五日目 天使
聖堂の前に、神官長と思われる男が立っていた。 身長は俺よりも低く、体格も頼りない。
俺を見ると、会釈をしてくる。
「それで、なんのご用でしょうか?」
「あぁ、聖女様があなたとお話になりたいそうで」
神官長の声にはあからさまな不信感がある。
それも当然か。 どこの馬の骨ともわからない不審な男に自身が使える主が会うなど。
俺が神官長の立場なら許可しないだろう。
もっとも、今目の前にいる男も俺を油断なく凝視している。
「聖女様はこちらでお待ちです。 どうぞお入りになってください」
聖堂へと通される。
中は明かりが灯っておらず、物音一つしない。
そして、そこに聖女が祈りを捧げていた。
神官長が扉を閉める。
「どうか失礼の無きよう」
俺に念を押すと壁際に体を預けた。
どうやら二人きりにはさせてくれないらしい。
「待っていました。 メルト・レシオル」
「聖女様に名前を知られているとは、光栄の極みですね。 涙が出そうです」
「他にも知っていますよ。 例えば、好きなものは煮込み料理と天使様の絵本」
「……」
たしかに俺は煮込み料理が好きだし、子供の頃、天使の出てくる絵本が好きだった。
「あんた何者だ?」
取り繕った適当な丁寧さを捨てる。
純粋な疑問。
なぜこの聖女は俺のことを知っているのか。
「私は聖女。 それだけです」
「なら、何故俺のことを知っている?」
「あなたが私に教えてくれたんじゃないですか」
「ふざけてるのか?」
「私が何故あなたを知ってるか。そんなことはいいじゃないですか」
いたずらっぽく笑う。
聖女とあがめられているが、普通の少女のようにあどけない。
「聞くところによると、エルフを匿っているようですね」
「……それがなにか問題でも?」
嫌な予感がする。
「エルフに例の薬は試しましたか?」
「まだだ」
なんだ、ロキウェルと同じようにくどくどと説教するのか。
「ここだけの話しですが、エルフが天使様の魂を体に取り込んでいる可能性が非常に高いのです」
「なにを根拠に?」
「それは秘密。 ですが、現在地上に残る天使様の魂はあと二つ。あなたの匿っているエルフとちょうど合いますね」
「お告げで言われたのか。 くだらない」
「そう思いますか?」
「夢の中のことをさも本当のことのように吹聴するのはいい趣味とは言えないな」
俺が馬鹿にするように言うと、後ろに控えていた神官長がナイフを突きつけてきた。
「聖職者がそんな物騒なのを持つなよ」
「無礼者……、エルフを匿った上、聖女様を侮辱するか」
「本当のことを言っただけだ」
神官長の顔に血がのぼっていく。
「やめなさい!」
聖女の鋭利な声が飛ぶ。
「しかし……!」
「私は争うためにメルトを呼んだのではありません。 この国のために彼を呼んだのです」
「はっ、この国のためを思ってるからエルフを殺せって? とんだ平和主義者だな」
「メルト、我々とてしたくてやっているわけではありません。 ですが、天使様を空に還さないと、再び、あの地獄を味わうのですよ」
「確たる証もなく俺にあいつらを殺せと」
「証拠ならあります」
「嘘つけ」
「嘘ではありません」
「あんたは、俺に何を求めてるんだ?」
「天使様の解放です」
「バカバカしい……、ありえない」
「事実なのです本当なのです」
「……帰る」
「いい返事を待っています」
なんなんだ、あの女。
俺に、エフィとラエルを、殺せ?
空に還すだと、そんなふざけた夢想など糞食らえだ。
「ちっ……、くそったれ!」
怒りを地面にぶつける。
ひたすらに、我を忘れて。