだけだってわかってる。だがしかし君はとても、とても運がいい」
「…………?」
「ほら、いただろう?」
首をかしげるクリスに私はとっておきの言葉を耳元でささやいた。
「傍若無人、冷徹鉄仮面をなだめすかし、上の軋轢も下の泣き言も完璧にいなしてフォローしてくれた、今思えば誰よりもまともで優しかった──「おいそこ近い。炎上して刺されたいのか」スミマセン!!!!」
プロデューサーからのイエローカードにすぐさまクリスから飛び退った。危ない、危ない。
「いくら昔からの知り合いだからって調子のってんじゃないぞ。相手はアイドルだぞお前とは月とスッポンだ。ファンから殺されるぞ──いやぁ、スミマセンねぇクリスさん」
「いいえぇー。別に僕は気にしていませんよ。そんなに気を使っていただかなくても大丈夫ですから。……僕とサラさんの仲ですし」
「……へぇ」
私の前にやってきて前半を私にしか聞こえない声で、後半を営業スマイルでにっこり話ていたローラントプロデューサーだったが、クリスの返答で声が固まったのが分かった。
「サラと仲良くしていただいてありがとうございます。でも、いいんですか?アイドルが不用意な発言しちゃ困るでしょう」
「ご心配ありがとうございます。大丈夫ですよ、サラさん以外にはこんなこと言いませんし。ローラントさんしかいませんしね」
「…………思った以上に随分とサラと仲がよろしいんですね?」
「ローラントさんも、一声優のサラさんのこと、かなり気にかけてますよね?」
「私は彼女のプロデューサーなので」
「僕も彼女の昔からの知り合いなので」
「ははは」
「ふふふ」
何この空気。2人とも笑顔なのが逆に怖い。これ、何か別の戦争起こってない!?よくわからないけどなんでこんな険悪な雰囲気なの??
「プロデューサー?クリス……さん?」
私の呼びかけを無視してしばらくにこにこしていた2人だったが、プロデューサーがため息をつきながら「途中で話を割ってすみません、ですが誤解のないようよろしくお願いします」と事務的な大人な態度で終わり、クリスの視線は私に戻った。
「てなわけで、アレックスさんを参考に役作っていけば今回はいいと思うよ。これを機に声優に転職ってわけじゃないでしょ。……またくじを引いたらアレだけど」
「あの番組がおかしいんですよ。──なるほど、わかりました」
今回はちょっと力業みたいな無理矢理感があるけれども、いい見本が近くにいるのだ。アレックスさんについてはよく知っているし、クリスも私の目の届かないところでずいぶん助けてもらったみたいだったので、バーレントとつなげやすいだろう。
「もしかしてサラさんのルカ役のモデルは冷徹鉄仮面?」
「ハハハ」
おおっと、痛いところを突かれたぞ。しょうがないじゃん!知れば知るほどあの人とそっくりなんだよ!!あの絶対零度な眼差しとか、不遜な物言いとか。あんなかわいいヒロインに私を重ねてはいないけど、頑張れって応援したくなるんだよ!!
「…………」
途端に不機嫌になるクリス。クリスはグレンさんのこと嫌っていたからなぁ。軍の上下関係あるってのにけっこう歯向かっててヒヤヒヤしたものだ。それこそ私とアレックスさんがなんとか取り持ってカバーしていた。……あれ、私もわりとバーレントなんじゃ。
発声の練習を少ししようとしたのだが、言わずもがなアイドルでいつも歌を歌を歌っているわけで、教えるところがないどころかむしろこっちが教えてほしいくらいだった。その後急な仕事が入ったと呼びにきたエリクさんと帰ったのでロクに練習らしい練習はできなかったのだが、クリスは何か掴んだようだった。
そして運命の収録の日。
リテイクは少し多めだったが、初回と比べてかなり良くなっており、大した問題らしい問題も起きず、収録を終わらせることができた。
「君、そういうとこほんとかわいくないよね」
「どうもありがとうございます!」
「いや、褒めてるわけじゃないし!!」




