965 星暦557年 橙の月 08日 新しい伝手(29)
「意外とあっさり引いたな」
ウォレン爺が帰った後、俺たちは再び過敏体質安全用魔具の製造に取り掛かっていたが、正午になったのでパディン夫人に声を掛けられて昼食を食べに食卓に向かう。
もっと食い下がるかと思ったんだけど。
なんと言っても、国家権力が後ろにあるのだ。
シャルロ(というか蒼流)相手に強硬過ぎるごり押しは危険だが、もう少し情に訴えて来るとか、国の規制に従うべきだと言ってくるかと思ったんだけど。
「まあ、切実に毒探知が必要な人間は専門の毒味役人員なり毒探知用魔具なり持っているだろうから、今から私たちからごり押しして得たところで家で温かいご飯を食べる為だけのことになる。
そうなるとシャルロが本気になってオレファーニ侯爵家経由で異議を申し立てたらあちらが負けると見たんだろうな」
アレクが椅子に座りながら応じた。
「・・・まあ、最終的には幾つか出しても良いんだけど、今は忙しいからね~」
レモンのスライス入り水の入ったジャグに手を伸ばしながらシャルロが付け加える。
「だな。
ちなみに、毒探知用魔具を国が召し上げるのって何か法律があるのか?
それとも『国防の為』って説得する感じなのかな?」
国を敵に回しても商売的に良いことは無いから、断る職人も商家もあまりいないだろうが・・・ある意味、法で決まっていないのだったらそこら辺の政府高官が嘘を言って金儲けに繋がりそうな技術を取り上げるなんてこともあるんじゃないのか?
少なくとも、俺たちはウォレン爺と学院長経由だったから魔力探知機の時に細かい事は確認せずに合意したんだが、これが今まで会ったことが無い大臣が言ってきたとしても、直ぐには話に応じなかったと思うぞ。
「一応法律はあることはあるんだが・・・運用はかなり胡散臭いと言えなくも無いな。
なんと言っても、あまり大々的に王宮内で正式に論議して予算の承認などをしたら関与する人間が増えて隠そうとしている情報が漏れる可能性が大きくなるからな。
だからこっそり政府高官が手配することが多いんだが・・・過去にも、何度かそれを悪用して技術の横取りとかが行われたことはあるらしい」
アレクが顔をしかめながら言った。
「・・・ウォレン爺と学院長が引退したら、俺たちも日常生活用品以外は作らない方にした方が良いかもなぁ」
というか、そんな先までずっと3人で一緒に働いているかは不明だが。
どうなんだろ?
何もしなかったら退屈だし、一人で色々悩むよりも3人で違った視点のアイディアや工夫を提案し合う方が良い物が出来るとは思うんだが。
「そうだねぇ。
誰か信頼できる人に王宮の上の方とかに繋がって貰っていないと心配だよね」
水を俺たちの分まで注いでくれながらシャルロが小さくため息を吐いた。
「まあ、技術なんてどうせそのうち漏れる物なんだ。
王宮の方に信頼できる人間が居なかったら、ちゃんと開発前に私たちの中で話し合って最初から世に出したら本当に不味そうな技術は開発しないようにすれば良いのではないか?
慣れてくればどういう技術が引っかかりやすいか、見当が付くようになるだろうし」
アレクがシャルロにパンの入ったバスケットを渡しながら言う。
パディン夫人が焼く時もあるのだが、今日のパンは村のパン屋のっぽいな。
窯のサイズが違うからか、焼きあがるパンの形も違うんだよなぁ。
パディン夫人の焼き立てのパンも美味しいが、パン屋のプロの味も好きだ。
メインは何かな?
「今回はちょっと微妙なラインだったけど・・・あそこまで必死になる程過剰反応体質に苦労している人がああも沢山いるっていうのは想定外だったね。
まあ、人の役に立てて良かったと思うけど、実際に体質に問題がある人に行き渡った後にどうなるか、確かにちょっと心配かなぁ」
シャルロがパンを手でちぎりながら言った。
「世の中、人を殺す手段なんて幾らでもあるんだ。
毒殺出来なきゃナイフで刺すとか、階段やベランダから突き落とすとか、馬が暴れる様に仕込むとか、幾らでも選択肢はある。
人間っていうのは普通の一般人が思っている以上に脆いんだから、単純な毒が使いにくくなったところで本気で殺す気になった時の致死度はそれ程変わらないさ。
まあ、そのうち大した金も出さずに悪事を成そうと考える人間が、毒殺の代わりにナイフで刺すようになるかも知れんが」
安易な毒殺思考な人間だったら高い複合毒なんぞ入手できる金も伝手もない可能性が高いから、そいつらが毒殺の代わりにもっと直接的で物理的な手段に訴えるようになるだけじゃないか?
そうなったらアホが捕まりやすくなって却って良いかも。
「取り敢えず。
我々が細々と朝から晩まで製造するのは今回だけにしたいところだな・・・」
溜め息を吐きながらアレクが言った。
マジで本当にそうだな!!!
製造を手伝う羽目になったのが一番のダメージだった3人組w




