悪夢の少女
「はっ!!」
荒い息。心拍数は、かなり上がっている。
周囲を見渡す。
自室である。
「なんつぅ夢だよ」
汗だくで目を覚ました。
床の上、掛け布団を下敷きにする格好。
ベットから落ちている。
悪い夢からの目覚めは、いつもこぅだ。
自分の下敷きになっている掛け布団をベットに放り投げ、起き上がる。あまりに生々しい悪夢を見たせいか、まだ心臓が激しく動いている。
上がった息を落ち着かせる為、大きく息を吹う。少し冷えた空気を肺に入れ、再び吐き出す
少し落ち着いたところで、壁に掛かっている時計に目をやる。
いつもより、1時間近く早く目を覚ましたようだ。
あの悪夢のせいで、寝た気がしない。
汗のせいで、シャツが地肌に貼り付いている。
まぁ、あんな夢見りゃぁなぁ。
心の中で呟きながら、風呂場へ向かう。
-シャワーを浴び終え、まだ乾ききっていない髪を、タオルで拭きながら、リビングへ。
特に見もしないテレビを点け、そのまま、台所へ行き、冷蔵庫を漁る。
何でもいいから、取りあえず、渇いた喉を潤したい。よく冷えたミネラルウォーターを手に取り、一気に飲み干す。「ップハー!美味い!!」おっさんか!と自分にツッコミ、空になった、ミネラルウォーターのボトルを、ゴミ箱に投げ入れる。
時計を見れば、登校するのには、丁度良い時間である。
朝食は、いつも通りパス。
制服に着替え、学校指定の鞄を持ち、そのまま家を出る。
俺、松葉駿介は伸興高校に通う、1年生だ。
中学の頃に両親を亡くし、唯一、面倒を見ると言ってくれた祖母は、かなりの田舎暮らしである。
正直、田舎は嫌いだった。
なので、祖母には申し訳ないが、田舎行きの話を断り、両親が残した、実家に残ることにした。
それでも、祖母は心配してくれているようで、月に一度、仕送りがある。両親の残した貯金もあるので、生活には困ることはないが、それでも、節約できるとこは節約したい。
勿論、高校に通う為の交通費も例外ではない。
そのため、俺には少しレベルが高いが、徒歩で通える、伸興高校を受験し、入学した。
中学時代は、勉強がおろそかになっているような連中とばかり連んでいた為か、仲の良かった連中は、皆、自分のレベルに見合った高校に入学していった。
それは、俺にとって、都合の良い事であった。
理由は、高校では、友達を作るつもりはなかったからである。
友達と連んでいる時は確かに楽しい。それは、中学時代、十分に経験した。
しかし、自分の友達から、悪さを働く者が出てきたとして、自分にそいつを止める事が出来るだろうか。
ここで止めたら、場が白け、-何いい子チャンぶってんの?-と、白い目で見られ、ハブられだす。
それが嫌で、結局自分も、悪さに加担、または見て見ぬ振り。
勿論、その場に居合わせた自分も、同罪だ。
そんな事を繰り返している内に、自分が、まったく関与していない問題であっても、何かしらの理由を付けられ同類扱いされる。
その噂はあっという間に広がり-アイツも結局、そういう奴やろ?-などと、陰口を叩かれる始末。
それならいっそ、友達など作らず、1人孤独にでも、高校生活を-真面目な生徒-として過ごそう。そのためなら、俺自身、空気のような存在でも構わないと思っている。
学校に近づくにつれ、生徒達の声が聞こえて来る。
校門前に立っている教師に「おはよぉございます」と、軽く一礼し、校門を抜ける。
グラウンドを横切り、校舎に入り、自分の下駄箱へ。
周りでは、生徒達の談笑が聞こえる。
まぁ、俺は誰に声を掛ける予定も、掛けられる予定も無いわけだが。
靴を脱ぎ、上履きに履き替えようとしたところで、背後に視線を感じ、振り返る。
そこには、1人の女生徒が立っていた。
赤色のネクタイ。
2年生である。
その女生徒は、無表情のまま、こちらを見ている。
面識は無いはずだが。
目があったので、取りあえず挨拶する。「お、おはよぉございます」
すると彼女は、微笑んで・・・行ってしまった。-挨拶無しですかっ!!-
教室に向かう最中、自分の記憶を辿っていた。
さっきの2年生、どっかで見た事のあるような、ないよぉなぁ
教室に入り、自分の机に鞄を置き、椅子を引く-ガガッ-椅子を引く音と同時に、今朝の悪夢に出てきた少女を思い出す。
外見といい、無言で、立っていたときの雰囲気。
そして、最後の微笑み。・・・微笑み?
いや、悪夢の少女は、もっと、こう、不気味に微笑んでいたはずだ。
先程の彼女は、もっと、可愛らしい感じだったぞ。
それに、あの外見。俗に言う、普通の女の子じゃないか。
ああいう女子なら、このクラスだけでも、結構居るぞ。
何といっても、夢。
所詮は夢なのだ。
面識も無い同一人物が出て来るとは思えない。
たまたま、そこに立っていた彼女と、たまたま、目が合っただけのことだ。気にする必要もなかろう。と、自分に言い聞かせる事にした。
午前中の授業を終え、昼休み。
俺はいつも、屋上で昼食をとっている。
勿論、1人でだ。
売店で買ったパンと牛乳、昼食後の楽しみの小説を持って、屋上へ上がる。
ドアの向こうは、静かだ。
ドアを開ける-ガチャッ-
案の定、誰も居ない。
少し前までは、昼休みといったら、屋上。と、いうのが定番であったのだが、最近では、屋上に出入りする者は殆ど居ない。
と、いうのも、1ヶ月ほど前に、ある事件が起きた。
飛び降り自殺だ。
飛び降りたのは、この学校の生徒でも、教師でもなく、近所で有名な、ホームレスのおっさんだった。
夜中、誰もいない校舎に忍び込み、屋上へ行き、そのまま飛び降りたらしい。
第一発見者は、この学校の体育教師だった。
朝、いつも通り、車で出勤。指定の駐車場に車を留めて、職員室に向かう途中、何気なく、グラウンドの方に足を向けた事が、発見に繋がったようだ。
後に分かった事だが、自殺したホームレスは
、この学校の卒業生だったらしい。まぁ、母校だからといって、自殺場所に選んでいい理由にはならないだろうが。
その後、誰が言い出したのか、屋上には-出る-らしい。勿論、幽霊の事であろうが。
証拠写真までバラまいたらしい。
まぁ、毎日のように、屋上に出入りしている俺は、何も感じないし、何も見たことが無い。
何にせよ、その類のものを、信じちゃいないので、俺には関係の無い話である。
まぁ、しかし、人が減った、と言うより、来なくなったのは、俺にとっては、都合がいい。
昼食後の読書は静かな環境が望ましいからである。
いつも通り、パンを食べ終え、制服の上着のポケットから、小説を取り出す。
まだ残っている牛乳を、少しづつ飲みながら、小説を読む。
読み出して、どれくらいだろうか。右側、視界に入る程度の位置にあるドアが閉じた。-バタンッ-という音に、思わず首を竦める。
しかし、ドアが開いた事には、気づかなかった。本に没頭していたせいだろう。
そして、訪問者を見ようと、ドアの方に、首を向ける。誰もいない。
まさか、本当に出た!?
いやいや、ありえない。
きっと、キチンと閉まっていなかったドアが、風に押されて閉まったのだろう、と、結論付け、再び、小説に戻ろうと、首を正面に戻す。
「!?」いる。
何者かが!!
俺の、左側、数歩メートル先、視界に入る程度だが、間違いなく、そこには誰かが、立っている。
幽霊なんて、この世に存在するわけがない。そう思っていても、この状況は・・・
俺は、覚悟を決め、勢いよく、左側、何者かが立っている方向へ、首を振る。-バッ-
女生徒だった。
「・・・」
笑える程の、脱力感。
赤いネクタイ。ん?よく見ると、今朝の2年生だ。
今朝といい、俺に何か用だろうか?
ひょっとして、二人きりになれるチャンスでも、伺っていたのだろうか。
よく見るとタイプである。
どうしよっかなー、などと考えいると、彼女の方から、先に声を掛けてきた。
「君、自分の-それ-について、何処まで知ってるの?」
「?」それって、どれだ?
まったく意味の分からない質問に対して、どう答えるべきなのか、考えていると、彼女が先に口を開いた。
「そっか、まだ知らないのね」
心なしか、彼女は少し、嬉しそうだ。
「君の能力は何かなぁ」
もの凄く、嬉しそうに見える。
「あの・・・能力、ですか?」
彼女は、嬉しそうな表情のまま、頷く。「そ。君の能力。まあ、ひとならざる力、みたいなものかな」
タイプだと思った彼女の前に高い壁を見た気がした。
彼女は、俺のようなノーマルな人間ではないらしい。
アブノーマル。
そう。彼女は間違いなく、中二病だ。
こういう人と、関わってはダメだ。
間違いなくダメだ。
俺の、平和で平凡な学園生活が、崩壊してしまうからだ。
俺自身、過去に、彼女と同じ症状にみまわれた事があった。まぁ、周囲の視線の冷たい事冷たい事。出来る事なら、あの過去をきれいさっぱり、消し去りたい。
俺は視線を、彼女から小説にもどす。
「能力とかは持ち合わせておりませんので、すいませんがお引き取りを」
すると彼女は、諦めてくれたのか、俺の前を横切る。
彼女の後ろ姿を、目で追う。
そのまま、ドアに手を掛けると思いきや、彼女は、ドアの少し前で立ち止まり、消えた。
消えたっ!?
俺は、目の前で起きた事が信じられず、彼女が、立ち止まっていた場所まで、歩み寄る。
居ない。何がどうなった。
突如、背後から-クスクスッ-と、笑い声が聞こえ、振り返る。
彼女だ。
先程、俺の目の前で消えた、彼女が立っていた。
彼女は、こちらを見て、目に涙を浮かべながら、笑っている。
さっぱり状況が理解出来ないが、何とか言葉を発した。
「す、すごいですねぇ、今の。手品か何かでしょ?まったく仕掛けがわかんなかったですよぉ」
すると、彼女は、目をパチクリさせ、再び笑い出す。
そんな彼女に対し、少し苛立ちを覚えた。
「そんなに面白いすか?」
そんな俺に対して、彼女は「だって、手品って、君!!」言いながら、さらに爆笑。
女性に対し、これほどまでに、怒りを感じた事はなかった。
俺は無言のまま、彼女に背を向け、立ち去ろうとした。その時、「こういう能力よ、私のは」
振り返る。「だから、俺には能力なんてありませんよ!!大体、さっきのだって、トリックがあるんでしょ?」
彼女は目元に浮かんだ涙を、指で拭いながら言った。
「でも、仮に、能力があったとしたら?」
考えたこともない。
が、そんな便利なもの?があるのなら、是非ともほしいものだ。
「どうして俺に、能力があるって解るんです?」
彼女は、人差し指を下唇に当てながら答える。
「んー、能力のある人間は能力のある人間が解るのよ。感覚でね」
「感覚ですか・・」
「そ、感覚」
「・・・_」
非常に曖昧である。そもそも、仮に俺に、能力があるとして、そのような感覚、感じたことがない。
俺の表情で、察したのか、彼女が言った。
「能力が覚醒してる人じゃないと、その感覚は分からないわよ?」
この彼女は、どうやら俺自身に、能力があるという事実を、納得させたいようだ。
仮に、彼女の言葉が偽りだとして、彼女に何か、メリットはあるのだろうか?
いや、嘘をつき、人1人騙した所で、せいぜい、笑いが取れるくらいのものだ。
彼女の顔を見る。
とても嘘を言っているようには見えない。
事実、彼女は、能力的な、何かを、俺の前で披露したではないか。
俺は、彼女に言った。
「なら、その、俺の能力ってやつを教えて下さいよ
すると彼女は、微笑みながら、近づいてきた。そして、人差し指を俺の胸元に突きつけて言った。
「君が、私に教えて?」




