967 星暦557年 橙の月 21日 次は?(2)
「次はどうしようか~」
納品の圧力に晒されることもなくなり久しぶりにのんびりした工房で、朝食後のお茶を準備していたらシャルロがソファの背もたれに体を預けてぐわ~っと背を伸ばしながら呟いた。
平和だ。
やっぱ、俺には時間に追われた製造って向いていないよなぁ。
開発の為に根を積めるのは良いが、造らなきゃいけない魔具の材料が積まれている作業机を見るだけで疲れが溜まる気がする俺には、決まった量の魔具や部品を作る作業は辛すぎるし楽しくない。
こんなのをずっとやれって言われたら、うっかりウォレン爺の軍に入らないかという誘いに乗ってしまいそうだ。
もしくは長からの盗賊ギルドの仕事の話とか。
「ちなみに、母曰くまだ過敏体質安全用魔具は全然足りていないから幾らでも造ってくれて構わないそうだ。
何だったら売り上げ金の支払いを来年になるよう細工するのも大歓迎だとか」
アレクが真面目そうな顔で言った。
それって脱税っぽくない?
大丈夫なのかよ?
というか、これ以上製造は嫌だ!!!
「絶対、嫌~~!!」
シャルロがバタバタを足を振りまわしながら抗議した。
お。
シャルロも俺と同じで製造作業には向いてないんだな。
まあ、アレクだって淡々と作業をしていたが、一日の終わりのため息がかなり深かったよな?
「うむ。
私も嫌だったから、謹んでお断りしておいた」
口元を笑いに歪めながらアレクが言った。
なんだ。
揶揄ったのか。
真面目に言っているのかと思って一瞬焦ったぜ。
「なんかこう、次はもっと気楽な物を開発したい」
命に関わるんだって懇願されるのはもうまっぴらだ。
弱い立場っていうのも脅しに使えるんだな~っというのを今回の騒動でつくづく実感した。
強い立場の人間にだったら『このタイミングが気に入らないなら他に行けば?』と言い切れるのだが、弱い立場の奴に『他に選択肢がないのです!!』と縋られると断りにくい。
しかも弱い立場っていうのが過敏体質安全用魔具入手に関してだけって言うのが質が悪いし。
恨みを買ったら将来的にシェフィート商会の商売にどう悪影響されるか分かったもんじゃない相手が弱さを前面に押し出して泣きついてくると、どうしようもないって反則だよなぁ。
まあ、命は確かに取り返しがつかないけどさぁ。
暫くは命に関わるような魔具の開発はしたくない。
「美容とかに関係するのももうすぐ社交シーズンだから危険そうだよ」
シャルロが指摘する。
まあ、もう美容関係な発見は暫く出てこないとは思うが、確かにあれも怖かった。
「下手に利権とかに関わりそうなのも暫くいらないかな・・・」
ちょっと遠い目をしながらアレクが言った。
おやぁ?
成分割合分析用魔具でどっかから嫌味でも言われているのかな?
まあ、塩とか小麦粉とかに混ぜ物をして利益率を上げている卸売りや仲介業者が多いって話だったから、それなりに儲けを潰された相手から恨みを買ったんだろうな。
魔具を開発した俺達じゃなくってシェフィート商会の方だろうけど。
そう考えると、アレクの家族に毒探知用魔具が行き渡ったのは良かった。
アレクには水精霊が付いているし、アレクが結婚したら奥さんや子供も守られるだろうけど、現時点でアレクの両親や兄貴たちは別に守らなきゃいけない存在じゃあないからなぁ。
とは言え、考えてみたらアレクの兄貴たちが死んじまったらアレクがシェフィート商会を継がなきゃいけなくなって、俺たちの共同事業に差し支えるから・・・清早に頼んで長男《ホルザック氏》と次男《セビウス氏》を守っておいてもらうかな?
いや、次男が生きていればそっちが長男をある程度は守ってくれるだろうし、一応俺たちが学生時代に長男と次男で跡継ぎ争いをしていたんだから、もしも長男保護に失敗しても次男がシェフィート商会を継げばいいから、次男だけ守って貰えば良いか。
・・・そう考えると、次男だったら十分自分で自己防衛できそうだから、精霊の護衛は要らんか。
そんなことをぼんやり考えていたら、アレクがことんとマグをローテーブルに置いた。
「思うんだが、子供用にオモチャなんてどうだろう?
以前浮遊型台車で物凄く楽し気に遊んでいたが、あれは実用の物だった。
もっと小さくて遊びにしか使えないようなオモチャで、とびっきり面白い物を作ったらどうかな?」
おや。
甥・姪に超甘いシャルロならまだしも、アレクには珍しい提案だな。
でも、気軽そうで良いかも?
オモチャなら、製造が間に合わなくても断れない相手に泣きつかれることも無いだろうし。
オモチャならゼンマイ仕掛けとかで済みそうですが、そうすると特許の保護が無いからなぁ・・・




