2. 運命の出会い
「空白のパレット」未来編の連載バージョン後編です。
すべてのはじまりは、一つのオーディションだった。
「事務所にある役のオーディションの話が来ているんだ。お前受けてみないか?」
私を無理やり連行したプロデューサー(スーツの方)、ローラント=デラーさんが言った。詳細を受け取り、見てみる。え、これ。ちょっと、
「ラノベですか?」
「そうだな」
「ジャンルが」
「今までやったことないだろう?こういう役柄。良いスキルアップになるだろ」
「でもこれ、恋愛小説のヒロイン………」
そうなのだ。私が受けてみないかと言われたオーディションは、今大人気の恋愛ラノベ小説、『恋のメロディーを聴かせて』だった。
『恋のメロディーを聴かせて』は、高校生同士の甘酸っぱい恋を描いた王道恋愛小説だ。胸キュン乙女小説を数多く出しているフロイラン文庫の作品だった。細かい描写と美しい文章でありながら、女の子の夢と憧れを交えたこの小説は、友達もファンで熱く語ってくれた。
へー。この作品、アニメになるんだ。友達喜びそうだなぁー。じゃなくて。
私はファンタジーやバトル、男の友情などのジャンルの少年役を演じることが多い。私自身、スカッとする話や冒険するお話が好きだったから恋愛系はあまり読んだことがなかった。友達に勧められたら読むけれど、ハマることはなかったし。
恋愛小説のヒロイン役。
恋人なんてできたことない。現世も前世も忙しかったし。こういうのは、経験値がものをいうのでは……?
「いや、無理っす「………あ?」………」
あ。やばい。
プロデューサーが近づいてくる。ご丁寧にその長い御見足を少しかがめて私に視線を合わせた。
「オレが、わざわざ?推薦してやろうとしているのに?断るなんてそんなことないよな?」
「………」
「受けるよな?」
「……………………ハイ」
誰かこの魔王に勝てる人はいるのだろうか。いや、いないに違いない。少なくとも私は勝てない。
「じゃあ、オーディションは2週間後な。これ台本だから練習していろよ」
ばしっと頭に台本が降ってくる。オーディションを受けることは決まっていたらしく、私の名前が書いてあった。……事後報告ですか。はぁ、なるほど。報連相、ってご存知ですか?社会人。しかし、チキンな私はそんなこと口が裂けても言えない。
あと、去り際に「オレ、すごく期待してるから」なんて言わないでください。過度な期待、ダメ、絶対!落ちたら特別メニューで特訓だろう。……胃が痛い。
オーディション当日。
練習した私なりの『ヒロイン声』はとても気持ち悪く出来上がった。超キャピった。現実にこんな風に話しかけてくる奴がいたらイラってくるくらいに。私だったらバット持って殴るわ。審査の人の口元がひきつったのを私は見逃さなかった。
あ、これ落ちたな。
「地獄の声優特訓メニュー決定☆」した瞬間だった。
オーディションの出来からして、ローラントプロデューサーからきっとどやされた後、海に沈められる───。
そんな覚悟をしていたが、結果は合格。なんと、別室で聞いていた原作者が私の声をとても気に入ってくださったらしい。 平和な世の中になったが、まだまだ世界には不思議が満ち溢れている。……正直、原作者様には耳鼻科を受診することをお勧めしたい。
無理ゲーキターーーーーーー!!
「辞退したい───」
ドコッッッッ
(ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!)
私の言葉を遮る、衝撃音。壁がへこんだ。犯人は勿論、目の前の人物だ。
「バカかお前。今すぐここから飛び降りるか?」
「………」
私に残された選択は、「ヒロインを演じるか?」という問いに「イエス」か「はい」という答えだけだった。
「さっき、なんか言ったか?」
「いえ」
ということで。ヒロイン役を演じることとなった。
ヒロイン役よりヒーロー役のほうがしたいよ!チェンジ!誰かチェンジ!!
……なんてこと、通るわけないので泣く泣く練習をした。──思い出したくないが、「ヒロイン役の為の地獄の声優特訓メニュー☆」はあった。死ぬかと思いました、まる。
ついに収録日が来てしまった。
かつてここまで明日がこなければいいのにって思ったことはあったかってくらいに行きたくなかった。しかし逆さ吊りされたくはなかったので嫌々ながらに来た。コマンドは『いのちだいじに』だ。
「おはようございまーす!」
スタジオに入り、スタッフのみなさんや演者さんたちに挨拶をした。
お喋りをしていたら遠くにこのアニメの監督が歩いているのが見えたので、急いで監督の許へ行った。
「監督、おはようございます!今日はよろしくお願いします!!」
「あぁ、サラ。おはよう」
監督──ダリオさんは、以前演じたアニメでお世話になったので顔見知りだ。監督は挨拶を返してくれた後、少し考え込んでから口を開いた。
「今日は原作者の方が来ているから、紹介しよう。こちらへ来なさい」
監督は近くの小部屋へ案内してくれた。
監督の後に従い部屋に入る。そこに座っていた人物を見て、叫ばなかった私を褒めてくれたっていいと思う。
「サラ、こちらが原作者のクラリス先生──グレン=バルドーさんだ」
監督の紹介とともに、彼は私に手を差し出した。
「──初めまして。グレン=バルドーだ」
かつて愛してやまなかったその瞳は、美しい蒼のままだった。
なんでここにこの人がいるの!?
誰かドッキリだって、冗談だって、否定してください!!!
私は前世で上司かつ想いを寄せていた人と出会ってしまったのだ───。
次回から新しいお話に入っていきます。




