995 星暦557年 桃の月 18日 家族(?)サービス期間(19)
「やあ、君か。
久しぶりだな。
領事館に泊っていくのかい?」
シェイラと一緒にジルダスの領事館にある転移門へ飛んだら、部屋を出たところで丁度通りかかった顔見知りの男から声を掛けられた。
なんて言ったっけ・・・。
ガルズ?いや、ガルバか。
東大陸への航路を探した一連の案件の時に一緒にいて、此方に残った役人だった筈だが、まだいたのか。
「いや、日帰りですね。
何日か日帰りで通いながら蚤市場や他の店を見て回る予定ですよ」
イマイチこういう奴らってどういう言葉使いで話しかけるべきなのか、不明なんだよなぁ。
ある意味、どうでも良い軍部ぐらいだったら俺の言葉遣いに腹が立つなら仕事を頼まなきゃいいぜ?って感じで強気に行けるんだが、領事館の人間だからなぁ。
もしもの事がジルダスであった場合に、助けを求める羽目になるかも知れないからあまり反感を買いたくはない。
俺一人ならなんとでもなるが、シェイラが行方不明になったりした場合に裏社会はゼブに頼るにしても、表向きな方は領事館の人間を頼らざるを得ないから、それなりに友好的な関係を保ちたい。
役人とかって自分が下に見ている人間にぞんざいな言葉で対応されると激怒する人間もいるから、面倒なんだよなぁ。
ガルバは比較的まともな人間だった気はするが、周囲の人間に反感を買わない様に、無難な言葉遣いの方が良いだろう。
「・・・日帰り?!
朝晩転移門で王都と行き来するつもりなのか??」
一瞬絶句した後、ガルバがあっけに取られたように聞いてきた。
転移門を動かす為の魔力を金で払うとなるとかなり高いからな。
贅沢過ぎると思ったかな?
「あ~。
普通の魔術師を雇って転移門を動かすかその分の魔石へ魔力を充填する場合、この距離で2人分となると朝に一回やったらそれこそ夕方まで魔力の回復に掛かるんですよ。だから実質丸1日ほぼ仕事が出来なくなる事が多いんです。
そうなると魔術師1人の1日分の労働報酬分を要求されるから遠距離の転移門使用料ってそれなりに高いんです。
だけど俺の場合は休暇で蚤市場を散策する為に来ているんで、仕事をする気はないから魔力をすっからかんにしても問題ないんで」
まあ、魔術師の労働に魔力がそれ程必要かって言われたら微妙な場合もあるけどな。
アンディなんかは書類作業が多いから、毎日余った魔力をバイト代わりに転移門用の魔石の充填用に売りつけているって言っていた。
とは言え、普通に術を掛ける依頼や、魔術の研究とかだったらある程度は魔力が必要だからな。
魔術師が朝1で魔力をすっからかんにしても困らないかと言ったら多少は困るんだから、魔術院の転移門料金が不当にぼったくりだとは言えない・・・かも知れない。
ちょっとぼったくってはいるけどな。
アンディ曰く、船での移動料金との兼ね合いでそれなりに利益を上乗せするらしい。
代りに馬や馬車で来れる様な短距離で、魔術院に顔が効く有力者がいる街への転移料金なんかは実は足が出ていることもあるとか。
「なるほど、確かに個人の休暇だったらそう言う使い方も出来るのか。
・・・だったら、休暇に入る予定の魔術師を見つけられたら割引してくれるのかな?」
ガルバがこそっと小声で聞いてきた。
「・・・休暇中に何か私的な研究をしたいという魔術師だったら、相手次第と言うところかも?
ただまあ、親しい様子もないのに魔術師が自分の旅行のついでに毎回誰かと一緒に転移門を使っているのを何度も目撃されると、多分魔術院から注意されるとは思いますよ」
魔術院の収入源を妨害すると色々煩いからな。
「こちらへ遊びに来たいと思っている魔術師に領事館での宿泊を無料にする代わりに誰かを1人無料で転移させるというような取り決めをこっそりできませんかしらね?
タイミング次第だとは思いますが」
シェイラが後ろから面白そうに声を掛けてきた。
「シェイラ・オスレイダです。
ウィルとは遺跡発掘での手伝いで出会って親しくして貰っています」
シェイラがガルバに手を伸ばしながら挨拶した。
おっと。
これは俺が紹介すべきだったのかな?
イマイチ人を紹介するタイミングって分かりにくいんだよなぁ。
「おお、こんにちは。
ガルバ・ベルゲルトだ。
ジルダス領事館の総領事をしている。
まあ、総領事と言ってもそれ程大きな領事館じゃないんだが」
ガルバがシェイラの手を握りながら自己紹介をした。
あれ、こいつってば総領事なんだ?
お偉いさんが何をふらふら歩いているんだか。
まあ、確かにガルバが言う通り、領事館その物がそれ程大きい訳ではないから常時働いている人数そのものはそれこそツァレスの下で働くフォラスタ文明の発掘隊と同程度かも知れないが。
「大きさよりも、どのくらい新しい事に出会えるかが重要でしょう。
東大陸の拠点となったら色々と画期的な事が多いのでは?」
シェイラがにこやかに応じる。
楽しいかどうかは知らんが、ここも外務省ではそれなりに重要なポストなのかも?
まあ、俺は別にジルダス以外での外務省の伝手は必要ないから知った事ではないが。
「そうだな、色々と新発見があったり想定外な常識の違いがあって話し合いが必要になったり、色々と面白いのは確かだ。
おっと、私はちょっと人と会う約束があるので失礼するよ。
それじゃあ、楽しんできてくれたまえ!」
ちょっと格好つけてガルバが俺たち別れを告げ、去っていった。
船に乗っていた時はかなり地味げだったのに、偉くなったせいかちょっと洗練された感じか?
この街にそんな洗練さが必要なのか知らんが。
外交よりも商業が重要な相手先ですが、それなりに重要なポストではありますよね。
今年もご愛読頂きありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いします。
良いお年を!




