13. 恋のメロディーを聴かせて(中)
「……落ち着いたか?」
しばらく頃合いを見て、グレンさんが声をかけてくれた。
「すみ、ません。一度泣いてしまうと、止まらなくなってしまうので」
「……そうだったな」
グレンさんはつぶやくと、やさしく私の涙をぬぐう。そしてそのままするり、と頬をなでた。突然のグレンさんの仕草に一瞬止まった。あ、なんかやばいかも。泣いていくぶんか冷静になった部分でそう思った。
「……っ」
「なぁサラ、お前本当は──」
やばいやばいやばい!サラ=アベカシス、人生最大のピンチ到来!!
今何聞かれても絶対ごまかしきらない。そう思って体をこわばらせ……。
「サラ!迎えにきてやったぞ。さっさと支度しろ!!」
「ぷ、プロデューサー!!!!」
乱暴に開けられたドアの先には、人間の皮を被った魔王がいた。あ、別の意味で死んだかも。殴りにくるかなーと構えていたら、プロデューサーはグレンさんに向き合っていた。
「これはこれは、クラリス先生。いつもサラがお世話になっております。今日もサラに付き添ってくださったみたいで、ありがとうございます」
「いえ、私は別に」
プロデューサーは笑顔だった。グレンさんに対する対応もとても丁寧だ。だが、なんでだろう?逆にその笑顔が怖かった。
「今日の収録は、うちのサラが申し訳ありませんでした。ここからは私が彼女を引き取りますので……」
「そうですか。では、私はこれで」
グレンさんはあっさり医務室を後にした。プロデューサーは苦い顔で「まさか」だの「危ねぇ」だのぶつぶつ呟いていた。
「プロデューサー?」
「おう、サラ。とっとと帰るぞ」
「はぁ」
「なんだよその顔」
プロデューサーのことだ。今回のことについて何かしらお咎めがあると思っていたのに。普段のプロデューサーからして、会って早々
「殴られるって思ってた……」
「あ?」
「…………あ」
しまった、口に出ていた。しかし時すでに遅し。魔王は私の目の前で口角を上げた。
「倒れた奴を殴るほど、俺は鬼ではないんだが、そうか。お前にとっての俺はそういう奴だと思っていたんだな」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「もしかして期待させちまっていたか?それはそれは……悪いことをしたな」
「………………っぐ」
プロデューサーは私の頭を鷲づかみにし、デコピンをした。プロデューサーのデコピンは頭どころか脳への衝撃がハンパなく、痛いお仕置きベスト3に入る。
「ったく。お前って本当マゾだな。早くしないとそこに縛り付けて置いて帰るぞ」
「帰ります帰ります帰ります!!」
恐ろしいことを吐き捨てたプロデューサーの後を慌てて追う。いつもは早歩きなプロデューサーだったが、心なしかいつもより遅いような気がした。
「今日の収録の続きは後日抜き録りする」
「はい。すみませんでした」
「やっちまったことはしょうがねぇ。次に求められることは多くなるから気張れよ」
「はい……」
プロデューサーは今日の収録について、それ以上何も言わなかった。
「あー。なぁ、サラ。そのなんだ、……クラリス先生と何かあったか?」
「へっ!?」
代わりにこんなことを聞いてくるプロデューサーは珍しく歯切れが悪かった。
「何かって、何がですか?」
「あ~。そうだな……」
プロデューサーは私の顔をしばらくのぞきこんで、はぁ、とため息をついた。
「…………何かあるわけないか。色気も足りねぇこんなちんちくりんのガキに」
「はぁ!?ちんちくりんって!!何なんですか!?」
「ガキは帰って飯食って寝ろ。余計なこと考えずにな」
「プロデューサー、絶対私のことバカにしてますよね?」
「バカにしてない時なんてあると思ってんのか?」
「うわっ即答ですか!?」
そこからはおなじみの流れとなった。倒れた奴は殴らないの宣言通り、私はげしっと足で蹴られた。
「ちんたら歩いてんじゃねぇ。さっさと行け」
「なんか釈然としない……」
口も手も悪く唯我独尊を地で行く恐ろしい魔王なプロデューサーだが、私のことを気に掛けてくれていることは知っている。さっきのデコピンだってあまり痛くなかったから。
「何かある前に俺に言え」
「はい」
私はもう少し頑張って、この人について行こうと思うのだ。
この日はプロデューサーの言葉通り、家まで送ってもらった後は何もせずにすぐに寝た。いつもの夢はもう見なかった。




