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第十四話


 あるビルの一室で高く哄笑しているものがいた。羽瀬だ。

 今回のイドの怪物騒動や《SIX》にバグを発生させたのは彼の命令によるもので、黒羽を陥れるための作戦だった。

「まさか、マスター権限まで捨ててくれるとは思ってもみなかったですね!」

「はあ」

 彼の部下である猪垣はどう反応すればいいものかと困っていた。実を言うと、今回の計画にはあまり賛同していない。それはなぜか。答えはシンプルだ。

――あんまし得しないんですよね……どちらかというと非難を受ける方ですし

 今回の計画は『マスター』としての権威を揺らがせるためのものであって、金銭面においてかなりの損をしてしまう計画だった。さらには、訴えられると羽瀬のグループは必ず失墜する。

「あ~あ。猪垣。クビです」

「は? ボク結構頑張りましたよ? 何の冗談です?」

「冗談なんかじゃないですよ~。やりすぎです。責任とって死んで……とまでは言わないのでとっとと出て行って下さい」

 死んで、という言葉に竦んでしまった猪垣は思う。この人は誰かを殺したことがあるのではないか、と。それどころか何人も殺していそうだ。

「では、本日を持って辞任させていただきます。あり……」

「うん。さようなら」

 そういった途端、映画の中にでも出てきそうな屈強な男たちがぞろぞろと扉から入ってきた。グラサンに筋肉で着膨れしているスーツの男達。

「生体実験って知ってる?」

 猪垣は何か思い当たることがあったのか恐怖に顔を歪め、対照的に羽瀬は狂気に顔を歪めた。

 と、そこで電話が鳴った。羽瀬は無表情に電話を取る。

「おう。はっせっくん。お久しぶり~」

「これはこれはマスターさん。どうされましたか? 援助の依頼でも?」

「いや? 結果報告だよ。お前の妨害を全部告発したよっていう、な。スパイ君のことを調べたら丸わかりだったぜ~? 今、警察向かってるから、よろしくな」

ガチャン。黒羽の方から電話を切られてしまった。

 羽瀬はわなわなと震えて猪垣の方を見た。どうやって彼がスパイだとバレたのかなんてもうどうでもよくなるほど憤激して。

「猪垣! てめぇ!」

 そういうと、机から鈍い銀色の銃を取り出し、猪垣に向けた。引き金を引く。

パン。パン。パン。

軽く乾いた音と共に三発を猪垣の眉間に向かってぶち込む。撃たれた猪垣はもちろん鮮血をとばして後ろに倒れた。羽瀬はそれを一瞥してつばを吐き捨てる。

「はい、時間切れ」

 突然、猪垣が喋った。――いや、黒羽雄介が喋った。

「どういうことだ! なんでここにいる! 猪垣はどうした!」

 頭から血を流していた猪垣の死体はすでになく、代わりに防弾チョッキを着た黒羽が立っていた。いつのまにか屈強そうな男達も倒れている。

「存在感の薄いスパイ君はさっきお前が綾切からの電話を受け取った時に御退場願いました。そんで、なんでここにいると訊かれたら、お前に最後の挨拶をしに来ただけだ」

「くっ!」

 銃口を黒羽に向ける羽瀬は慌てた様子で吠えた。

「こんのぉぉおおおお!」

「俺は紺野さんじゃないぞってふざけても、銃下ろして笑ってくんないよな」

パン。パン……ガギャッ

黒羽にずっと撃ち続けていた銃は弾切れになってしまった。それでも、人を見下したようにも思える余裕顔の黒羽は倒れない。

「無駄だって……ミラージュ使用中だし。視覚のみに特化させてるから絶対お前じゃ俺がどこにいるか分からんぞ。まぁ……これもあと二分も充電持たないだろうけどな。羽瀬……おとなしくおまわりさんに捕まれって」

 どこか憐れむようで小馬鹿にしたような声は余計に羽瀬を苛立たせた。

「くそっ! なんで分かったんだ!」

 あまりの興奮に羽瀬の口調は変わってしまっていて、表情もいつものポーカーフェイスじみた顔から怒りの顔になってしまっていた。

「イドの怪物にしても、黒のオブジェクトにしても人体実験までして得たかったものなのか? そんなに俺の権力が羨ましかったか? ……アホらしい」

 黒羽の言葉には侮蔑しか籠っていない。それはシンジケートにいた頃の黒羽の口調、雰囲気、顔だった。そんなことは誰も知らないが、いつもの彼とは様子が違うのは明らかだった。


 まるで狂人が狂いすぎて一周してしまったような落ち着きぶりだった。


 躊躇いなく銃を撃てる羽瀬さえも黒羽の凄みに言葉を失ってしまった。彼のどこを叩いたらこんなに威厳にも、本物の狂気にも似た雰囲気が出てくるのだと羽瀬は思う。

「お、サツの御到着だ。あとは頑張れ~」

 羽瀬は手を振って出ていく黒羽に何の言葉も出せず、ただただ呆然としていた。





「演技って疲れるよな。俺から進んで一役買ったとはいえ、あんなにまでしなくてよかったかもしれんな~」

 黒羽は住んでいるビルの階段で一人ぼやいていた。彼は演技と言っているが、半分ほどは昔、汚れ仕事をしていた時の本気の顔だった。だが、本人はそれに気付いていない。それどころか誰もあれが黒羽の闇の片鱗だということに気づいていない。

 自室まで来るとドアを開けて、中に入る。明りがついている……あれ?

「おかえり~」

 と、綾切が足の爪切りをしながら俺を出迎えてくれた。手は止まらずパチンという音が部屋の中で響く。

パチン。パチ…パチ…パチン。

「……………………何してるわけ?」

 しばらく硬直してしまって声が出なかった黒羽は頭を抱えて考えた。だが、目の前の不可思議な現象を理解できない。

 深夜に男の子の自室で素足をだして爪切りに集中する美少女。ある意味新鮮で、ある意味気持ち悪い。

 もし漫画に『新ヒロイン誕生!』なんてキャッチフレーズでこんな女の子がでてきたら目眩で倒れてしまいそうだ。萌え文化よ帰ってこいと言いたくなる。

「どうしたの? そんな人を馬鹿にしたような目で見て……ああ、私の素足で興奮したのか。なるほど。なるほど」

 何がなるほどなのか、と声には出さないが内心で叫んだ。

 俺は嘆息し、部屋の上に寝転がる。隣で髪を揺らしながら爪切りをしている彼女は無視だ。関わってはいけない。

「……冗談よ、ここで待っていたら爪が伸びていることに気付いて、借りているだけ」

「待ってた? 俺をか?」

 パチンと大きな爪切りの音が反響した。

「そうよ。相談したいことがあるから二時間くらい前からここにいるの」

 綾切はここで右足から左足に持ちかえて爪を切りだす。妙に素足をアピールしているような気がするのは気のせいだろう。

 俺は寝転んでいた体を起こし、あぐらをかいて彼女の前まで移動する。

 すると、彼女は顔をあげて、顎で机を差した。口で言えばいいのになぜか何も言おうとしない。顎をしゃくって机を差すだけだ。

 仕方なく立ち上がり、綾切の視線の先へと向かう。なぜか綾切の顔は緊張した面持ちで俺を見ている。俺はどうした、と言いかけて気付いた。

「ああ、成程な。……サンキュ。折角ならいつも作ってくれたらいいのに」

 夜食だった。久しぶりの手作り料理。どう見てもレトルトではない。

 それにしても、どういう風の吹き回しだろうか。いきなり俺の部屋に来て、手作りしてくれたり、爪切りをしていたり。後者はネタみたいなものだが。

 いくら考えても分かりそうにないので、尋ねてみることにした。

「どうしたんだ、今日は? 夜食なんて作ってくれるなんて」

 綾切は小指の爪を切るのに奮闘しながら答えた。

「ん………今日は忙しかったし、疲れているだろうからってことで……労い、かな? それとマスター権限無くしたんでしょ? それでも頑張ってねってこと。これは私の口から言うんじゃなくて、黒羽に気付いてほしかったけどやっぱり無理ね」

「やっぱりってなんだよ……その通りだけどさ」

 俺は机に置いてある酢豚と白ご飯を電子レンジで温めながら、思った。このシチュエーションはどこの新婚生活だよ、と。

 もし本当にそうであったなら、なんて想像は流石に考えれなかったが。

――やばい。なんかとんでもなく恥ずかしいことに思えてきた

 このままだと変な気持ちを抱いたままこれを食ってしまうことになる。それはあまりに失礼だ。

「あ、綾切。お前が相談したいことってなんだ?」

 俺の気がおかしくならないうちに話を振って、気分を紛らわせることにした。

「うん。ちょっと待ってね。これ片づけるから」

 そう言って、綾切は爪切りを元あった場所に返し、切った爪をティッシュに包み近くにあったゴミ箱に投げ込んだ。ナイスシュート。

 そして、彼女の性格には似合わないなんとも可愛らしいソックスを乱暴に履くと、俺に視線を向けた。

「電子レンジ。もういいんじゃない? 食べながら聞いてくれたらいいから」

「そうか? ま、お前がそう言うんだったら……」

 俺は酢豚、白ご飯、ほうじ茶を机の上に並べて「いただきます」と言った。

 一口目、酢豚を食べようとして箸を近付けるが……なんかすごい形相で睨まれた。どうやら味の感想を待っているようだ。

「パイナップル入りか~。………う~ん、もう少し庵を柔らかくしてもいいかもしれんな。あ、でも味は美味いからな。すごく」

 しまった。つい真面目くさった評価を言ってしまった。

 そろ~っと綾切に視線を動かすと、彼女はブツブツと今回の反省点を呟いていた。おそらく俺の言ったことを気にしているのだろう。

「お~い。あんまし俺の言ったことは気にしなくていいからな」

「え、あ、うん。正直な感想の方が役立つからありがたいわ」

 どこか繋がっているようで繋がっていない会話だ。

 ほうじ茶をすすりながら、俺は再び反省点を呟く綾切をじっと見ていた。

「どうしたの? そんなに見つめて、よからぬ妄想でも?」

「違う………こともなくはないがそうじゃない。………ただな、普通に飯を作ってくれる人が近くにいて、普通に飯を食えてるのがいいなと思っただけだ」

 俺は妄想癖でもあるんだろうか。変な事を考えていなかったなどと断言することが出来ない。

「そう。それならいいわ。せいぜい今の平和に感謝しておくといい。フハハハハ!」

 綾切って時々おかしくなるよな、と思いながら、箸を進める。

 そこで俺はふと思うことがあった、

――俺はいつからこんな『普通』に慣れたんだろう?

 深夜に夜食を作ってくれる同年代の美少女自体が『特別』だが、それは今関係ない。俺が言っているのは自分の家に誰かがいるという『普通』だ。

 俺にとっては普通そのものが幸せだ。しかし、俺は今、それ以上の幸せを感じていた。少し特殊な事情が入っているとはいえ、こうして満足できる生活はとてもいい。居心地がよすぎて、それに甘えそうになる。

「……黒羽。貴方、今日初めてあの学校に来たわけじゃないでしょ」

 ギクリと背中が強張り、箸の進むスピードが急速に遅くなった。

「私が階段でこけた時、いたんでしょ? ミラージュ使ってさ」

 そうなのだ。綾切が初登校した時に俺は面白半分でついていたのだ。放課後、階段で滑ったときも、もちろんいた。というか、転びかけた彼女の肩を掴んで助けてやった。

 あの場ではなんとか気付かれなかったが、今日の俺の不自然さでわかってしまったらしい。どうにも、こういう嘘は慣れない。どっちかというと、人を騙すほうが得意だ。

「その……ありがと」

 恥ずかしがって声が小さくなり気味だが、それが返ってよかった。もし、はきはきと言われたら、なんとなく嘘臭く見えてしまう。綾切は冗談もそこそこ多い人なので、またからかっているのかと、疑心が生じてしまう。

「え~と、ストーカーじみたことしてすみませんでした」

「へ? ああ、そうか。あんな都合よくいたってことは………ほうほう」

 嗜虐に目が細められていく。

 何をされるのかと、俺は臨戦態勢になったが、

「演技よ」

「またか!? 騙されやすいな、俺!」


最後くらい、普通の幸せを黒羽が持ってもいいんじゃないかと思い書きました。


普通が特別な二人の何気ない会話をわざと持ってきましたが、いかがでしたか? ラノベ目指すと言いながら、相変わらず二股な関係を書けない私目ですが、別にいいと思っています。


本当に二股だったら、嫉妬どころの話じゃないと思うし。

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