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パレットはもういらない  作者: 真咲 透子
『恋のメロディーを聴かせて』グレン編
10/30

10. 見えない違和感

「……サラちゃん?」


 はっと顔を上げたら、心配そうなフランさんがいた。いつの間にかピアノの音は止まっており、グレンさんもこちらを見ている。


「あ……」


 まずい、頭がトリップしていた。何か言わないと変だよね。


「ごめんなさい、素敵すぎて圧倒されちゃいました。すごいです!グレンさん!!」

「いや……」

「グレンはねぇー、実は周りからピアニストになることを熱望されていたんだよ。本人は『趣味だ』の一点張りだったけど。まぁ、他に天職はあったし?」

「黙れフラン」

「えーだって本当のことだろ?」


 グレンさんとフランさんは言い合いを始めた。よかった、これでごまかせたかな?それにしてもグレンさんとフランさんは仲がいいなぁ。2人を見ているとかつての少佐たちを思い出す。



『グレンは堅いんだから。もっと笑いなよ』

『笑う必要なんかないだろ』

『新しく入ってきた部下が怯えているじゃないか。冷凍庫に入ってたんじゃないかってくらいカチコチだったよ』

『…………』

『君、部下の間でなんて言われてるか知ってる?鉄仮面だって』

『ふはっ!!』

『笑うな、サラ』



 まぁ、フランさんのように一方的に殴られたりはしていなかったけどね。今もグレンさんにKOされて床に沈んでいる。


「サラ、お前も弾いてみるか?」

「私ですか?えぇと」


 グレンさんの申し出はありがたいが、今の演奏の後はちょっと気が引ける。それにそろそろ帰らないと、プロデューサーの門限6時を超えてしまう。


「お気持ちは嬉しいんですけど、私そろそろ時間が来ているので……」

「そうか。確かに時間も時間だな」


 グレンさんの言葉にほっとする。ピアノ、いつか触ってみようかな。



 私の言葉でおいとますることになった。



「いつでもおいで。サラちゃんだったら大歓迎だから。グレンはきちんとサラちゃんを送るんだぞ」

「お前に言われなくても分かっている」

「ありがとうございました」


 私が頭を下げると、フランさんはひらひらと手を振ってくれた。そしてこっそり耳打ちされる。


「何かあったら俺か警察に……うぐっ」

「ははは……」


 冷たいまなざしのグレンさんとお腹を抑えているフランさんに私は苦笑いを浮かべた。



「グレン……?」


 後ろから涼しげな女性の声がした。振り返ってみると、車の中からドレスを着た美女が出てきた。


「ロシェル」

「どうしてここに?」

「ピアノを弾きにきた」

「ふふ、フランをまたいじめたんじゃない?」

「身に覚えがないな」

「グレンは数分前の記憶も覚えてないんだな」


 さらり、と美しい黒髪をなびかせながら親しげに話す女性。どこかで見たことあるような……誰なんだろうと疑問に思いながら見ていたら、ばっちり目が合ってしまった。美女は微笑みながら言った。


「こんにちは、いきなりごめんなさいね。私はロシェル=フィロガモ。フランの姉よ。ピアニストをしているの」

「ピアニスト……あっコンサートの!!」

「あら?もしかして今日のコンサートを聴きに来てくれたのかしら」

「はい!とっても素敵なピアノでした!!私、サラ=アベカシスです。グレンさんとはお仕事関係で知り合いました」

「ありがとう」


 にっこり笑うロシェルさんは女の私が見てもうっとりするような魅力的な女性だった。思わずほう……っと見とれてしまった。


「ロシェル、今日は打ち上げって言っていなかったか?」

「えぇ。忘れ物に気づいちゃって会場に行く途中に家に寄ったのよ。すぐにまた出るわ」

「そっか」

「グレンは本当に久しぶりね。最近はここにも寄り付かなくなってきて、さみしかったわ」

「仕事が忙しかったんだ」

「本当かしら」


 くすり、と笑うロシェルさんと隣で腕を組みながら話すグレンさんの間には親しげな雰囲気がただよっていた。グレンさんの顔も心なしか穏やかだ……もしかして。


「似ていないけどロシェルと俺は双子なんだ。俺はロシェルとグレンが付き合っているなんて話は聞いたことないけどね」

「え」


 フランさんが突然話し出した。あれ、聞きたかったんじゃないのー?なんてニコニコしている。べ、別に気にしてなんかないし!……でも。



 大人のグレンさんとロシェルさん──。


 お似合いだと心の中で呟いた。グレンさんが誰と付き合っていたって私には関係ない。それは分かっている。


(なのにどうして、)



 2人を見ると胸が痛いのだろう──。



 フランさんとロシェルさんに見送られ歩き出した。答えは、まだ分からないまま。




『ちょっとあなた、いいかしら?』


 ある日、見知らぬ先輩に呼び出しをされた。


『アティリオに近づかないで』


 人通りが少ない空き教室に連れていかれた後、先輩は私を睨みながら言った。


『アティリオは今大事な時期なの。あなたがアティリオにちょっかいを出していたらピアノに集中できなくなるわ。目障りよ』

『…………』

『第一、彼とあなたでは住む世界が違うのよ。つりあうなんて思っていたの?ありえないわ。ねぇ、知ってるかしら?アティリオ、この学園を卒業したらすぐに留学するの。いつ日本に戻るかは分からないんですって』

『え……!』

『下手したらもう一生会うことないかもしれないわね』



 傷は浅いほうがいいわよねぇ。今終止符を打つならまだ間に合うんじゃないかしら?



 愕然がくぜんとする私に先輩はそっとささやく。先輩は私の様子を満足げに眺めると意地の悪い笑みを浮かべて去っていた。その後ろ姿を眺めながら、その場へすとん、と座る。



 先輩が留学する?もう会えなくなるなんて……。そんな、私やっと自分の気持ちに気づいたのに──!


 

 せり上がってきた私の想いは声にならず、小さな胸の内に留まった。




 そしてしばらくして私は知る。


 私を呼び出した先輩はアティリオ先輩の幼馴染でバイオリンの奏者であることを。そしてもう一つ。



『アティリオ先輩……?』


 昇降口で傘を差す直前、楽しそうに話すアティリオ先輩を見つける。彼の隣には。


『────!』


 呼び出しをされた先輩がいた。2人は一つの傘の中に仲良く入っており、親密であることが遠くでもうかがえた。あんなにお似合いな2人の間に入り込むすきまなんてない。


 アティリオ先輩の留学は幼馴染の先輩も一緒に行くんだから──。



「はいカット!!」


 監督の声に私の意識が戻ってきた。今私……。


「今回もよかったよ、サラ」

「迫真の演技だったね!」


 共演している先輩方が褒めてくれるので、私もすぐに笑顔を作った。小骨がささったような違和感を必死になって消しながら。

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