おはるちゃん2
静男は独身時代から生活の全てを実家に依存しており、その癖は結婚した今でも少しも変わっていない。秋子にはそれが不満であった。静男の実家には、ほとんど顔を出さず、自分の実家に帰っては静男の不甲斐なさを嘆いている。
元々静男にはサチ子という恋人がいたが、秋子と三角関係になり、ふとしたはずみに過ちを犯した秋子は、静男の子を身籠った。サチ子は静男の元を去り、戦いに勝利した秋子は静男と結婚したのである。
秋子は理知的で、勝気な性格である。学生時代は静男の才能に惚れこみ、いつかは有名な作家になると信じていたが、時が経つにつれてその期待は裏切られ、現実は抜き差しならない状況になっていた。
〈他人に自慢のできる夫、私は作家夫人よ〉。そのようなブランドを手に入れるという夢が破れ、静男に対する愛情も急速に薄れていった。
山の手にある秋子の実家には、母と妹の春代が暮らしていた。
何かと口実を付けて実家に帰る秋子に、母は「しっかり嫁勤めしなさい」と小言をいってはいるが、内心秋子が帰ってくることを、心楽しみにしている。
その反面、静男の家では秋子が実家に帰るたびに、入れ替わるように、妹の春代が遊びに来ていた。
空はどんよりとして雨雲が立ちこめ、昼というのに夕暮れのような暗さである。
静男はぼんやりと、窓から外の景色を眺めていた。
〈お昼も過ぎた。いつもならもう来るころだが〉
柱時計に目をやると、人の気配がして玄関の開く音が聞こえた。
「おめでとうございます。静男義兄さん、居ますか?」
春代の明るい声が響いた。彼女は玄関先でコートを脱ぐと、そのまま居間にあがってきた。フリルのついた白いブラウスの上に、オレンジ色のカーディガンを羽織った清楚な装いである。