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二日目

「メルト、起きて!」

「起きてる……」

朝、フアノがやってくる。

「どういうことなのか説明してよ!」

「……なにがだ?」

「はあ⁉ なんで二人も女を連れ込んでるのよ! それもエルフ!」

「昨日拾ったんだ。 勘違いをするな」

「……仕事?」

「まあな」

「だったら早くロキウェルに引き渡してよ」

「依頼はもう終わった。 報酬ももらった」

「なら、なんで女を連れ込んでるのよ?」

「娼婦にされそうだったからな」

「それで引き取るの? 善人でもないくせに」

「ほっといてくれ」

「そんなことしてたらメルト、壊れちゃうわよ」

「壊れたら修理に出せばいいだろ」

「人間は扉じゃないの」

「わかってる。……冗談だ」

「とりあえず、起きたら出て行ってもらってよ」

「考えておこう」


「ん……」

一人のエルフが目を覚ます。

「起きたか?」

「うん……」

寝起きで頭が働いていないらしい。

「ここ、どこ……?」

「俺の家だ」

「え? きゃああああっ!」

いきなり叫ぶと家の端に丸まる。

「なにやってんだ?」

「に、人間……」

「おい、俺は別に危害を加えるつもりはない」

「嘘よ! 人間なんて……あっ! ラエルから離れなさい!」

「こっちのエルフのことか?」

「離れなさいよ!」

「んんぅ、お姉ちゃん?」

もう一人が起きる。

「ラエル! 危ないからこっち来なさい!」

「ふへぇ? なんでぇ?」

「いいから!」

「何度も言うが危害を加えるつもりはない」

「人間はわたしたちを奴隷みたいに扱ってきたじゃない!」

「俺はそんなことはしない」

「信じられるわけない!」

「お姉ちゃん……落ち着いてよ。 あの人も困ってるよ」

「あんな男の肩なんて持ったらいけないわよ!」

「でも……」

「わたしたちをここから出しなさい!」

憎しみを込めた目で俺を見る。

「さもないと……」

「ここから出て、それでどうする? 俺はお前に危害を加えるつもりはないが、この街の奴らはそんなに甘くはないだろうな」

「ここから出ればお前らはどこかで貴族の奴隷になるか、娼婦の仲間入りだろうよ。 現にお前らはこの地区に売られてきている」

「そんな……」

「出ていくなら好きにしろ。俺と一緒にいるなら安全は保証してやる」

「出ていくわよ! 人間の恩なんて受けない!」

「……そうか」

「お姉ちゃん、いいの……?」

「行くわよ、ラエル」

エルフ二人は家から消えた。

あいつらが選んだことだ。 それでいい。

「アラモードでいっぱいやるか」

俺は朝から疲れた体を引きづり外に歩き出した。


「あら、メルト」

「酒とナッツをくれ」

「わかった、ちょっと待ってて」

カウンターに座る。

「それで、エルフはどうなったの?」

フアノが酒の注がれたグラスを持ってくる。

「どこかに行った」

「やっぱり。 エルフなんて助けなくて良かったんだわ」

どこか嬉しそうに言う。

そのまま隣に腰を掛けた。

「仕事中だろ」

「メルトが来たから臨時休憩」

「バカか」

「かもね、でもメルトもバカよ」

「どこがだ」

酒を飲む。

喉を焼く液体に思考を預ける。

「だって見返りのない人助けなんかしてる」

「見返りがないわけじゃない」

「なによ、あのエルフにご奉仕でもさせるつもりだったの?」

「そういう訳じゃない。 エルフには、ちょっと聞きたいことがある」

「エルフが答えると思う?」

「答えないだろうな」

「わかってて拾ってきたんだ、予想通りどころか恩を仇で返されるなんてやっぱりバカね」

「やってみなくちゃわからないだろ」

「わかるわよ……エルフなんて信用できない」

「なんだ、エルフが嫌いなのか」

「好きな人なんているのかしら?」

「少なくとも聖域にはいないだろうな」

「滅びを起こしたのがエルフだから?」

「そうだ。あそこの連中は信心深いからな」

「ここならどうかしらね」

「いい商売道具だと喜ばれるだろう」

「腐ってるわね」

「今更なにを言う」

「でも、間違いとは思わない」

「腐ってるな」

「今更よ」

「……もう行く」

「エルフを探しにいくの?」

「さあな」


「なあ、いいだろぉ……」

「触らないで! そんな汚い手で!」

「おーおー、気が強いねぇ、夜もその意気でいられんのかぁ?」

「この……!」

「お姉ちゃん……!」

アラモードを出てかなりの時間が過ぎた時、探していたエルフが厄介なやつに捕まっていた。

「最悪だ」

だから言ったというのに。

だが、過ぎてしまったことを今言っても仕方ない。

「明るいうちからご機嫌だな」

「あぁ? んだ、お前!」

なにも言わずに男を殴り飛ばす。

「ぎゃあ!」

「俺の連れだ。悪いな」

「あ、あんた……」

「どうする? 一緒に来るか?」


昼前にもう一度アラモードを訪れる。

今度は二人のエルフをともなって。

強気な姉の名はエフィミア。

大人しい妹の名はラエルノム。

エフィとラエルは双子だそうだ。

「あんたはなんでわたしたちを助けてくれたの?」

「誰かを助けるのに理由がいるか?」

「嘘ね。 人間がそんな高尚なことするわけない」

わかってるじゃないか。

「駄目だよ、お姉ちゃん。 助けてもらったんだからお礼を言わないと」

「ラエル……」

「さあ、言おう?」

「……ありがと」

「ありがとうございます」

二人で礼を言う。

「気にしなくていい。 それより腹は空いてるか?」

「あ、はい。 少しだけ」

「なにか注文しよう。 煮込みでいいか?」

「はい、メルトさんにお任せします」

「フアノ、煮込みを二人分頼む」

「かしこまりました、ご主人様」

「お前な……」

「あんた、酒場の女に手を出してるの⁉」

「こいつの冗談だ、本気にするな」

「別に、冗談のつもりはないけど」

「なおさら悪い」

「あはは、仲が良ろしいんですね」

「どこが……」

「ええ、ベッドの上でも仲良しよ」

「良い加減にしろ……」


「……どうぞ」

「さあ、遠慮せずに食え」

煮込みには肉や野菜などの具が結構入っている。

「こんなに豪華なもの、いただいてもいいんですか?」

「……遠慮するなと言ったぞ」

「あ、そうでした…… いただきます!」

ラエルはニコニコしながら煮込みを口に運ぶ。

「ふんっ……」

こっちのエルフは意地を張って食わない。

「腹、減ってるんじゃないのか?」

「人間の施しは受けないわよ」

強い口調で吐き捨て、皿を押しやる。

「食わないと倒れるぞ」

「お姉ちゃん、これおいしいよ」

ラエルが勧めてもエフィは頑として口にしない。

「頑固だな」

「わたしには誇りがあるの」

「エルフとしてのか?」

「そうよ、人間とは違うの」

「ここではエルフも人間も関係ない」

だいたいエルフなんて迫害の対象だ。

誇りもなにもないだろうに。

「食べたくないなら食べなくていい」

「フアノ……」

「なに、あんた?」

「さっきメルトが言った通り、ここではエルフも人間も関係ないわ。でもここにいていいのは料理を食べたりお酒を飲んだりする人なの」

「なにもせずにつまらなそうにただ座ってるのなんて客じゃないわ。出てって」

フアノの厳しい言葉にエフィは一瞬怯んだがすぐに睨み返す。

「そうねっ! こんな店出て行ってやるわよ!」

立ち上がり走って出ていってしまった。

「言い過ぎだ……」

「そうかしら? あれくらい言わないとわからないわよ」

「探してくる」

腰を浮かせようとしたらフアノに抑えられた。

「何の真似だ?」

「なんでそんなにエルフにこだわるの?」

いつになく真剣な眼差しで言う。

「別に……聞きたいことがあるだけだ」

「なら、そっちの子に訊けばいいじゃない!」

急に指差されビクッとラエルが震える。

「そういう問題じゃないだろ」

「じゃあどういう問題なのよ!」

「落ち着け、なんだってんだ」

「わたしは落ち着いてる」

どう見ても落ち着いてるようには思えない。

このままでは埒が明かないのでほっとくことにした。

「……行ってくる」

「勝手にすれば……」


「どこ行った……?」

アラモードから出ると、空が暗くなりつつあることに気づく。

雲が空に広がっている。


「聖域で聖女が倒れたらしいぞー!」

向こう側から一人の男が慌ただしく走ってくる。

「何だって⁉ そいつは大変だな」

「聖女様も天使様の分身なんだから体は大事にしてほいわよね」

「天使様がお救いくださる日までは、ね」


雨が降り始めた。

視界がたまらなく悪くなる。

「くそっ、世話かけやがって」

辺りを見回すがエフィらしき姿はない。

あの世間知らずめ……


「大丈夫です……少し立ちくらみがしただけですから」

「しかし、聖女様!」

「大丈夫だと言っているでしょう」

「はい……」

「祈らなければ……ならないのです」


散々探し回った挙句、やっと見つけた。

エフィは瓦礫の山に腰掛け俯きながらボロボロのブローチを眺めていた。

「風邪、引くぞ」

「引かないわよ……」

強情な奴だ。

俺も隣に座る。

「雨が降ってるな」

「知ってるわよ……」

「なあ、なんでそんなに俺たちを拒絶するんだ?」

「あんたが、あんたちが人間だから」

「人間に恨みでもあるのか」

「当然でしょ…… わたしたちは生まれた時からずっとひどい目にあってきたの……わたしとラエル、それからお母さんの三人で」

雨が強くなった気がした。だが、エフィは話を続ける。

「お母さんは酒場でこき使われていつも疲れてた。 毎日目に涙をいっぱい溜めてごめんね、って謝ってくるの」

「食うものには困らなかったんだろう? 楽園に住んでるごろつきよりマシじゃないか」

「ひどいのはこの次……」

ゆっくりと、エフィは言葉を発す。

「わたしとラエルはね、いつも頑張ってるお母さんにお礼がしたくて、お母さんの仕事場に行ったの……」

「でも、そこにはお母さん、いなかった。お店の人に訊いたらね、もうやめたって」

「どこ行ったか知りませんか、って訊いたら、向かいの娼館を差されたの」

「そこがいやらしいお店なんてあの頃は知らなかった……だから、二人で行ったの」

エルフの娼婦は少し前までは珍しくなかった。

「んっ……」

口を抑え、辛い過去を飲み込もうとするように吐くのを我慢する。

幼い子供にそれは辛すぎる情景に思えた。

「それ……で……怖い人がわたしたちを捕まえて……娼館で……働かしてやるって……」

「クズもいたものだな」

「震えちゃって……肩、掴まれて……逃げ、れなくて、そしたら、お母さんが……」

「……お前たちのためにか」

「わたしたちのかわりに……」

「もう、いい」

「だから……! 人間なんて、大嫌い!」

叫ぶ声は雨に紛れ、やがて消える。

「大嫌い! ううっ……、大嫌い……!」

泣きながら俺の胸を叩く。

「そうか……」

頭を撫でる。

振り払われるかと思ったが動きはなかった。

「……?」

覗き込むとエフィはスースーと寝息をたてていた。

だが、その頬は熱い。

「このバカ……、雨の中出てくから」

ふわりと良い香りがする折れてしまいそうに儚い体を背おう。

「信じられなくてもいい、けど今は少し休め」

軽いエルフの少女の重みを背中で感じながら雨の降りしきる街を歩いた。


家に入り、すぐに灯りと暖に火を付ける。

柔らかな光が滑るように広がる。

「こんなに冷たくなるまで……」

見つけたらさっさと移動するべきだった。

冷たい体とは対象的に顔は熱い。

「お母さん……」

夢を見ているのだろうか。

辛い過去のはずだ。

それでもエフィは母を求めているのだろうか。

「最悪だ」

そう、最悪の思い出のはずなのに。

「……しばらくはゆっくりしてろ」

温かい空気の満ちた家で誰にいうわけでもなくひとりごち外に出た。


「それで、見つかった?」

「まあな」

アラモードでもういっぱい酒を飲む。

「そ、残念。 この雨の中だから期待したのに」

「まあ、風邪を引いたみたいだから家で寝かしている」

「……あっそ、そのままいただいちゃおうって?」

「バカか」

相変わらず口の減らないフアノに答えつつ酒を煽る。

「あの、メルトさん」

「なんだ」

「お姉ちゃん、何か言いました?」

おずおずと訊いてくる。

「お前たちの過去の話を聞いた」

「……あの日の事、今でも夢に見るらしくて」

「お前は大丈夫なのか?」

「わたしは、憶えてないんです」

「ひどいですよね……。お母さんが助けてくれたのに……。憶えてないなんて……」

「だが、その方が幸せだろうな」

「……」

「普通は心が壊れる。あいつは強いな」

「はい、わたしの自慢のお姉ちゃんですから……」

少しだけ笑う。

「おかわり、いる?」

「頼む」

フアノにグラスを渡す。

「それで、お前たち、これからどうするんだ」

「えっと、どうしましょう……?」

「はあ……うちにいてもいいが」

「ご迷惑でないでしょうか……?」

「構わない、気に病む必要はない」

「許さないわ」

酒の並々入ったグラスを渡される。

「お前には関係ないだろ」

「あるわよ、わたしの心はあなたのものなんだから」

不満そうにこちらを見る。

「あ、あの……」

「部外者は黙ってて」

「こいつらだって苦労してるんだ。住ませてやるくらいいいだろ」

「苦労してない人なんていない」

「俺がそうしたい、稼ぎも十分にあるんだから平気だ」

「同情で家に入れるの?」

「そういう訳じゃない」

「どうしても住ませるのね……」

半ば嘆息にも似た表情をする。

「何が気に入らない?」

「別に、ただエルフが信用できないだけ」

「殺されやしないさ」

「だといいけどね……」

「あの……わたしはメルトさんに、とても感謝しています。恩返し、したいです」

途切れ途切れに言葉を見せる。

「ふうん……ま、いいわ」

「ふう……。そうだ、ベン、なにか風邪に効く食べ物はないか?」

「なんだ、エフィちゃんにあげるのか」

「……まあな」

薄く笑いながら訊いてくる。

「そうだな、このジャムなんかいい」

そう言ってジャムの瓶を差し出す。

「お茶に溶かして飲むと効くぞ」

「助かる」

受け取ってポケットに入れる。

「そろそろ俺は戻る」

「……わかった。 本当に気をつけてね」

「行くぞ、ラエル」

「は、はい!」

二人で店を出る。


「なんだか雨が強いですね……」

「お前も風邪引かないように気をつけろよ」

「はい、……ありがとうございます」

「何がだ?」

「心配してくださってるんですよね……」

「別に……風邪っ引きを増やされても困るしな」

「わたしたちを家に住ませてくださったり……感謝してもしきれません」

「気にするなと言ったぞ」

「感謝と責任は別なんですよ」

いたずらっぽく笑う。

「……なら、感謝されておこう」

「是非、そうしてください」

「……一ついいか? 」

「はい、なんでしょうか」

「天使の事について知らないか?」

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