933 星暦557年 緑の月 22日 熟練の技モドキ(15)
「ヴェクリー、今度桃を植えたいって話をしていたじゃない?
お祖母様の所でその桃を育てている果樹園の農家の4男の子がヴェクリーに弟子入りしたいって言ってきたんだけど、どう?
まだ若いけど桃と一緒に育ってきたらしいから桃の育て方に関して試行錯誤するのにちょっとは参考になる知識があるかもだし、体力勝負な作業を一緒にやれば少し楽にならないかな?」
取り敢えず、話し合いでは問答無用で見習いを押し付ける訳にもいかないだろうと言う事で、まずはチャックをシャルロ邸の庭師のおっさんに会わせておっさんが吝かじゃないかを確認してはどうかというレディ・トレンティスの意見が最終的に通った。
ということで、今日は桃の苗はまだ掘り出さず、準備だけしておいてチャックのみを連れてきた。
庭師のおっさんとチャックの相性が大丈夫そうでおっさんが弟子を教える気があると応じたら、桃の苗を取りに行くついでに庭師のおっさんを連れて行ってレディ・トレンティスと俺たちが食事でもしている間に桃やチャックの事を話し合えばいいのではということになったのだ。
「うん?
大貴族の庭園は辛くなってきましたが、流石にこのサイズだったら庭師が辛くなるまでまだまだ時間がありますよ?」
花壇の傍で屈んで作業をしていたヴェクリーとか言う庭師が立ち上がってこちらに来る。
「チャックもまだ小さいし、一人前になるのに10年か20年かかるでしょ?
だったらちょうどいいぐらいじゃない?」
シャルロがけろりと返す。
マジか~。
一人前の庭師ってそんなに時間が掛かるのか???
魔術師の資格を取るのって実質魔術学院での3年だけだぜ??
まあ、その後に本当に一人前と認められるにはどっかのベテランの下で数年は働く方が良いとは言われるが、20年は無いだろう。
盗賊ギルドなんてもっと早い。
俺は6歳程度で孤児院から逃げ出し、暫くは下町のゴロツキの下取りみたいな雑用をしていたが、8歳ぐらいには独り立ちしてそれなりにスリや泥棒で食っていた。
まあ、一人前と本人では思っていても、物理的には体が小さいからうっかり他のスラムの人間に捕まったら叩きのめされてポケットの中身を全て奪われたが。
とは言え、これは成人して体が大きくなろうと数の暴力には勝てないのに変わりは無いので、仲が悪い奴らに捕まったら身包み剥がれるのはスラムの日常だ。
裏社会では、誰かの保証なしにギルドの仕事を請けられるだけの信用さえ得られれば一人前なのだ。
そう考えると身体が育つまでは特殊性癖な相手以外は客を取れない娼婦ギルドが一番一人前になるのに時間が掛かると言えるな。
暗殺ギルドも子供で凄腕な奴も偶には居るって話だし。
子供の方が外でだったら標的が油断するんだが、近づける場面は大人よりは限られる。
それはさておき。
「ふむ。
同じ農作物や果樹を育てれば良い農業と違って、庭師というのは様々な植木だけじゃなくて季節ごとの花の植え替えや主人の趣味によっては野菜や薬草を育てる必要もあるから、一人前になるまで時間がかかるんだ。
それでもやりたいか?」
ヴェクリーが紹介されたチャックに重々しく尋ねる。
「農作物は何もかも完璧にやっても嵐が来たり、天候が悪かったら不作になって村の仲間が飢えるんだ。
どんな職業だって苦労はあるって父ちゃんは言っていた!
俺だって一人前になれるまで頑張れる!」
チャックが胸を張って応じる。
「ふむ。
だったら庭師よりも農家の方が良くないか?」
ちょっと意地悪くヴェクリーが更に聞いた。
「あ、近所の農家のおっさんに紹介してもらいたかったらそっちも可能だよ?」
親切心でシャルロが口を挟んだ。
いや、農家がちょっと嫌だったからチャックは庭師の弟子入りを希望してきたんじゃないのか?
ここでその親切心は余計なお世話な気がするが。
「・・・庭師の方が、いいな。
自分のせいじゃないのに不作で辛い思いをするのを見るのは嫌なんだ。
まだ庭師の方が命に関わらないだろ?」
ちょっと間違うと庭師の方が気楽でいいじゃんと言っているようにも聞こえなくもないが、幸いにも熱心そうなチャックの言葉は前向きにヴェクリーに捕らえられたようだ。
「まあ、そうだな。
とは言え、立派な庭って言うのは屋敷の主人の社交とかにも重要になってくるし、主人によっては理不尽な植え替えを要求されることがあるから、どんな職業も楽ではないぞ?」
「大丈夫!
俺って我慢強いから!!」
自信満々にチャックが答えた。
思わず笑いが漏れそうになったが、なんとか息を止めて笑いを体の中に収める。
まあ、頑張ってくれ。
シャルロの庭師だったら見栄え的な理不尽な要求は無いだろうが、甘味目的な理不尽な要求はあり得るぞ?
庭師のヴェクリーは40代後半ぐらい?
腰痛に悩まされて前の職場は息子に譲りました。




