第四話
『アナザーチャット』の続編となります。が、書き方もジャンルも完全に変わってしまっています。見直しを怠っている部分があるので、もしかしたら間違いがあるかもしれません。ご一報ください。
さて、主人公行方不明から始まる物語スタートです!
綾切ターン:
私は黒羽とたった二週間くらい会ってないだけなのに、行方不明だといって大騒ぎするのだ。それが今はひどくおもしろい。自分の新たな一面、つい最近できた感情だと言えるだろう。
彼に会い、彼と過ごした時間は私の魂さえも入れ替えた。そう思う。
誰かを信頼したり、心配したり、気にしてみたりする。そんな自分を観察するだけでいろんな発見がある。もっと昔はこんな感情などなかったのに、今は面白いほどたくさんの表情を身に付けた。
自分にないものを数えるより、あるものを数える。
そうすると、自分の持っているものがとても多いことに気づける。それは特別な才能でも力でもない。ただの感情。ただの記憶。ありふれた幸せ。
普通と思う方がバカらしい。当然と思えるのはおかしい。
普通や当然の事を誰もが持っているわけではないと私は知っている。
黒羽がいい例だ。辛い過去しか持たない孤独な仮想世界の神。楽しい記憶などつい最近しか知らないといっている天才。私が怒っただけで救われたという変な人。
私は彼の詳しいことなど何も知りはしない。
たぶん、シダ―・ローズのほうがよっぽど知っているんじゃないだろうか。
それでも、彼の味方であり続けるために私は必死になる。なんの力も持たない元ひきこもりの私は夜空を見上げながら思う。
――彼の夢を、願いを叶えられたら私は幸せだろうな。
黒羽ターン:
俺は一人だ。独りにならないために一人であり続けようとする。
アイツのように強くはない、逃げてばかりのただの凡人。
TAIやSIXを作れる頭脳があろうとも、俺の願いは叶わない。夢はあっても希望はない。たくさんの人を殺してしまうかもしれない願いに希望などない。
それでも、信じて、胸を張って、誇ってくれる人がいた。
だから、俺はその人のもとを離れた。
率直に言って恐かった。彼女の期待に添うことはほとんど不可能だからだ。俺自身のための願いは他人を壊すことはあっても、救うことなどできない。
いつか彼女さえも壊してしまうかもしれない。
今は、それにひどく恐怖している。居なくなって欲しくないが為に姿を消した。
昔は、平気で自分が生きるために犯罪でも何でもしていたのに。何も気にせず進めたのに。
弱くなってしまった。逃げ続けるだけの臆病者になってしまった。
もしかしたら彼女の強さに甘えていたのかもしれない。あのままあそこにいたら進めなくなる。彼女を壊してしまう。
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「黒羽っっ!」
ベッドの上に寝転がっていると、急にドアが開いた。見るとそこにいたのはコートを着たあの少女の姿だった。
彼女は走ってきたのか息を切らし、顔を少し火照らせている。
「綾切………か」
「いつの間に帰ってきてたの!」
怒っている。俺は彼女の顔さえ見ることが出来なかった。ミラージュ(光学迷彩)を使おうかとも思ったが、ここで叱られたり、前みたいに殴られたりしてからでも遅くはない。
「大丈夫?」
落ち着いているようで、それでいて本当に心配しているみたいな声が聞こえてきた。不甲斐なくも俺はベッドの上で三角座りのまま、自分の足を抱えてうずくまるだけだった。
「大丈夫?」
もう一度。今度はどこか寂しそうな声音で。
「行くの? また、どこかに……ミラージュだっけ? あれを使って消えるの?」
まさか、そこまで調べがついていたとは。アクセスに気付かれたのか。
「ああ」
素直に白状すると、目の前にいる少女が近づいてくるのを気配で感じた。
「一体、貴方は今、何から逃げているの?」
「………」
言えない。そんなことを言えるはずがない。綾切、お前から逃げているなどと。
「私に言えないようなこと? 別に怒らないよ……? だから言ってみて」
彼女はそう言うと、俺の隣座った。手を伸ばせば届く距離に。
「来ないでくれ。お願いだから俺の近くに来るな!」
その一言だけで察したらしい。
しばらくの間、彼女は何かを我慢するように沈黙していた。感情を押し殺すような、そんな沈黙。
「………そう。私、から……逃げているのね?」
顔も見れない。あまりにも恐すぎて。言いあてられたその言葉は俺の中で刃物と化した。
何かが暴れている。
「私が……恐い?」
そう言う彼女の声は震えていた。傷つけてしまったようだ。なんとか取り繕いたいが、いい言葉が思いつかない。何も思いつかない。
「うん」
ついに頷いてしまった。実際その通りとはいえ、もうちょっと他の選択肢があったと思う。自分をうまく制御できなくなっているような気がした。
「そう。……黒羽は優しいからね。きっと、私を傷つけないようにとか願いを捨てたくなったとか下らないことなんだろうね」
カチンときた。下らないなどと言われて黙っていることは出来ない。
「下らなくてすまなかったな!」
「うん、その意気よ。……うーん。私って怒らせることしか能がないのかな?」
「…………」
また挑発に乗ってしまったらしい。殴り合いにこそならなかったものの前と同じような展開になりつつある。
「黒羽」
「なんだ」
声にはイラつきが含まれている。
「帰ろう? 私の事なら大丈夫だから。一緒に……」
思はず頷きたくなるが必死に堪える。
「ほら」
視界に入ったのは薄いピンクの指と少し伸びている白い爪。綾切がいきなり俺の手を握ってきたのだ。柔らかいその手で。
俺は握り返すことが出来なかった。まだ、ビクついていてそんな勇気などなかった。
「『人間はいつも自分に嘘をついてばかり』ね?」
俺が彼女に言った言葉。俺の言葉のはずなのに堪えた。深く突き刺さって抜けない。
彼女の顔を見た。
微笑んでいるのに痛さを感じる顔をしている。また、彼女も抑え込んでいるアレと闘いながら俺のために言葉を紡いでいるのだ。
「もういい……帰るから………帰るからそんな顔をするな」
「うん」
「俺の願いは必ずお前を壊す。たくさんの人を殺す。それでも続けろと?」
「うん」
「なぜ?」
しばらく考えるのかな、と思っていたのに彼女はスラスラと言った。
「ティエちゃんが貴方のことを思って泣いてる時に思ったの。私も誰かのために泣きたいなって。夢っていいなって。……黒羽がいなくなったときに思ったの。こんな私でも変われたのは黒羽の夢のおかげなんだろうなって……だから、かな?」
綺麗事に聞こえる。だが、それが彼女の素直な気持ちなのだろう。嘘偽りは全く感じない。
「私は貴方の味方であり続ける」
凛とした声で言った。
そんな声からは俺が返答に戸惑っていても、迷っていても、私だけは確固たる意志を持っているというふうに聞こえた。
「黒羽。私達はずっと貴方の味方。だから、私やティエちゃん達TAIを信じて」
その言葉が後押しとなって、俺は彼女の手を強く握った。
「俺はまた逃げるかもしれないぞ?」
「そ、じゃあ監禁でもしようかな」
俺は彼女の冗談の中に隠されたメッセージを受け取った。監禁なんて冗談の中に含まれている綾切繍花の本心からの言葉。
もう、逃げないで。