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1.ボドゴーン!! ヒァウィーゴー!!!

 二年生からの高校生活はコロナのせいで灰色になった。レントゲンを撮っても肺は健康色なのに心臓は静寂に。青春をその色にした。そのせいだろうか。大学生の個室には後悔ばかりが息をする。

 あれは一年生の三月。好きな女の子がいた。川上杏という名のひと際短いミニスカートとやや解けたワイシャツが男心を擽る。マドンナ的女子だった。運命的にも川上さんと親しくなれて、勝負の三月十四日。デ○ズニーランドデートの約束をした。

 なのにコロナウイルスが。デ○ズニーランドが二月二十九日から臨時休園になった。その三日後の二月二日に高校が休校になった。

 それからしばらくずっと家。すっかり川上さんと疎遠になった。だけでない。せっかくできた友達とも遊べなくなった。部活もできなくなった。

 たまにある土曜日の登校や日曜の部活が怠いだなんて文句も消えた。それから二年間。修学旅行もまともにできず。ずっと家。

 コロナには罹らなかった。でも僕は命より大切な何かを失った気がする。高校生活という歯車がすっかり欠けたまま僕は独りの部屋についてしまった。

 

 たばこの端を齧る。切ない煙が換気扇の油めいたプロペラを蠅と一緒に舞う。尖端は赤く息をするものの冬が寒い。


 「川上さん。美人だったなぁ……」


 嫌な味の恋がまだ胸の奥を蠢いて僕を離さなかった。恋の病が腐ると、免疫がなかったみたいだ、チクチクと思い出を蝕む。咳をしたって失恋がどこかにいくわけでもないのに。

 灰皿に思い出を叩きつければつまらない独りに戻る。ワンルームの小さなテレビが煩い静かな部屋だ。

 夜はいつからかずっと真っ暗だ。昼の数を数えたって月の明かりが無ければいつかもわからない。僕の時計はずっと夢の中。高校一年生で止まっている。

 やけに弾力のあるマットレスに横たわり、ずっと前から洗濯していない薄い布団へ包まる。暖房の暖気が上を掠って喉を枯らしてくるが、惰性は昼の瀕死よりも今の休息を選ぶ。


 ゴンゴン。


 夜中の二時。何かかが階段を上ってきている。アパートは年季が入っているからよく音と振動が響く。たびたびそれにイライラして文句を呟いたり、始めから諦めて眠ろうとしたりする。

 一人暮らしなんて十九歳で初めてだ。だから少しの心配がある。混乱もある。あの足音の右足は心配。左足は混乱だった。知らない足音だった。


 トン……。


 その二つがちょうど揃って、僕の部屋の前で止まった気がした。闇募る個室に鼓動が乱れる。

 「そんなわけがない」と被害妄想を馬鹿にしてみるが、焦りが息を急かす。ただしじっと。布団でじっとしている。


 ガラン……スタッ。


 ごくり。


 スタッ……スタタッ!

 

 そこら辺にあった孫の手を取って!!


 「うわあああああああああああああああああああ!!!」

 

 ボドゴーン!!

 勢いよくぶん殴られたらしい。吹っ飛ばされた頭が照明のスイッチを押した。

 部屋が白く眩く真相を照らした。


 尻尾? 縞々の柔らかそうな尻尾?


 「呼ばれた気がしたから来ちゃいました」


 ケモ耳? 猫髭?


 「わたぁくし。夜の悪魔でございます。ねがぁいごとはなんでございますぅ~?」


 幼女。


 「コスプレ?」

 「本物ですよ?」

 「じゃあ帰ってください。明日も一限があるから」

 「どうせ起きれないですよねぇ?」

 「なぜ知ってる!?」


 ともあれ猫の悪魔は座布団に座り、なにやら資料を出してきた。大学一年生に契約書なんて読める訳が無いだろ!


 「わたぁくし。夜の悪魔でございます。望むならば何でも叶えてごらんにあげます」

 「何でも?」

 「はい。代償は少々の戯れでございます」

 「え。それってどういう意味?」

 「いうなればおもしろさです。夜の悪魔でございます」

 「それはわかってるけど。そうじゃなくて」

 「いかがなさいますぅ~?」


 ケモ耳フワフワ。煎餅バキバキ。破片バラバラ。床が汚れた。よく見たらこいつ、土足だ。

 じとじと。猫の悪魔はわかりきったみたいに僕を見つめている。涎を垂らして、僕を餌だと思っているのか。

 いいや!――その通りだ。


 「僕を二千二十年の三月に戻してくれ。コロナの無い世界の」

 「あら。願い事は一つまででして。それだと追加料金が掛かりますねぇ」ゲス顔。

 「つ、追加料金!? なんだよそれは!」

 「はい。そうですね~」


 ケモ耳ゆらゆれ。真ん丸目がちょろっと安い天井を見つめて、わざとらしく人差し指を唇に当てている。


 ビックリマーク! 純粋な面持ちになった。


 「喜怒哀楽。色んなものがございますが。こんなのはどうでしょう――悲哀というのは?」

 「悲哀? 悲しさ?」

 「はい。あなたはこれから悲しむことができなくなりますねぇ~」ニタニタ。


 ”何が面白いのだろうか。一体何が。”


 「悲しさなんて何も無くたってあげたいくらいだ。それでいい。僕に青春をください」

 「そうですか。いいんですね?! いいんですね?!」

 「いいけど……」

 「けど?」

 「いいよ。ほら、早く!」

 「では!! ヒァウィーゴー!!!――



――斎藤晴也は二千二十年。コロナウイルスの存在しない二月二十九日にドロップしました。

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