919 星暦557年 緑の月 1日 熟練の技モドキ
「次は何を開発しようか?」
休息日をシェイラと過ごし(実質休息ではなく発掘手伝い日だったが)、戻ってきた俺は工房で朝のお茶を飲みながら残りの二人に次の予定を聞いた。
ちなみに、あのあとヴィント商会に嵌められた薬師の妹は国からの資金援助の下、上手い事ウォレン爺がシャルロ(と蒼流)をちらつかせることで命の神殿の大神官から治療をやって貰えたそうだ。
毒なんかは死や闇の神殿も対処できるんでそっちの大神官に頼むかとも思ったんだが、やはり命の神殿としては例え相手が高位精霊であろうと治療に関しての第一人者の地位を譲れない思いがあったらしい。
で、妹さんは献身的に面倒を見ていた婚約者と近いうちに結婚し、無事薬師の方は多額の借金と恩を国に対して負いつつ研究所で解毒剤や新しい薬の副作用などに関する研究をすることなった。
婚約者の人格次第では更に一揉めするかと思っていたが、幸いにも上手い事落ち着いて良かったぜ。
「そう言えばさ、ここって庭の水遣りとかって適当に必要に応じて蒼流か清早がやっているじゃない?
普通の庭園だったら雨が降れば水遣り出来た〜って感じでかなり天気任せで、どうしても乾いている時は如雨露に入れて撒くこともある程度なんだって。
農地もおじいさんとかの勘頼りらしいし。
こう、土の乾き具合を常時点検していて必要に応じて水を生み出す魔具があったら便利だと思わない?」
シャルロが提案した。
はぁぁ?
なんかこう、随分と魔具の方向性として今までと違った物を提案してきたな。
「庭師にせよ、農夫にせよ、自分で土に触れて状態を確認して如雨露で撒けばいいんだから、そんな魔具を買って使うような贅沢をする資金的余裕はないだろう?」
アレクが首を傾げながら言った。
そうなんだよなぁ。
それこそ、水を撒くの自体は自分ちか近所のガキに小銭でやらせればいいんだから、どう考えても魔具を買うだけの価値は無いだろう。
「だけどさぁ、どのくらい水が必要かとかって植えてある植物の種類によっても違うらしいし、おじいさんが死んじゃったら子世代が上手く育てられないなんてこともあるらしいよ?
おばあ様の所の桃も、昔いた物知りなおじいさんが死んじゃった後に上手く育たなくなっちゃって、10年近く経ってようやく昔みたいに甘くて美味しい実がなるようになったんだって!」
シャルロが熱心に言い募る。
なるほど。
「つまり、単なる水遣りのタイミングの話ではなく、名人技級な情報を覚えさせて再現させるための魔具を作りたいんだな。
だが、果物とかって水だけじゃなくって土の栄養とかも色々とあるんじゃないか?」
第一、天候が変わって晴れの日が増えたとか強風の日が増えたとかっていうのも影響しそうだが。
「それに新芽の時期とか収穫の時期とか花が咲いている時期とか、タイミングによってどの程度水や栄養分が必要かも変わるだろう」
アレクが難しそうな顔をして言った。
どう考えても農作業(美味しい物が目当てなんだから、庭の花はおまけだろう)にそんな高機能な魔具なんぞ作っても買う人はいないだろうに、アレクが真面目そうに考えこんでいる。
何か俺が知らない需要でもあるのかね?
「やっと10年ぶりぐらいに昔並みの美味しさが取り戻せたって話を聞いて思い出したんだけど、おばあ様の所の果樹園って僕が子供の頃に蒼流と一緒にそこら辺で遊んでいた精霊に相談しつつおじいさんと話し合って美味しくなる水の量とか肥料とかを色々相談して改良したんだよね~。
精霊に聞いたら色々最適な状態が分かるんだけど、普通の人って精霊と話し合えないじゃん?
だから何か魔具でそれを測って良い状態を記録しておいて誰かが死んじゃっても美味しい作物の作り方が残るようにしたいと思って」
シャルロがお茶のお代わりを淹れながら言った。
なる程。
レディ・トレンティスの所の果物は抜群に美味しいと思ったが、食いしん坊シャルロが子供の頃に手を貸していたのか。
精霊に尋ねたら果樹にとって最適な状態が分かるって言うのは盲点だったな。
農家だったらそこら辺って本能で分かるのかと思っていたが、そう言う物でもないのか。
・・・というか、だったらパストン島の開拓なんかも、何をどう作るのが一番良いか、精霊に相談すべきだったかな?
とは言えあそこに一番合うのは俺たちが行った時に育っていた植栽だろうから、人間が食べるのに適した食材はどれが一番合っているかなんて言うのは実際に何種類か植えて育ててみなけりゃ精霊にも分からなそうか。
「・・・流石に精霊に相談して最適状態を齎してそれを再現する為の魔具っていうのは難しいだろうが・・・それなりに上手く育っている土地での状態を目に見える形で数値化して、他の地域にも使えないか試すのはありかも知れないな。
水遣りに関しては水が必要という情報は提供できても魔術で水を生成するのは魔石消費量が多すぎて話にならないだろうが」
ちょっと考えていたアレクがやがて小さく頷いた。
「つうかさ、美味しい所の状態なんてそこにしかないんだろうから、他の所が不味いとか育たないんだったら、その地に合った品種を開発するとか見つけてくるべきなんじゃないか?」
第一、折角美味しく育てる工夫を苦労して何世代にもわたって試行錯誤してやって来たのに、それを他の土地に真似されたら美味しい食物が出来る地域の領主とか農夫が怒ると思うんだが。
「そう言う地道な研究はやりたがらない人間が多いんだ。
決まった量の肥料や水をまくことでそれなりに美味しくなるなら、ちょっとぐらい土地に合わない作物でもそれを育てようとする人間の方が多いと思う。
まあ、ちょっとこれは要相談かも知れないし・・・現実的な話としてそんな魔具が作れるかも分からないから、無駄になるかも知れないが試してみるのは有りかも?」
意外にもアレクがかなり乗り気になってきたようだった。
まあ、役に立つだったら良いけどさ。
売れるんかね?
ちょっと無謀そうな気がしますけどね〜。