913 星暦557年 萌葱の月 21日 やはりお手伝いか(9)
湿気はお茶だけでなく香辛料にも良くないと東大陸から帰る船の中で聞いたが、薬や毒にとっても同様なのかヴィント商会の中はあちらこちらの部屋に湿度管理の魔具が置いてあった。
確かに真夏の暑い最中で湿度が高いと不快感が高まるが、作業室や保管室だけでなく事務員用の部屋にまで置いてあるのは、従業員用の福利厚生なのか・・・それともこれらの部屋にも何か隠されているのか。
まあ、両方なんだろうな。
最初に入った作業室には壁一面に小さな引き出し付きの棚があり、そこにぎっしりと香辛料や薬が入っているようだった。
「・・・この中に違法な薬や毒が混じっているかなんて、分かるのか?
調べるだけでひと月位かかりそうだな」
隠さなくても、この中に紛れ込ませればバレない可能性はそれなりに高そうだ。
しかも高級な香辛料や薬だったら従業員の無断持ち出しを防ぐために厳格な管理と見張りを付けても怪しまれないし。
取り敢えず、この大量な引き出しの中身の確認は専門家に任せることにして、俺は隠し場所を探ることにしよう。
棚全体に固定化と湿気排除の術が掛かっているのでちょっと視難いが・・・良く視ると、いくつかの引き出しが他のよりも長さが短いようだ。
ちょっと上の方で平均的な成人男性だったら背伸びしてぎりぎり引き出しの中を覗き込める程度の高さにある段の引き出しを一つ取り出し、その下の段も取り出して作業机の上に並べて比べてみる。
「長さが違うな」
ウォレン爺が背伸びして上の段の空間を覗き込みながら言った。
「奥にもう一つ小さな引き出しがあるっぽい。
この段全部にあるみたいだから、取り出すのに都合がいい道具があると思うんだが・・・これかな?」
作業机の横にあった秤の部品から、物を乗せる皿(?)をぶら下げる棒のような物を手に取り、引き出しを外した棚の奥へ突っ込む。
心眼で確認しながらやったが、比較的簡単に棒の先についているフックが奥の隠し引き出しの取っ手に掛かる。
慣れれば見えなくても普通に出来そうだ。
引っ掛かった取っ手を引っ張って取り出してみたら、5イクチ四方ぐらいのしっかりと密封された箱に取っ手が付いている。
引き出しというか隠し箱って感じかな?
密封する必要がある毒や薬には良さげな隠し場所だ。
下手に開けて毒や麻薬を吸い込んでも嫌なので箱を開けずにそのままウォレン爺に渡したら、ウォレン爺もそれを後ろについてきていた女性に渡していた。
そっちの女性が毒や薬の専門家なのかね?
何やら横に2つ穴が開いていて変な手袋が中に生えていて上がガラス張りになっている大きめな箱にその女性が取り出した小箱を入れ、ガラス蓋を閉めてから手袋に外から手を突っ込んで中で開いた。
なるほど。
中を隔離した環境で開くのか。
流石に箱を開けただけで危険な毒がバラで箱の中に入っているとは思わないが、うっかりくしゃみして中身を吹き飛ばしては困るし、場合によっては競合者の手下とかが盗みに入った場合の見せしめ用に決まった手順で開けないと死に至る様な危険な仕掛けがしてある可能性だってゼロではない。
当局の人間を捜査中に死なせる意図は無いだろうが、商会側としては隠してある毒とか違法薬物は見つかって欲しくないのだ。
見つかった場合に捜査員がうっかり死なない様に、自発的に事前に危険な毒の隠し場所を教える程お人好しでは無いだろう。
こんな面倒な手続きを捜査の出先でやるなんて・・・誰か、過去に死んだんだろうなぁ。
当局の人間なんて基本的に嫌いだが、それなりに人の為に犠牲になることもあるんだな。
そんなことを考えながら見ていたら、女性は器用に手袋を動かして箱の中に入っていた粉を少量取り出し、ガラス張りの箱の中にあった検査用魔具(多分)の上に乗せてそれを起動させていた。
「・・・クルザ貝の神経毒ですね。
油に溶かして皮膚に塗ると呼吸困難を起こして死にます。
非常に珍しいし扱いが難しい毒なのですが・・・中々保管状況も良いですし、良い薬師モドキが組織にいるようです」
暫し何やら調べていた女性が顔を上げてウォレン爺に言った。
ほえぇぇぇ。
それってそれこそ粉がくしゃみで舞い上がって、汗ばんでいる肌に付着したら呼吸困難を起こしていたかもってやつ??
怖えぇぇ。
そんな隠し箱があと20個もあるんだが。
・・・もう場所が分かってるんだから、俺は他の部屋を探しに行ってもいいよな??
くしゃみしたり人が動き回って風で粉が舞い上がったりしなければそっと扱う分にはそのままやっても大丈夫なんですが、捜査中はバタバタしていて突然誰かが部屋に飛び込んできて風を起こすこともあるので、安全に検査できる隔離用の箱を持ち込んでます。