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パレットはもういらない  作者: 真咲 透子
『恋のメロディーを聴かせて』グレン編
14/30

14. 恋のメロディーを聴かせて(下)

 名前を呼ばれた気がする。


私はゆっくり目を開けた。意識がだんだんはっきりしていく。久々にぐっすり眠れた。夢の続きを見るのが怖くて、覚めた後もずっと起きていたときもあったからその影響もあったのだろう。

むくりと起きたとき、ふと昨日言われたグレンさんの言葉がよみがえった。


 次は見つけるよ。頑張っているサラのことを好きな人が、サラのことを──。

 

(本当にそうだといいな)


 グレンさんがどういった気持ちで言ったのかは分からない。でも、他でもない彼に言われたことで救われたような気がしたのだ。かつての想いや頑張りは無意味なものではなかったと。

 

 グレン少佐とグレンさん。


 最初は別人だと何度も言い聞かせた。前世まえ現世いまを混同するな、と。前世まえみたいに傷つきたくないから。歩んで来た道も経験も立場も、何もかもが違う。私も、彼も。


 だけど、ふとした時の仕草やちょっとしたくせ。不意に笑った表情──前世まえと重なる部分を見つけるうちに、別人としてとらえることが難しくなってきたのだ。

 グレンさんには前世まえの記憶があると感じる。気難しい彼が知らない相手にここまで構うことはありえないし、言葉や行動の節々に私のことをよく知ってる雰囲気があるのだ。……私の希望的観測にすぎないかもしれないけれど。

 

 カーテンを開けると、青空が広がっていた。


(平和だな)


 平穏と言うにふさわしい朝。こんなに穏やかな気持ちになれたのは、いつぶりだろうか。やけにクリアになった頭でふと時計を見た。


「………………は?」


 示した数字を見て、考えていたすべてが吹っ飛んだ。


「は、はははははちじ!?」


 名前を呼ばれた気がする、じゃなくて本当に呼ばれていた。「なんで起こしてくれなかったの~!」「あらぁ、起こしたわよ?何度も」とお約束のやり取りをしながら、バタバタと玄関を出た。


 まぁ、急いでも確実に遅刻なんだけど。



「おはよーサラ。遅刻なんて珍しいね」

「……おはよう。さっきロジャー先生に捕まってしまってさぁ」

「うわぁ、ご愁傷様」


 ぐったりしながら教室へ入っていく。今日にかぎって面倒な体育の先生に見つかってしまったのだ。説教が長い長いながい。一言でまとめると「遅刻するなんてけしからん」だった。


「次の時間何だっけ」

「数学だよー。サラ、確かあたる日じゃなかった?」

「うわ、忘れてた」


 ディアナと他愛ない話をする。自然と発せられる何気ない会話。こうして友達と笑っていると、どこにでもいる女子高生だ。明日もあさってもきっと変わらないであろう日常がここにあった。


「そういえば、『恋のメロディーを聴かせて』もいよいよクライマックスだよね!もうすぐで終わっちゃうのはつらいけど、楽しみだなぁ」


 ディアナは本当に『恋のメロディーを聴かせて』が好きなんだと感じる。作品の期待と、もう少しで終わってしまうことに対しての寂しさが伝わってきた。


「あれ?サラは見てないの?」

「……ううん、見てるよ」


 彼女にきょとん、と問われて、私は答えた。


「私も楽しみにしてる」


 ラストを見終わった彼女が楽しそうに語ってくれるその姿を見られるように。次こそは私の演技が、彼の作品の良さを伝えられるように──。



「あれ、おはようございます!」


 収録の日。スタジオにいたアティリオ役であるグンナルさんの姿を見て、私は驚いた。プロデューサーが収録は抜き取りだと言っていたので、てっきり私一人でアテレコをするのだと思っていた。


「やぁ、サラちゃん」

「グンナルさん!先日はすみませんでした」

「いいよいいよ、気にしないで。体調が悪かったらしいね。大丈夫?」


 先日のことを謝罪すると、逆に体調を気遣われた。先ほどあいさつしたスタッフさんたちにも同じように心配されて、私を責める人はいなかった。申し訳ない気持ちになったけど、みんな本当にいい人たちだなぁと思う。


「確か、今日の収録は抜き取りのはずですよね?グンナルさんも収録するんですか?」

「あぁ。僕はセリフが変わっちゃったんだ。日にちも都合がついたし、サラちゃんと一緒に収録することになったんだよ」

「そうなんですか」


 セリフが変わるって、台本が変更になったってこと?最終話まであともう少ししかないしアニメの作画との調整もある。そんな無茶をなぜ?私の疑問は顔に出ていたのか、グンナルさんは苦笑しながら教えてくれた。


「クラリス先生が台本を少し変えられないかって申し出たんだ。監督や制作スタッフや僕たちに頭を下げてね。かなりの無茶ぶりだったけど、一言だけならってことで通ったんだ」


 グレンさんが?


(もしかして──私のため?)


 監督にグレンさんを紹介されたとき、正体を秘密にしているから黙秘していてほしいと言われた。そのグレンさんが他のスタッフさんたちに頭を下げた。私が倒れて、医務室で話したから。それしか考えられない。


「まぁ、前のセリフより新しく変わったセリフのほうが僕は好きだから全然いいけどね。サラちゃん見てみる?」


 グンナルさんに差し出された台本を受け取る。その一言を見たとき、私は息を飲んだ。


「────っ」


(あぁ、私は)


 あの頃だけではなく、今も。


(あの人に守られている)



 収録スタジオの後ろの方で、監督や制作スタッフさんの横に、グレンさんの姿を見かけた。正体を隠す必要がなくなったからだろう。原作者が来ていることにグンナルさんたちは緊張ぎみで、私もそうあるべきだったが心は穏やかだった。


『私、先輩に伝えたいことがあるんです』

『伝えたいこと?』


 前回の続きからセリフは始まる。この前は言えなくなってしまったけれど、もう大丈夫。


『私、先輩のことが好きです』


 私は独りじゃない。


『だから待っていてもいいですか?』


 グレンさんが傍で見守ってくれているから──。



 アティリオはマリーの言葉に目を見開く。そして、


 ふわりと微笑んだ。


『待っていて』


 マリーは彼のその一言に涙をこぼす。彼に気持ちが届いた瞬間だった。アティリオはマリーの涙をぬぐい、彼の胸に彼女を閉じ込めた。


『待っていて、欲しい』

 

 あと数時間後に彼は飛び立つ。次いつ会えるか分からない。それでも、確かな約束がある。


 マリーはアティリオの腕の中で目を閉じた──。



「はいカット!!よかったよ」


 監督の言葉にハッとする。終わったんだ、もう。全然実感がわかない。まだ胸が高鳴っている。


「いい演技ができたね」


 隣でグンナルさんはにっこりと笑った。


「グンナルさん」

「ほら、後ろを見てごらん」


 制作スタッフさんたちが、笑顔で拍手をしていた。──グレンさんも。これで、『恋のメロディーを聴かせて』全収録が無事終了だ。私は彼に笑いかけた。

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