コスプレ妖怪
「それは管狐か、オサキかもな」
そう言ってベッドの真ん中に陣取り、俺が振る猫じゃらしを鋭い目で追っているのが俺の家に居ついている妖怪、猫股だ。
「それ、何?」
くだ…ぎつねって?
「おい悠斗、真面目にやれ」
いきなり猫パンチが鼻先を強打し、鼻を押えて蹲った。猫又のパンチはいつも本気打ちだ。
『いつも気を抜かないのが信条』らしい。
「……んだよっ」
「鍛錬の時は真剣勝負なんだっ」
ああ、もっと遊びたいのか。管狐のことは後で聞くことにして、俺は立ったり飛んだり雄叫びをあげたり猫じゃらしを揺らしながら部屋中動いてへとへとになった。
そこにとんとんとノックが聞こえ、いいとも何とも言う前に戸が開いて母さんが顔を出す。ちょっと、母さん。それじゃあノックする意味ないよね?
「ちょっと悠斗、あんたストレス溜まってるの? 奇声上げてドタバタしてたら近所迷惑でしょ。ほら、チョコちゃんもびっくりしてるわ」
そのチョコちゃんがやらせてるんだよと言い訳したがったが、すでにさっきの興奮はどこへやら、猫又はまるで猫みたいに丸まって母さんに向かって「にゃあ」と鳴いた。
「うへ、キショッ」
「何がキショイのよ、親に向かってあんたは……」
いや、母さんじゃなくって、猫又が猫みたく鳴くから……って、言えるわけない。ごめんなさいともごもご言って素早く戸を閉めると猫又が前足をやたら熱心に舐めていた。
「管狐だったら、そいつは管使いだろうが何の目的で学校に来たのかは見極めんとな」
「見極めるって?」
猫又が顔を上げた。にんまりと口角が上がっている。こういう感じの時、こいつはろくなことを考えて無い。
「管使いは管狐を使って予言したり、依頼者の憎む相手を病気にしたりする者だ。人間に害を成そうとするんなら始末するしかあるまい」
「おい、猫又」
正義漢っぽいことを言ってるがその真実はちょっと違う。猫又は自分が妖怪のままなのは徳が足りないと思っている。
妖怪になるには短い一生だった猫又は飼い主の殺戮の巻き添えにあい、血を浴びて妖怪になったらしい。そこで悪霊となった飼い主を消滅させ、自分も成仏しようと目論んでいたのだが失敗した。
そこで考えたのが『人に害を成す妖怪退治』だ。
要するに神仏に媚を売って成仏してやろうと思っているのだ。そのために人に害を加える妖怪を見つけると殴る蹴るの暴行の末、始末しちゃう。
良い行いなのか、弱い物虐めなのかは際どいところだが、自分本位なのだけは確かだ。純粋に人のためを思ってとかじゃないのが妖怪らしいといえばそうなのか。
だがここで問題があるだろう。スル―するなよ、猫又。
「だけど、管使いは人ってことだろう? じゃあ退治なんかしちゃダメじゃん」
「ふん、半分妖怪側に足を突っ込んでるようなもんだ。この際、妖怪でカウントしろ」
「ダメに決まってるだろ」
俺の言葉に猫又はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
「でもまあとにかく、何をする気なのかはちょっと気にはなるよな」
管使いが狐を連れたまま学校で何をする気なのか、それは確かに気になる話しだ。
学校に着くとそれとなしに保健室に向かう。
「怪我の消毒だな。赤チンでも塗るか」
「うわっ、何で?」
ぎょっとして振り向いた先に俺は恐ろしいものを見た。うちの制服を着た眼光鋭い女子――猫又だ。初めて猫又と会った時、実はこの女の子姿だった。どっちが本来の姿なのかは知らないが言えるのはどっちもやたらと攻撃的だということだ。
「何、コスプレしてんだよ」
「コスプレとか言うな、クソガキがっ。潜入捜査だ、行くぞ悠斗」
「ええ~っ」
颯爽と歩き出す猫又の後ろ姿を恨めしそうに追いかける。なんかやけに嬉しそうなのは見間違いか? どっから制服持って来たんだよ、そっちの方もすごく気になる。
それにスカート丈短過ぎ! ……って、俺は親父か。いや、男なんだけど。なんか朝からどっと疲れてしまった。
「悠斗」
急に振り返った猫又の手が顔を斜めに掠めた。
「痛ぇっ」
頬に濡れた感触を感じて手で触れるとべったりと血がついている。
「何すんだよ、猫又」
いつだって暴力的だが、今のはまるで意味が分らない。何より俺は血を見るのなんて大嫌いだ。ついでにホラーとか幽霊とかもごめんだ。
とにかく保健の先生は気にはなるけどガチンコで関わるのなんて絶対嫌だ。
「何って、怪我しなきゃ手当てできんだろ」
平然と猫又はそう言い捨てると気合を入れるように右の拳に左の手をぱんとぶつけた。
「美少女妖怪猫又サマに全て任せろ」
それ言う必要ないだろ。