一話 ホタルさんの記憶
優しかったホタルさんへ
五歳の頃。
母に連れられて行く大きな美容院では、王子様の様な扱いだった。
大勢のお姉さんが代わる代わる遊んでくれていた。
よくヒーローごっこをしてくれたショートカットのお姉さんには、頭をぐりぐりされたり優しめに頬をペチペチされたりした。その度に、怪人めやっつけてやる!とタックルしたりしていた。
もう一人印象に残っているのが「ホタルさん」と呼ばれていた長い髪のほっそりした若い女性。たぶん二十歳くらいだったと思う。よく、お菓子やジュースを持ってきてくれた。
絵本や童話を読んでくれる事もあったし、逆に私が読んで聞かせて拍手してもらう事もあった。
一番好きな絵本で、ぼろぼろになるまで持ち歩いていた「幸福の王子」を一度彼女の前で読み聞かせた事がある。読むのがうまいねと感心するだけでなく、彼女はお話そのものも真剣に聞いてくれた。
王子が他人の為に剣のルビーや瞳のサファイア、体の金箔と次々と差し出してボロボロになっていく毎に溜息をついたり、小さく首を振ったりと反応してくれた。最後に王子とツバメが天に召されると、ほっとしたように「よかった」と呟いた。
彼女は少し顔の感じが母親に似ていた様な気がする。一度そんな話をした。
「えーっ、優くんのお母さんみたいな綺麗な人に似てるとか言われたら嬉しくなっちゃうよぅ!」
目を輝かせながら頭をさんざん撫でられた。
ホタルさんにとっては褒め言葉だったらしい。
幼児の印象だし、はっきりと思い出せないが、ホタルさんは髪が綺麗で美しかった。母もよく「あの子は綺麗ね」と言っていた。ヒーローごっこのお姉さんも、私の頭をグリグリしながら
「優くんはホタルちゃんが美人だから好きなんだもんねー!」
と、からかってきた記憶もある。
なのでやはり一般的にみても綺麗な人だったのだと思う。
当時、私の家は幹線道路のすぐ横にあった。
道路は大型トラックがひっきりなしに走り、窓はいつも黒い粉塵でザラザラだった。家は大きく、それなりにしっかりとした造りだったはずだが、大型車が通ると地震のような振動だった。
広い道には横断歩道も無かった。
信号はかなり駅側に戻った場所にぽつんと一つあるだけだった。
道路を境に町名も変わっていた。
私達の家がある手前側はすこし裕福な住宅地。対して反対側には町工場や小さな家、それに学生用のアパートなどが雑多に立ち並んでいた。
だから住宅地側に居る人はわざわざそこを横断する必要も少なく、横断路が無いのもそのせいだったのだろう。
前年、散歩途中で飛び出してしまった叔母の飼い犬のマルガリータが轢かれ、亡くなる事故があった。
血まみれでぐったりした中型犬を、叔母が泣きながら抱えて帰ってきた。
その時、私は母に入浴させられていたと思う。
「あの子死んじゃうの?」
と母に尋ねた。
「そうね、助からないね。大きな車に轢かれたら助からないから、絶対に道路に出ちゃ駄目よ」
母は眉間に皺を寄せながら言った。
夜半に、マルガリータは死んだ。
吠えられていじめられる事もあった。丸刈り、と呼んでからかった事もあった。
けれど、もう二度と一緒に遊ぶ事はできなくなってしまったのだとそこで気付いた。
母はもう一度私に、絶対に道路に飛び出したり渡ってはいけないときつく言った。一晩中泣いていた叔母の顔を見やり、私は絶対に渡らないよと答えた。
この幹線道路では、犬が轢かれる事故や老人や子供が撥ねられる事故がたまにあった。今思えば五歳の幼児に、そんな危険な幹線道路付近を一人で歩かせる事自体がどうなのだろうと思う。
しかし母は控えめに言っても、危険な道を通る時に息子の手を引いて歩くようなタイプの親ではなかった。また、夕暮れ時に子供が外を出歩いても気にする事もない性格だった。
私は家庭の事情で六歳までしか母と一緒にいなかった。だから後年の考察になってしまうが、母は冷酷なわけでも意地が悪いわけでもなかったと思う。
別に私を虐待していた事も無いし、近所の人たちにも好かれていた。美容院のスタッフ達にも慕われていたし、世間的な常識のある善良な人間だったはずだ。
父親は家に居なかった。
なぜ他所の家のようにお父さんがいないのか、当然疑問には思った。
しかし、幼児であってもそれは聞いてはいけない事だというのは、なぜか理解していた。
母が私を連れて遠出する時は、大概は人と会う時だった。月に何度か、母はお洒落な格好で私を連れ出した。
場所は駅前の大きなレストランだったり、少し離れたデパートだったり。そこで会うのは全て男性だった。ほぼいつも違う人だった。
彼らは常に私には優しく接してくれ、菓子や絵本や玩具を買ってくれる人もいた。
そんな時は、男達はよく笑顔で私に話しかけてきた。一方で母は私の方は全く見ず、笑う事もなかった。母はただ、はしゃぐ男達に対してどこか怜悧に小声で対応するだけだった。
胸の内で何を感じ、何を考えていたのだろう。
無表情の横顔から何らかの感情を伺う事は幼児には不可能だった。
自動車でドライブに連れていかれる事もあった。
車の中や、施設のキッズルームのような場所で長い時間待たされる事も多かった。
それが逢瀬だったのか、それとも仕事だったのか。
当時も今も聞けるはずもない。ただ母は、優しかろうが美しかろうが、そういう場所に息子を連れて行く事を躊躇わない人でもあったという事は事実だ。
石川達三の「稚くて愛を知らず」という作品がある。深窓の令嬢として育ち、愛されることだけに慣れてしまった女性が、結婚という現実を通して真の愛や自己に目覚めていく姿を描いた物語だ。
後にこの物語を読んだ時、ああこれはあの人に似ているなと感じた、私の印象の母はそんな人物だった。
育ちは良く常識もあるのに、大人になりきれない。
自己愛はあるが他者への愛は知らない。寂しく美しい女性主人公。今風に言えば共感性の欠如、というような事になるのだろうか。
もちろん、それもまた一面的な印象に過ぎないのかもしれないけれど。
春の日の夕暮れ。近所の商店で買い物した帰り、家の近くで呼び止められた。
「優くん?」
振り向くと、見知った黒い髪の女性が目を丸くして佇んでいた。ホタルさんだった。手にはレジ袋。フランスパンが飛び出している。
「家、こっちなんだ?」
そう問われ、あそこだよと指差す。
しかし彼女はそちらには目もやらず、じっとこちらを見ている。
そして、おもむろに言う。
「ねえ、いまから家にこない。近くだよ、行こうよ」
家に帰らないといけないから、と言った。夕食時が近かったし、それに彼女が指差す方向は渡っては駄目と言われた道路の先だった。
しかしホタルさんは懇願するように「行こうよ」「おいでよ」「お菓子もあるよ」「漫画もあるよ」「お母さんには電話しておくから大丈夫だよ」と諦めなかった。
私はあまりの熱心さに、気圧されるように頷いてしまう。
「やったあ」
彼女は満面の笑みで私の手を取った。
幹線道路はちょうど車が途絶えていた。
「車、来てない。今だ、優くん気をつけて」
私たちは手を繋いだまま、小走りで道路を渡った。




