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パレットはもういらない  作者: 真咲 透子
はじまりの季節
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1. 春の訪れ

前作「空白のパレット」未来編の連載バージョンです。


 季節は春。


 携帯を片手に忙しそうなサラリーマンや、笑いながら歩いてくる女子高生たちなど街には沢山の人が行き交う。どこかで流れているのだろう、人気アイドルの歌がかすかに聴こえてくる。


 ありふれた日常。


 それがどんなに大切で、かげがいのないものだと気づいている人は、この中にどれ程いるのだろう。私はそんな街の中を一人、颯爽さっそうと歩いていた。


 私、サラ=アベカシスには前世の記憶がある。病気か、はてまた妄想か。よくは分からないが、きっと前世だと信じている。


かつてのことを思い出すたびに、逃れられないような甘く、そして切なさと痛さの混じった感情が胸を締め付ける。どうしてこんな感情を知っているというのだろうか。私はまだ年若く、経験も浅いのに。


 前世の私は、魔法使いだった。


当時このクレトリア王国は隣国との戦争中であり、私も軍に入隊しその力を使っていたのだった。そして最後の戦場で、私は齢18という若さで命を散らした。原因は魔法使い特有の『代償』のせいだ。


 私の命が残りわずかだった最後の戦争半年間くらいは、それはもう酷い状態だった。


 言うこと聞かない部下、冷たい上司、なんか陥れようとしてきた同僚───。


 職場環境がこれでもかってくらい最悪だった。


ブラックすぎて笑えない。今だから言えるけど、軍とか閉鎖的な空間、結構ドロドロのぐちゃぐちゃでしたからね!そんな薄暗く、シリアスな前世でしたが……。



生まれ変わったぜひゃっほう!さよなら前世!こんにちは現世!!



 気の遠くなるほど年月を経て、この世界は平和になった。魔法を使える人間も、ごくごく少数だったのでいつの間にか使える人がいなくなったそうだ。もう、あんな恐ろしいことは起きないだろう、きっと。起こったらたまるか。


いやー。つらかった、前世。今思い返してみてもあれはない。もう一回同じことしてとか言われたら、今度こそ首吊るわ。


 前世の私は特殊な立場にあったが、今の私はちょっとした秘密のあるごく普通の女子高生だ。普段は学校に通い、友達と放課後寄り道をし、夜は何にも怯えることなくぐっすり眠る。どこにでもある、当たり前な幸せ。まさに、私の中でも春到来だった。



 かつて失ってしまった『色』を取り戻していく。


世界はまた、美しい彩りを見せてくれるようになった──。




 お待ちかねの。私のちょっとした秘密。それは……。



『俺が、この戦いを終わらせてやる……!!』

『待っているぞ、勇者よ』


 映像が変わる。そして、


「はいカット!!!サラ、よかったよ」

「ありがとうございます!」


マイクから離れ、監督の許へと向かう。実は私、




 アニメ声優になっちゃいました。



はじまりは、忘れもしない中1の夏。一人で買い物した後、ぼーっと貼ってあった張り紙を何気なく見ていたときだった。


「こんにちは」

「……?こ、こんにちは」

「君、スタイルいいねぇ!!モデルとか芸能関係に興味ない?」

「は、はぁ……」


 2人の男の人に声を掛けられた。一人は仕立ての良さそうなスーツ、一人は派手なアロハシャツを着ていた。なにこの組み合わせ……怪しすぎる。


「いや、そういうのにはちょ」「僕はシュテランタ事務所の者です。これ、名刺です」「あ、どうも」「で、興味ない?君なら絶対人気者になれるよ!」「だからあの、」「スカウトとか、もしかして初めて?みんな見る目ないなぁ。君、こんなに可愛いのに」「………」「それでね───」


このアロハ、全然人の話きかねぇ………!!


 どこからそんな歯が浮くような言葉がでるのか。マシンガントークを呆然と聞いていた。一方、スーツを着た男の人はずっと黙っている。おい、止めろよ。


 アロハの人も、スーツの人も整った顔立ちをしている。アロハシャツなんか着なければ好ポイントだろうに。アロハの人の隣にいなければ、振り向きたくなるようなイケメンなのに。別の意味で今も振り向きそうだが。



「体験だけでもいいから、今からおいでよ!」


まずい、手を掴まれた。


 ここは何とかごまかして、この場を離れなければ大変なことになりそうだ。気づいたら契約書にサインしていましたとか洒落にならない。なにか、なにか無いのか……!

必死に言い訳を探す。辺りを見回すと、先ほど見ていた張り紙の一つが目に入った。


 これだ!!


 私はカッと目を開いた。




「あの、私……!声優を目指しているんです!!」

「え?」


 張り紙の一つ。それは、新人声優コンテストだった。声優だったらモデルとは畑違いなはずだ。


「だから、モデルとかはちょっと」

「………」


どうだ!!参ったか!!!


 アロハシャツは力なく私の腕を離した。よかった、これで帰ることができる。「申し訳ないですがこれで」、と声を掛けて後ろを向いたときだった。


 ガシッッッ


そんな音が聞こえそうな腕の掴み方だった。おそるおそる後ろを振り返る。腕の先にいるのは、なんと、ずっと黙っていたスーツの男の人だった。


「声優に興味あるんだよね?」

「……えぇ」


 嘘ですごめんなさいとは言えなかった。ノーなんていわせない、そんな迫力のある声だった。嫌な予感がする。きっと暑さのせいだけじゃない。汗がつぅっと流れた。スーツの男の人はゆっくり口を開いた。口元は弧を描きながら。


「僕、声優プロダクションのプロデューサなんだ。君、今からちょっと演技してみない?」



あんたもかーーーーーーー!!!!!





 それから連行され、気づいたらスタジオに立っていた。


「これ、台本ね。じゃあ喋ってみてよ」

「もし才能ナシって言われたら、モデルしようね!!」


読めない笑顔でスーツの人が笑った後、アロハの人が横から必死の表情で言った。え、まじですか。駄目だったらモデルは確定なの!?右見ても左見ても逃げ道ないじゃないか!!私は内心泣きそうになりながらマイクの前に立ち、息を吸う。そして───。


 結果。


 勝ち誇ったスーツと泣いているアロハが出来上がった。

「いやー、話しているとき良い声だなーと思っていたんだよ」と黒い笑みを浮かべながら……。誰か嘘だと言ってよぉぉぉぉ!ヘルプ、ヘルプヘルプ!!!

 私は途方に暮れた。今となってはいい思い出だ…と思いたい。あれ、視界が滲むやぁー。前世の私の最期も視界が滲んだような。あれ、私の人生ジ・エンド?


 経緯はどうであれ。


 私は声優になり、なんとかやっていけている。


 私が演じているアニメの役は大体何かと戦っている少年役だったので、前世での記憶を辿りながら演じた。

役と似たような境遇になったことも多々あったから、こんな気持ちかなーって想像がつきやすかった。臨場感ある演技をする声優としてそこそこ名の売れるようになった。


 今考えると、中2病なセリフを素でバンバン言ってた。そういう時代だったといえばそれで終わりなのだが。いかんせん、恥ずかしい。私の名誉の為に言っておく。左目がうずいたことは断じてないからね!



 女子高生と声優。


 そんな二足の草鞋わらじをはきながら。学校で勉強して、友達と笑い、そしてプロデューサーにしごかれながら。


 新しい人生を謳歌していた。ときどき、辛いことも確かにあったけど幸せだった。そんな日常。


 ある日突然、私の世界は大きく揺れるのだ。

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