第十五話
ティエ。キルト。コトネ。カイ。
黒羽のビルに現在いるTAI四人は仕事に追われていた。今回の《オート・ラウンド》と《SIX》でマスター権限のデータが欠片でもないか捜索しているのだ。
だが、あるはずはなかった。なぜならば、それらの仮想世界そのものに組み込まれてしまって跡形もなく消失してしまったからである。
マスター権限というのは基本的に一回しか作れない。つまり、一回失くしてしまうと、二度と作れない。が、それでも例外は存在していた。《SIX》を作りなおすか、大幅な修正をすることだ。
「問題はそれなんですよね」
ティエはもう一度呟く。これが問題なんだ、と。
世界中に発表してしまった今、修正なんかやってしまうと、黒羽の夢が途切れてしまうことをティエは知っていた。
どう言い訳しようとも、世界中の重鎮は不信感しか募らせないからだ。
なぜ今頃になって、そんな修正や改変をするのか、と言われるに決まっている。では、作り直すかと問われればそれもまた不可能だった。何年かかるか分からない。その間に権限を失くしたことを追及されてしまうと、それはそれで痛い目に合う。
と、ここで妙案を思いついた。はっきりいっていい案とは言えないが、それでもやる価値はある。
「マスター。イチャついているところすみません」
「うん。そんなことしてないからな。で、なんか用件があるのか?」
「はい。とりあえずコントロールルームまで来て下さい。長話になりそうなので」
呼び出し電話を切る。
しばらくすると、黒羽がやってきた。椅子に腰かけるとすぐに口を開いた。
「なんだ?」
いきなり本題に入るようだ。
「呼び出してすみません。お話はいくら探しまわっても見つからないマスター権限についてです。ちょっと意見を言っておこうと思って」
「これ以上は無駄だからやめたい、とか? 別にいいよ」
「あ、そうですか――って違います。いい案思いついちゃいました」
「いい案? まさか、作り直すとかじゃないだろ?」
「いいえ。そこまで言いません。あちこちに《SIX》を売り出してほしいだけです」
「ほぉ……なるほ…危なっ! はぁ!? 外国にサーバーを立てて権限を復活させろと言ってるのか?」
怪訝そうな瞳で黒羽はティエを見た。
「そうです。日本以外の場所に《SIX》を運用させてもらって下さい」
「バカな……事実上不可能だ。日本人の俺が日本ではなく、外国に売り飛ばしたらどうなるか分かってるだろ? それとも……ああ、そういうことか。日本に売るなって言ってるわけじゃないのか」
「はい。日本には出来次第でいいので《SIX―Ⅱ》でも渡しといて下さい」
「もう出来てる」
「……………………………ワン モア」
ティエの思考回路がフリーズしかけたが、何とか持ちこたえる。
「もう出来てるって言ってるんだ。というか、《オート・ラウンド》と《SIX》を合体させて応用利かせただけだけどな。《オート・ラウンド》はまだ発表してないんだから誰も気づかないし」
再びフリーズしそうになる。なんとも馬鹿げた話だったからだ。
天才科学者でプログラマーで詐欺師のマスターという称号がついてもおかしくない。自分の持っているプログラムを組み合わせるだけで新しいものとするなど発明家の風上にも置けない人だ、と内心思うが、ティエは口には出さない。
「う~む。でも、外国に売るっていうのも手か」
「参考程度にはなったようですね」
「おう。アメリカにでも観光してこようかな? お前らも来る? TAI専用の携帯端末(仮)なら近々出来そうだから」
「………頭良すぎます。マスターの頭の中は一体どうなってるんですか?」
もう天才のレベルではない。天災といってもいいくらい世界中を引っ掻き回している。当本人の黒羽はどうにも思ってないようだが。
ティエは溜め息と同時に薄く笑った。こんな人がマスターでよかった、と心の底から思っていた。
「あれ? それじゃあ、私達の労力は何処へ?」
「さぁ? 見つかったらその方がいいしなぁ……ま、切り上げてもらっていいよ」
軽く言うと、黒羽は眠そうに欠伸をして「おやすみ~」と言って出ていってしまった。
九月二八日。黒羽 雄介がまたしても発表。今度は《SIX―Ⅱ》として《SIX》のバージョン2を出した。今回の発表は前回から一ヶ月も経っておらず、世間をまたしても騒がしている。専門家の間では疑念の声が飛び交っているが、当人は「気にしない」とのこと。あまりの軽薄さに呆れている人が続出している様子です。
そんな黒羽氏の個人インタビューに成功しました。その映像がこちらです。
『今回の発表で再び世間の注目を浴びることになりましたが、どうされるおつもりなんでしょうか? 羽瀬被告の生体実験事件もあり、疑惑の念があちこちで騒がれていますが、どう対処される……』
『どうもしないから』
『は? 何もしないということはどういうことでしょうか?』
『……だって、俺の支援者っていっても基本的に自己責任でしょ? 疑念とか批判は勝手に言わせていおけばいいし』
『そ、そうですか。では次です。黒羽氏唯一の助手の名前は公表されないのですか?』
『綾切? あ、しまった。今のカットね』
『…………………』
『……公表しない!』
次の撮影記録に移る。
『これまで仮想世界を作る《SIX》、人間に限りなく近い《TAI》のプログラムを開発されてきましたが、その発想はどこから来るのですか?』
『さぁ? 俺の場合はこれが作りたい! と思ったらこのプログラムが必要だなって勝手に考えてしまうんで、どこから来るって言われても……?』
『それは、目標を達成するための必要なものがすぐに思い浮かぶってことですか?』
『時々反対だけどね。このプログラムがあるから、こんなの作れるなっていう時もあるよ』
『ほ~。では、今回の《SIX―Ⅱ》も?』
『そうですね。……今回でしばらくは新しいものは作るつもりがないので、こうご期待ってところです』
『《SIX―Ⅱ》を外国に売りだすとのうわさの真偽は?』
『まずアメリカかヨーロッパ辺りに売り出そうか考えてる最中です』
黒羽氏の都合上、ここまでのインタビューとなりました。では次回は――
「黒羽~?」
「………なんでございましょうか?」
手に汗を握る瞬間とは言うが、黒羽が今握っているのは冷や汗であった。
「な・ん・で、ばらしてるのかなぁ?」
今回の綾切の怒りは演技ではなく本物だ。最上級の笑みなのにそれに伴って殺気も出ているものだから、普段からでは考えられないほど恐ろしい。
「高校に明日から登校できないんだけどぉ~?」
まるでメンチ切って、カツアゲしているヤンキーだ。
確かに綾切の言う通り、高校に行けなくなるに違いないので俺は謝るしかない。
「……申し訳ありませぬ、お嬢様。お詫びと言ってはなんですが、海外旅行券のプレゼントを差し上げます」
恭しく跪き、チケットを両手で献上すると、ハンと鼻で笑い綾切は受け取る。
「ん? イギリス? アメリカって聞いたけど、ヨーロッパから行くの?」
「ああ、観光したい順に選んだらそうなった」
頭を思い切りはたかれて、呻く俺。なんだなんだ。何が悪いんだ。
「はぁ~、もうちょっと考えてほしいけどな~。ま、いっか」
綾切の了承も得たので、ヨーロッパ進出決定。
――あれ? いつの間に主導権握られているんだろう?
なぜか綾切に相談しないと行動できなくなってきている。俺が落ちぶれてしまったのだろうか。それとも、彼女の話術が巧みになったのだろうか。
パスポートの申請等の手続きの間に俺達は国内でやっておくことがある。それはもう山のようにたくさん。
その中でもとくに重要なことの一つ。国内の《SIX―Ⅱ》の普及だった。そのためには松原の力と加澄の力が必要であった。松原には《SIX―Ⅱ》のマニュアルやその他のデータを渡しておいたので問題はなかった。
問題は加澄だ。彼女はやる気がないとやってくれない。興味がなければ、どれほど莫大な金額を積もうと、てこでも動かない。そこで、アイリに説得願い、加澄が動く理由になるようなものを聞き出してもらった。
「加澄。お願いだから《SIX―Ⅱ》用サーバー機械を作ってほしい。前払い報酬はこれで」
「久里。こんなの好きなの?」
俺は綾切と一緒に久里の家に来ていた。
年頃の男の子を自室に上がらせるというのは些か抵抗があるだろうということで綾切が監視役として付いてきていた。
「お~。コレクターって奴なんですよ。こう見えても」
と言って、加澄が手に取ったのはピンクに近い赤色の宝石だった。
「ロードナイトとかじゃないよね、これ? パイロクスマンジャイトかな………どこから盗ってきたの?」
「人聞きの悪い。標本コレクターに向いている宝石だっていうから………わざわざ譲ってもらったのに」
「ピンクってかなり貴重なはずだけど?」
ジトっとした視線を向けられてたじろぐ黒羽。
隣で正座している綾切はというと何を話しているのかよく分かってないため話に参加できていない。
「その、とにかくだ、譲ってもらったんだ! 決して盗んだりなんかしてない!」
「怪しい所だけど……いっか。……で、何人付けてくれるの?」
仕事の話にやっと移ったようだ。
加澄はコレクト用の標本箱を持ってきて、箱に綺麗に綿を敷いたりなどの加工を施している。そちらの方が最優先らしい。
「日本政府に聞いてくれ」
「せ、政府!? 何? そんなでかい話なわけ!?」
加澄は箱を落としそうになるほど慌てふためいていた。結局落とさなかったが。
「私も聞いた時は驚いちゃった。なんか黒羽の権力がすごく増大しているみたいでさ」
「実際、増えてるぞ」
黒羽はあらゆる分野に置いて有名になりつつある。ただの高校にはいかない高校生のはずなのに、そこらへんのお役人なんかじゃ手の付けられないほどの力を手に入れている。
「はぁ~。すごいね。じゃ、繍花もある程度あるの?」
加澄が言った何げない一言で黒羽は凍りついた。
「いや? ただの腰巾着だから。ねぇ、黒羽?」
「すみませんでした!」
その場で即土下座。黒羽の頭はたんこぶが出来そうなゴンという鈍い音を出した。
「どうしたの!?」
「ううん。気にしないで。私が弱みを握って脅しているだけだから」
それは俺にとって最大の不幸だったんだ。
官邸にお邪魔した時だった。文部科学省のお偉いさん達と論議などをして、これからの予定や俺の動向把握、研究についての指摘、その他もろもろ話し終えた時だ。
俺は雑談として、何気ない一言を言われてしまった。綾切とTAIが近くにいるその場でタブーとも言える一言を。
「『唯一の助手』って何している人なんだね? ニュースで見ても黒羽氏の腰巾着にしか見えないが、どうしたことかね? ガハハハ!」
俺がその場で何も言わなかったことに相当怒っているようで、以来、ネチネチとこのことをつつかれている。
一見、弱みなんかに見えないだろう。しかし、ことはそれでは終わらなかったのだ。
これがニュースで取り上げられたことが最悪だった。そこで言われた言葉は――
「確かにそうだよね」
ここから世間の目は綾切に対して冷たくなったようだ。
街中で歩いていても綾切という名前ではなく『唯一の助手』か『腰巾着』呼ばわりされるようになったらしい。そして、俺に対する原因追究が始まり……以下省略。
「へぇ~。初めて知ったわ」
「許して下さい。綾切お嬢様」
「いいけど、今度から私に対する感謝の気持ちを忘れないようにしなさい」
すごく偉そうにしているが、どうやら許してくれるらしい。
「話戻すよ……。なんかすごい大きな話になりつつあるけど、それはそれで使えそうだからいいよ」
「サンキュ。じゃあ、気兼ねなく海外に行けるな。……綾切。来週行くぞ」
「その前にやりたいことがあるの。いいかな?」
そういって寂しげに笑った顔は、まるで今生の別れのような雰囲気を出していた。
もう今週の終わりには終末を迎えるこの物語。
綾切はまだやることがあるといって、あそこに行くようですね。




