二―八章
心は愕然とした。
何で分かったんだ!?
知られた。
嫌悪、羞恥、不安。
複雑で暗い思いに、心の顔が歪む。
心の性染色体には男女のDNAが微妙に入り混じっている。
基本的には男だが、体毛が薄い、声が若干高いなど微かだが女性よりのところがある。
それ故に、小さな頃に苦々しい経験を幾つも経てきた。
特に大学病院では検査と称し、体中を弄繰り回されたのは、拷問以外の何ものでもなかった。今でも病院と聞くと、石の一つも投げ込みたくなる。
だがそんな心の心情など意に解さず、行斗は突然当身を放った。
軽く突いただけに見えた当身は、だが心を十メートルもふっ飛ばした。
脳天から足先にまで衝撃が突き抜け、大の字に倒れた心は、指一本動かせなくなってしまった。
ゆっくりと行斗が近づいてくる。
悪魔がいたら、多分こんな姿に違いない。
心は諦めた。
こうなったら、行斗が満足するまでなぶられるしかない。
見下ろす行斗の顔に、初めて微かな怒りの色が浮かぶ。
「死はないと思っていますね」
声が平坦になった。
同時に堂の空気が変わった。
「私があなたを殺さないと、何を確信しているのですか」
堂の空気が恐くなっていた。
「あなたが思っている事は、あなたが思っている事に過ぎません」
まさか。と、心はまだ心の片隅で思おうとしていた。
「あなたが思っている以上に、合法的に人は死にます」
いくら何でも、行き成り人殺しまではすまい。と、自分の心を誤魔化そうとした。
「あなたが見て聞いて知っている常識だけで、この世は出来上がっている訳ではありません」
第一、死体はどうする!?
「あなたは何を経験してきましたか」
「……」
問い掛けてくる行斗の顔、その美しかった顔が、目じり、口元、耳までが吊り上っているように見えた。人の表情ではあり得ない。
恐怖で気が遠くなりそうだった。
行斗は、心の顔を覗き込むような姿勢を取ると、その耳の横に掌を置いた。
途端に板間が砕け散った。
心の顔の横に、冗談のような大穴が開いていた。もう、青ざめる事もできなかった。
「座興です」
とても、冗談とは思えなかった。
心は失神さえ許されずに、動けないままでいた。
無意識の気功で、意識だけは回復してくる。
それが逆に忌まわしかった。
もう真っ平だ、何でも良いからここから逃げ出したい。
「一つ、取引をしましょう」
分かった。何でも約束する。
「功宝について分かった事があったら、全て教えて下さい」
くそっ、実質脅迫じゃねーか。
心は再度、声には出さず毒づいた。
「見返りに、師匠について一つお教えしましょう」
乾いた笑いを浮かべると、行斗は言った。
「先々酔螺、齢百八十歳の、化け物です。
お気をつけて」




