932 星暦557年 緑の月 22日 熟練の技モドキ(14)
「あんなガキを住み込みで見習いとして雇うなんて、良いのか?」
何やらおっちゃんとチャック(だっけ?)とシャルロで話し合っているのを横目で見ながらそっとアレクに尋ねる。
スラムの孤児だったら10歳(多分)なんて十分独り立ちしている年齢だが、此奴は普通の親が居る子供なんだ。
まだ早くないか??
普通に家から通う見習い修行ならまだしも、住み込みで遠く離れた王都の傍なんて、何かがあった時に家に帰りつけないじゃないか。
「ちょっと早いかも知れないが、どうせ農家だったら読み書きを覚えたら10歳程度からフルに働く様になるんだ。
どちらにせよ働くなら、将来に繋がる弟子入りの方が得るものが多いと考えたんじゃないか?
農家の三男以降は自力で何とかしない限り将来性は皆無に近いらしいからな」
アレクが低い声で教えてくれた。
あ~。
そう言えば、近所のおっさんが言っていたか。
農地をどんどん子供の数だけ割って言ったら全員が食い詰めることになるから、基本的に農家では長男だけが農地やその他の財産・権利を継ぐことになるって。
次男は長男にもしもの事があった時のスペアだからそれなりに色々と教え込まれる。だから長男が農地を継いだ後にどこかに婿入りしたりすることもあるが、三男以降は小作人と農奴の間位な扱いで、どこかの開拓事業にでも名乗り出ない限りは結婚出来る可能性も限りなく低いらしい。
長男がもうすぐ子供が出来るって言うんだったら年齢的に見てチャックが次男の可能性は低そうだし、そう考えると比較的安全そうな貴族の庭師の見習いって言うのは悪くないのか?
シャルロだったら絶対に『もしものこと』があって死ぬなんてありえないし、そんな事情は知らないにしてももしもの時には王都に居るオレファーニ侯爵の親族の誰かが雇ってくれるか、レディ・トレンティスが王都に来て帰る際に使用人と一緒に連れて行って貰える可能性は高そうだ。
フルに働いているなら桃の事もそれなりに知っていそうだし。
まあ、近所の果樹園のおっさんとかとも相談しろと言うつもりだし、想定外な事態になったら空滑機改でこちらへおっさんに相談しに来ればいいから、大人で経験ある庭師の下で一緒にやるんだったら大丈夫かな?
確か、シャルロんところの庭師ってちょっと年のいったおっさんだったしな。
息子もいたはずだが別の貴族邸の庭師になっているって話だから、シャルロの屋敷の庭師の職を継ぐ予定って訳でもないだろう。
というか、確かあの庭師のおっさんはケレナの実家の方の王都別邸の庭の世話をしていたけどそろそろ体が辛くなってきたからってそちらをリタイアして、暇つぶしに貴族としては小さいシャルロの屋敷の庭師になったって話だ。そう考えると、これから果樹を植えて作業を増やすと言うんだったら弟子が居るぐらいの方が肉体労働的には良いのかも。
「あらあら、チャックがシャルロの家に行くの?
良いかも知れないわね~。
シャルロやケレナがどうしているのか、こっそり教えてくれるなら毎年私が王都に行く時の帰りに里帰りできるようにしてあげるわ」
いつの間にか現れていたレディ・トレンティスがにっこりと笑いながら言った。
マジか。
まあ、貴族だから転移門を使うのも大した費用じゃないんかもしれないが。
いや、レディ・トレンティスだったら空滑機改で王都まで来てるのかな?
しっかし。
こっそりシャルロ達がどうしているか聞きたいなんて、親だけじゃないんだ?
それなりにシャルロもレディ・トレンティスの所へ遊びに来ているが、ひ孫が出来そうかとか、色々と聞きたいことがあるのかね。
ひ孫はシャルロの長兄の方で確か2人位出来ている筈だから、シャルロの方はまだ期待しない方が良いんじゃないかなぁ~。
育児のかなりの部分を乳母を雇って人に任せるにしても、出産ってやはり女性の方に負担が大きいし、ケレナはまだそう言う方向に落ち着く気はないんじゃないかな。
以前シェイラと話しているのを聞いたことがあるが、シャルロと結婚した決め手の一つが、『家を継ぐ子供が欲しいんじゃなくって、ケレナと一緒に生きていきたいんだ』だったらしいから、シャルロも子供を特に求めている感じじゃないし。
まあ、取り敢えず。
若いガキの方が魔具や精霊や妖精を使った変則的な果樹の育成にも柔軟に取り組めそうだし、良い事なのかも?
まだ体が出来ていないだろうからしっかり休ませて食わせる必要はあるだろうが。
シャルロ意外と男前?




