926 星暦557年 緑の月 8日 熟練の技モドキ(8)
「画期的な農地改良用の魔具が開発されたんだって?!」
仕入れた小麦粉や塩のかさ増し対策に試作品が使えるか、アレクがシェフィート商会で試してもらうために持って行った翌日、何やら日に焼けて痩せた男性が俺たちの工房に突撃してきた。
「・・・誰だ、あんた?」
朝食を食べ終わり、工房でお茶でも飲みながら今日の予定を話し合おうと丁度移動していた俺たちは、玄関に現れたこちらに今にも飛び込んできそうにやる気で満ちた男性を見て思わず顔を見合わせた。
「あ~・・・もしかして、農作物学会の人か?」
アレクが一瞬考えてから男に尋ねる。
そう言えば、シェフィート商会の後に農作物学会の方へ顔を出して、誰かに協力してもらいたいと生物学会のジェドからの紹介状と共に簡単な要請を置いてきたとか言っていたな。
担当が決まったら機密保持や報酬に関する話し合いをすることになるとアレクは言っていたんだが・・・どうやらその話がちょっと加速しすぎて何段階か飛ばしてこの男がここに来てしまったらしい。
「農作物学会のパクストン・ダーヴだ!
農地の改良に関しては誰もが取り掛かっている案件だが、くじ引きで私が勝ったんだよ!
さあ!!早速取り掛かろう!!!」
元気な感じにパクストンがアレクの手をブンブンと握って振りまわしながら言う。
なんだってこう、学者ってこうもやる気に満ちてるんだろうなぁ・・・。
まあ、やる気に満ちてなかったら部外者との共同研究とか新しい魔具の試用に手を上げないから俺たちと出会うことが無いのかな?
「取り敢えず、先ずは機密保持の契約と、どんな魔具を開発してどうテストしたいのか等々を話し合おう」
アレクがこっそり息を吐きながらパクストンを工房の方へ誘導した。
あんまり外部の人間を工房には入れないんだけどね~。
この調子だったらパクストンが協力関係の契約条件に怒って出て行くってことはなさそうだから、ちゃんと機密保持の契約を署名させて、しっかり中身も理解させれば大丈夫だろう。
機密保持契約って誓約でもあるから理解していなくても破れないんだが、理解していないと意図せずに誓約を破りそうになって体調を崩すことがあるからな。
しっかり契約を理解してもらった方が無難なのだ。
工房に入り、棚から予備のマグを取り出してパクストンを含めた全員分のお茶を淹れる。
熱いお茶を出すと、一気にそれをがぶ飲みすると火傷するから否が応でも全員一息ついてペースが落ちるんだよな。
「さて。
こちらが機密保持の契約書だ。
我々が開発した魔具の詳しい機能は当然のこと、機能に使っている概念や使い方、材料や素材及び魔術回路に関して我々と協力している間に知ったことを外部に漏らすことを禁じている。
魔具を使って土の改良をする考え方等は魔具が完成して売り出されたら話すことは禁じられないが、競争相手に模倣されるのを防ぐために売り出しが始まるまではその点も沈黙を守って貰う」
アレクが契約書の該当箇所を指で軽く叩きながらパクストンに説明していく。
おっさんの方は・・・ちゃんと聞いているんかね、あれ?
目線が契約書ではなく工房の中をかなりの早さで彷徨っているんだが。
「・・・。
ちなみにこの機密保持の契約書は誓約でもあるので、ちゃんと話を聞いていなくてうっかり機密保持に反する言動をとると体調が崩れるし、何度も繰り返し違反行為を繰り返す場合は命に関わる場合もあるのでしっかり理解してからこの契約書に署名してくれ」
アレクが暫く言葉を止め、パクストンが工房の中を見回すのを止めて顔を上げるまで待ってから話を続ける。
ふむ。
沈黙って意外と効果的だな。
「分かった!
ではここに署名したら作業に取り掛かれるんだな!?」
命に関わると脅されたにも関わらず、パクストンは気にした様子もなく機密保持契約書を手に取ってあっという間に署名していた。
「・・・こちらが報酬に関する契約書だ。
取り敢えず、日当で銀貨五枚というところで良いだろうか?」
「勿論だ!
日当が無い共同研究の方が多いぐらいだからな!
2日で金貨1枚なんて、君たちは中々気前がいい」
にっこにっこな笑顔でパクストンは報酬に関わる契約書の方もアレクから奪い取ってざっと目を通したらあっという間に署名していた。
やっぱ学者って金欠だよなぁ。
なんでそれでも研究なんぞしたがるんだろ?
内向的で静かな本の虫タイプな学者もどこかに存在する筈なんだけど、出てこない・・・




