第十六話(完)
「何かと思えば、小屋か」
小屋。
そこは俺や綾切のどちらかがいなくなる度に使われていた場所で、決心をする場所や過去を見るための場所でもある。俺は自分の夢に向かって進むことを決め、綾切は……俺の味方であり続けることを決めてくれた。夏の思い出の大半が詰まっているような場所だ。
黒羽雄介と綾切繍花の接点。
過去を見ることによって互いを知り、今を繋いでいる。似ている心の傷を持ち、それでも自分達は違うんだと認め合った場所。
「相変わらずだね~」
嬉しそうにはしゃぎまわる綾切はとても生き生きとしていた。
「久しぶり……と言えば久しぶりなのか。俺が帰ってきてから一回も来てないし」
小屋の周辺を見回す。
夏と違うのは蝉の声が聞こえないとか、木々が少し枯れてきていることくらいだった。言い方を変えれば秋らしさが出てきているといえる。
夕方ということもあってなのか、辺りは薄暗くなっていて見えにくい。
もうじき夜が来る。
「黒羽」
「なんだ?」
綾切は夕日の中を歩いていくと、振り返って俺を見た。
「私は助手という形で貴方の味方であり続けるから、貴方は貴方の夢を決して捨てないでね」
彼女は微笑みながら告げる。何度も言われたその言葉。何度も聞いたその響きを。
でも、たった一つ。
違うことはたった一つあった。
「……付いてきてくれてありがとうな」
「……こちらこそ夢を持たせてくれてありがとう」
進んだということだ。自らの夢を叶えるかどうかという葛藤から脱出したことだ。
逃げることをやめ、
振り返りもせず、
ただ歩み続けるだけの日々。
これからも絶望するときがあるかもしれない。これから何があるか分からない。
なんたって世界を相手にするのだ。現実を相手に仮想を創るのだ。
「黒羽。きっと大丈夫だよ。なんていったってこの私が付いているんだから」
苦笑した。
綾切の言葉にではなく、自分に苦笑した。
本当にその通りだと思ったからだ。挫けても、絶望に打ちのめされようとコイツがいると思ってしまったからだ。
どうしようもなく愚かで、どうしようもなく自分勝手な夢に賛同してくれる人が近くにいる。それだけで救われる。
「なんで俺なんかに付いてきてくれるんだ?」
そこでずっと思っていた疑問をぶつけた。あのときは分からないと言われたが、今なら言ってくれるかもしれないと思ったのだ。
しばらく綾切は考え込んでいた。それから、困ったような顔で言った。
「前は分からなかったけどさ、今は分かるよ」
一旦区切り、静かに口を開いた。
「………黒羽の近くにいたいから。それだけよ。貴方の近くにいることそのものが理由かもしれない。………私は何も持ってないから、誰かの夢や誰かの良いところを欲しがるんだと思う。……それは自分が他人を誇るという形で、ね。結局、自分自身の為でその為に他人を使っているだけよ」
俺の近くにいたい。
自分が何も持っていないから他人の持ち物を欲しがる。
本当にそうなんだろうか。本当に何も持ってなくて、ただ俺の夢を自分のものとして欲しているだけなのだろうか。
違うと言いたかったが、言えない。俺にも違うといえる理由が分からないのだ。
だが、何も言えずに終わるわけにはいかない。言っておかねばならないことだってあるのだ。
それが彼女を傷けることになろうとも、俺は言わねばならない。
「綾切。それでもじゃないか? お前は他人の夢さえも誇れるようないいやつなんだ」
「違うわ……」
綾切は急に弱弱しくなって、胸のあたりに両手を持っていき、ギュッと握っている。
「――……お前の中に眠っている呪いは人と関わらないためのものでもあり、自身を壊すための言霊だ。……そう。言霊ともいえる強力な言葉だ」
「言霊?」
「そうだ。それに抗いながら他人に深く関わる。それは並大抵な事じゃないと思うぞ。自分自身の為なんて言うなら、呪いに抗わないことを差すだろうな」
「………」
「お前は今、ひきこもりか? 前みたいに殻に閉じこもっているだけの人間なのか? 違うだろ? 他人の為に何かをできるほどまでに強い人間なんだよ」
綾切は唇を噛みしめて俺を見ている。強く真っ直ぐな瞳で。だけど、揺らいでいる瞳で俺を見ている。
それは不安そうに、それでも信じてみようとしていた。
「……俺がお前を信じているのにお前は俺の言葉を信用できないのか?」
「できるよ」
「それじゃあ、いいじゃねぇか。互いが必要としているから居続けるんだってことで」
「それはできない」
これだけははっきりと言っていた。
芯のある瞳は俺を突き刺すように見ていて、だが、どこか優しさがあるように思える。
「それはできないんだよ、黒羽。互いが互いを必要とする関係なんて作れないんだよ」
言い聞かせるように、何かを攻めるようにその口は動く。
「私達の場合はもっと異質なんだよ」
「異質だと?」
怪訝そうに眉をひそめて尋ねた。
「互いが必要だけっていうなら松原さんと一緒になっちゃう。ただの協力関係になってしまう。だから、言うわ。私は貴方と一緒にいたい。ただそれだけの為に付いていく、と」
陽が完全に地平線の向こう側に落ちて、夜になった。
灯りが無いこの場所はすぐに暗くなる。
「………そうか。俺はどうしようかなぁ……俺はお前が必要なんだけどなぁ……それじゃあダメなんだよなぁ」
俺には綾切みたいにちゃんとした理由はない。俺には夢を叶えるという大義名分はあっても、他人と一緒にいる理由を協力という言葉や必要という言葉でしか片づけられない。
そして、それは松原の時と同じになってしまうと言われて気がついたことがあった。
このままでは、俺が松原を捨てたように綾切も必要ではなくなったら捨ててしまう、と。
彼女は俺の味方であり続けると言っている。だがそれは、俺が裏切ってしまえば終わってしまうのだ。
だから、必要という意味以外で彼女に何かを見いだせないといけない。
それは――
「よし! 俺はお前と一緒に夢を叶えるために一緒に行くことにしよう」
どうだと言わんばかりの表情で綾切に視線を向ける。
「却下」
「マジで!?」
「冗談よ」
暗い夜のとばりの中でも楽しそうに目を細めているのが分かった。
俺はそれを感じて、声をあげて笑った。すると、綾切も同じように笑っていた。
「小屋に入るか? それとも帰るか?」
俺は笑うのをやめると彼女に尋ねた。
「う~んと、どっちがいい? 私はもう充分よ。ここに来た理由はこういうことを話したかっただけだから」
「………そうだよな。じゃ………帰るか」
俺達は月や星が出ている空を見上げることなく、小屋からあのビルに向かって走っていった。それはもう悩みが吹っ切れたから全力で。
十月二十八日。
黒羽 雄介と綾切 繍花はイギリスに向かった。加澄の作ったTAI専用端末機や《SIX―Ⅱ》の種が入ってあるUSBを持ってロンドンに飛び立つ。
十一月二日。
黒羽 雄介は自身が開発したものの利便性、メリット、デメリットなどをプレゼンテーションとしてイギリスで発表。その席には各国からの重鎮、大富豪、政治家など様々な職種、人種の人が集まった。その中でせっせと働いているのはTAIと『唯一の助手』綾切である。彼女達は主に黒羽の後方支援担当で矢面に立たされることのない仕事ばかりをしていた。
しかし、その日の最後の締めくくりとして綾切 繍花は自らの助手という立場についてこう述べた。
『私は世界中から黒羽の腰巾着やら『唯一の助手』といったおまけのような呼び方で通っています。それは当然でしょう。私は松原さん達のような特別な能力など持っていないのですから。一介の女子高校生で、元ひきこもりですし。ですが、それは個人としての才能の部分でしかありません。私は何も才能など持ってないからこそ黒羽の横にいるのです。特別だ。天才だ。偉人だ。そんなふうに騒がれている彼はとてつもなく弱いです。権力、能力、才能。あらゆる部分が突出していても、根っこは私なんかよりも弱いです。そんな彼を見て私は助手として支えることにしました。といっても、主に雑用や精神面などですけど。それでも、何とか役に立つ為に横にいつづけます。……私が何を言いたいか。それは、私は『唯一の助手』などではないということです。私は彼の絶対の味方、支援者であり続けるために助手という形をとっているだけなんです』
記者からの質問
『アヤギリさん。では、貴方はクロハ氏の何なのですか? 助手という立場をとっているだけならば他の人でもいいのでは?』
綾切の答え
『いいえ。私しかできないことがあるので譲る気は全くないです。私が黒羽の何かと訊かれたら………先程も言った通り、ただの黒羽の味方です』
記者からの質問
『貴方はクロハ氏が《TAI》、《SIX―Ⅱ》を作った理由をどうお考えですか?』
綾切の答え
『最初、それは黒羽自身の夢を叶えるための道具でしかありませんでした。しかし、今は違うと思います。彼は彼なりに他の為になることを考えています。……以前は利己的で自己中心的で愚鈍な理由でした。彼はその時に私にいいました。『俺の願いはたくさんの人を殺すかもしれない。これは悪魔の願いなんだ』と。でも今は違います。誰かを救えるならば救おう。そんな考えになっていると思います』
記者からの最後の質問
『貴方自身、クロハ氏の発明にどのよう期待を抱いていますか?』
綾切の答え
『……期待というより願望に近いですけど……仮想世界の創造によって多くの人を救ってほしいですね。例えば《TAI》は御老体の方々や不妊の家庭を活気づけてほしいです。《SIX―Ⅱ》は人々の夢の具現化……ですかね。障がいを持つ方々ならもう一度歩きたいとか、景色を見てみたいとか、話し声を聞いてみたいとかです。貧弱な想像力かもしれませんがこんなところですね。これらを必ず実現してほしいです』
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「これが私の進んでいた道のりよ、黒羽」
「立派。立派。いいと思うよ」
彼らは今、広場にある屋外喫茶店でコーヒーを飲んでいた。黒羽はブラック、綾切はエスプレッソを頼み、陽日を浴びながら一口すする。
大勢の人が行きかう中、誰も彼らのことを気に掛けない。テレビにあれだけズームされて出ていたとしても、彼らは日本人の観光客にしか見えない。ウェイターの男の人さえも、隣の机でモカを飲んでいるキャリアウーマンも気づかない。
あれから十年が経つ。
《SIX》はバージョンが7くらいまでアップデートされ、《TAI》は常日頃から世界に存在していて、他にもたくさんの黒羽の開発が日常茶飯事で運用されている。インベンションで知り合った支援者たちも世界中に知れ渡り、日本に帰ってくることはない。
彼らも年をとり、結婚したり、いろんな人との出会いがあり、それ相応の物語があった。加澄久里は機械工学、松原荊は《SIX》の最高責任者、宇志梨穂は《TAI》の第一研究者として働いている。
「でも、十年経ったら私達の存在が薄くなっちゃってるのよ? どう思う?」
「どうもこうもないさ。俺の夢は完遂したんだ。たった十年でな。それで満足だ」
小さいマグカップを口元に持っていき、すすった。何も変わらないその口で喋ったり、飲み食いをしたりしている。
私達は十年経っても同じ顔、同じ体格でここに存在している。
異常なことだ。生物学的には有り得ないどころか、禁忌に近い。不老なんてどの人も欲しがったものだ。それを私達はあっさりと手に入れた。だが、寿命が延びたわけじゃない。反対に縮まったといえる。
私達は既に存在しない人間として生きている。《TAI》に最も近い人間になっていた。
つまり、彼らが老けないのはこの身体がデータで構成されているからである。
つまり、彼らを誰も気づけないのはそこに何かいる程度くらいにしか認知できないから。
つまり、彼らは既に人間としては生きていない。
世界からはみ出た存在として、弾き飛ばされたのだ。
これが世界を変えすぎた代償というやつかもしれない。
「久里も私のことを忘れてるんだもんね。ティエちゃん達初代の《TAI》も消えちゃったし」
悲しそうに目を細める。その目尻には涙が溜まっていて、光に反射している。ただし、これもデータによる計算なのだ。綾切は黒羽についていくと言って同じ運命をたどってしまった。
「すまんな。俺の勝手に巻き込ませて」
「いいよ。好きでやってることだし」
好きでやっている。黒羽の近くにいつづけるという行為は綾切の意思だから、好きでやっていると言う。こんな姿になってまでもいなくならない理由は――
「黒羽、行こっか」
唐突に立ち上がり、勘定を払いに行く綾切は嬉しそうにしていた。なぜだろうか、と黒羽は思わない。知っているからだ。
綾切がこんなに嬉しそうにしているわけを。
「行くか。………俺達を認知できるような世界にさ」
俺達は旅立つ。
どこにあるかも分からない別世界に。
これが世界に拒絶された者のたどる運命だった。
「手、いい?」
「……ああ」
黒羽雄介は綾切繍花の手をしっかりと握り、歩きだした。
終わりました。
あとがきはサイトにて書きますが、少しだけ……。
あっけないものです。
私の初期中の初期作品にして今のところ、ある意味の最高作品です。文芸社に応募したところ、書籍化候補にも加えてもらえるとの通達もきましたし、それなりにいい作品だったと思います。
感情移入が激しく、書き方もヒロインと主人公の交代で読みにくかったかと思います。それでも、これがこの作品の一番の特徴なんです。
ヒロインは否定しますが『似ている』二人なんですよ、結局。いや、私的には『同じ』ですかね。綾切も黒羽も存在が双方向なだけで、同じ存在です。
傷を舐め合うような関係でもなく、恋人同士でもなく、ただ『味方』であるといった綾切と『逃亡科学者』としての天才、黒羽の関係。
私には難しいです。自分で書いたのに難しいです。
あとは、サイト記述としてもらいます。
http://lastorder41.blog.fc2.com/
『展示中。自作ラノベ&詩』を宜しくお願いします。




