23. ごまかすのもほどほどに
「特訓スタジオを借りたい?」
「はい。お願いできますか」
「まぁいいけど……。何するんだ」
「『続きは生徒会へ』のアフレコ練習をしたくて」
私はさっそくプロデューサーへ電話をした。クリスのアフレコ練習を一緒にするためだ。ちなみに特訓スタジオとは、その名の通りローラントプロデューサーが声優を鍛えるために作った簡易スタジオだ。別名『鬼部屋』とか『入ったら最後、生きて帰れない』とか散々言われているがそれは今は置いといて。
「ずいぶん熱心だな。もう役作りは終わったって言ってなかったか?」
「終わったといえば終わったのですが……。えぇとその」
「なんだよ、はっきり言え」
「共演者の人と役の確認をしたいなぁーって」
「共演者と?誰だ」
「ルカ=アルバトフ役のクリスさんと」
「は?」
「ははは」
煮え切らない私の答えにイライラしながら対応していたプロデューサーだったが、クリスの名前を出した途端、ワントーン下がった声を出した。
「やっぱりダメですかね」
「いやいや、何でそうなった?」
「一応クリスさんもエリクさんとマネージャーさんのオッケーがもらえたらってことなんですが」
「………………………………………確認してくる」
長い間の後、プロデューサーは深いため息をついて電話を切った。
(まぁ、普通に何でだってなるよねぇ)
何がどうなって今をときめく人気アイドルとアフレコレッスンすることになったんだ?ってカンジだよね。私もあまり電話したくなかったんだけど、特訓スタジオであれば設備は整っているし、下手な場所で2人きりで練習していたら誰かに見つかりそうだ。
「サラさん、どうでしたか?」
エリクさんとアレックスさんに電話していたクリスに声をかけられた。
「エリクさんに確認してくるって。……プロデューサー、すごい不審がってたけど。クリスはどうだった?」
「マネージャーはしっかり教わってこいと言ってました。今日のことをもう耳にしたみたいで。エリクプロデューサーの了解も取れました。すごく面白がっていましたが」
「そっか」
エリクさんの面白がっている様は目に浮かぶなぁ。ということは後はローラントプロデューサーの返事を待つだけだな。
「次の収録は一週間後だから、それまでになんとかモノにしないとね」
「……はい」
「大丈夫だって!まだ時間はあるし、私も新人のときはあの監督に散々言われたし何度もリテイクもらったよ。次の収録でちゃんとできるようになれば大丈夫」
しゅんとしてしまったクリスに慌てて言った。いつも殊勝で私をからかっていたクリスが落ち込んでいると調子が狂う。さて、どうしたものか。
「あっ!そうだ!!次の収録で監督にあっと言わせることができたら、クリスのお願いごとなんでも叶えちゃうよ!!なーんて、私ごときに叶えて欲しい願いごとなんて無いと思うけどってクリス、どうしたの?クリスくーんうわっ」
「それ、本当ですか?」
「えっ」
「なんでも?」
「アッハイ」
「へぇー……」
クリスはいきなり私の肩をつかみ、低い声ですごんだ。その気迫に思わず頷いてしまった。
「ありがとうございます。僕、精一杯頑張りますね!!」
「う、うん」
途端に笑顔になったクリスに私の口元はひきつった。どうしよう、もう落ち込んだ様子が見えないクリスに安心するところなんだけど、その笑顔がとても怖い。
「約束ですよサラさん。では行きましょうか」
(あれ、もしかして私とんでもないこと言った!?)
後悔先に立たず。上機嫌なクリスを見ながら早まったかもしれないと思う私であった。ま、なんとかなるよね!私はクリスの良心を信じているよ!!フラグじゃないからね!!!
クリスがエリクさんに電話したときに、私も一緒に来るように言われたらしい。指定された場所にはすでにエリクさんがいた。
「サラちゃん、クリス。今から特訓するんだよね?事務所に一緒に行こっか」
「エリクさん。お疲れさまです。いいんですか?」
「ローラントには僕から言っておいたから大丈夫だよ。スタジオ使ってもいいってさ。ただ、2人きりで練習はさせられないからマネージャーも呼ぶけどね」
「はい。ご迷惑お掛けします」
私もそこは気になっていた。こちらはやましいことがなくても、ばれたときに大事になってしまう。スキャンダルなんて洒落にならない。
「迷惑だなんてそんな!むしろこっちがごめんね。協力してくれてありがとう」
「いえ!」
エリクさんは私が答えるとにっこり笑った。事務所へ移動する車の中で、エリクさんはもっともな質問を私たちに投げかけた。
「ところで、サラちゃんとクリスはいつの間に仲良くなったのかな?昔からの知り合い?」
「えっと」
(気になりますよね!接点なさそうですもんね!!)
さて、なんと答えれば正解なのか。
「クリスさんとは……遠い親戚でして」
「へぇー」
親戚は無理があったかな。
「母の姉の夫の兄の子供の嫁の友達の弟です」
「それもう他人だよね?」
「昔の知り合いです!」
「そっか」
「知り合いです!!」
「何で2度言ったの」
もういいよ、ってあきれた顔で言われた。なんとかごまかせたかな。不意にクリスの顔をちらりと見たら、凍えそうなほど冷たい目で私を見ていた。
(もっとマシな言い訳できなかったんですか)
(マシって何)
(どこから出てきたんですか。母の姉の夫の兄の子供の弟だなんて)
(嫁の友達の弟だよ)
(どっちでもいいです)
こそこそと小声で小突きながらクリスと話しているとエリクさんは「2人の仲がいいことはわかったよ」と言った。
「ただ、分かっていると思うけど外では気を付けてね」
「はい」
「それにしても知らなかったなぁ。2人が知り合いだなんて。世の中はせまいねー」
「そうですね」
「僕はそれで納得してあげるけど、ローラントには通用しないから、きちんと考えておいてね」
「…………ハイ」
ですよねー。




