911 星暦557年 萌葱の月 21日 やはりお手伝いか(7)
ちょっとした騒ぎがあったものの、物置に隠れていた男は物置の外を見張っている警備兵に気付いて逃げるに逃げられなくなって人気が無くなるのを待っていた単なる雑用係だった。
この物置、会長室からの出入りが目に入らない様に中々上手い感じに中の箱を積んでそれとなく死角を作っているので、よく知っている人間だったら真面目に探されても隠れていられる可能性が高いらしい。
まあ、それでも隠れた人間を見つけられなかった時点で物置の捜索担当は雷を落とされることは確定しているが。
下から声が聞こえた瞬間に、老人なジジイではなく俺が先に降りるべきだったかと後悔したが、どうやら近接戦闘能力はウォレン爺の方が俺よりも高いようなので爺さんが先に降りたのが正解だったようだ。
「それじゃあ色々と資料が集まったし、昼食じゃの。
それが終わったら今度はもう一つの商会の方へ行くぞ」
中々上手にしっかりと雑用係をロープで拘束したウォレン爺が背筋を伸ばして俺に言ってきた。
「ほいほい。
おごりだよね?」
つうか、今回って報酬の話題が出て来てないからただ働きな気がする。
まあ、レディ・トレンティスには色々と美味しい果物を食べさせてもらっているから良いけどさ。
高級なイチゴや桃って王都だったら一籠で金貨が飛んでいくなんてこともあるからな。
輸送料金を考えなければそこまでは高くはないが。
◆◆◆◆
「美味い!!」
下手をしたらそこら辺の騎士団の拠点か、国税局の食堂になるかと思っていたのだが、ウォレン爺は見た目は地味だが中々美味しい食事処に連れてきてくれていた。
「そうじゃろう?
ここはデザートも飛び切りでの」
自慢そうにウォレン爺がが応じる。
もしかしてシャルロを連れてくる為に色々と食事処を食べ歩いているんかね?
シャルロも色々と美味い店を知っているが、ウォレン爺には知らなかった新しい場所を教えて貰えると驚いたように言っている事がある。
「ちなみに、ウォレン爺ってシャルロの親戚って話だけど、どういう血のつながりなのか、聞いてもいいか?
やたらめったら今回は張り切っているようだし、レディ・トレンティスとも血が繋がっている・・・んだよな?」
貴族の血縁関係っていうのはあみだくじの様で複雑怪奇極まりないのだが、今回のウォレン爺のやる気のたぎり具合は遠い親戚へのちょっかいというレベルじゃあ無い気がする。
まさか前侯爵夫人に密かに恋心・・・なんて事はないよな??
「うん?
知らんかったか?
レディ・トレンティスは儂の妹じゃよ」
紅茶のお代わりを求めてメイドにカップを示しながらウォレン爺があっさり応じた。
「・・・はぁぁ??!!」
あのおっとり優し気なレディ・トレンティスがこの食えないジジイの妹???!!!
「・・・似てないな」
「うむ。
あやつは昔から美人で気立ても良かったからの。
本当ならば王都の学院にすら通わないような地方のちっぽけな男爵家の次女じゃったのだが、一族の集まりでわちゃわちゃと子供達で遊んでいるうちにオレファーニ侯爵家の嫡男だった前代と親しくなっての。
同じ一族内の分家のそのまた分家の娘なんぞ嫁に迎えても得る物はほぼ無いから、どうしても結ばれたいなら愛妾になるしかないかと父親と儂とでは頭を抱えたのだが、前々代が『王都の学院に通わせて、侯爵夫人としてやっていけるだけの素質を見せれば妻として迎えても良い』と言ってくれてな」
ふへぇぇぇ。
幾ら田舎の農業地域の領主とは言え、国を代表する大貴族である侯爵家にちんけな男爵家の娘が嫁入りできるなんて、流石オレファーニ家。
お人好しというか人を家の格で見ないというか。
「そんな弱小男爵家の娘が侯爵家の嫡男と親しくなんてしていたら、学校で滅茶苦茶虐められたんじゃないか?」
まあ、レディ・トレンティスがシャルロみたいな性格だったらあっさりけろっと気付かずに過ごしたかもしれないが。
「オレファーニ家はちゃんと妹を迎えて妻にする心構えがあったからな。
一族の人間が皆で支えたし、なんと言っても前代が他の娘なんぞ見向きもしなかった。
学院を卒業する頃には特に誰からも異論は無くなっていたな」
懐かし気にウォレン爺が言った。
まあ、それで前代も当代も良い感じに侯爵としてやっていけているんだし、シャルロの兄貴たちも真面そうないい感じに育っているし、間違いではなかったんだろうな。
そういう平民一歩手前な人間が大貴族に嫁いで幸せになるなんて、本当にある話だとは意外だ。
時折小説や劇なんかで平民や下級貴族の娘を高位貴族の令息が見初めて結ばれ、玉の輿おめでとうというような話もあるが・・・あんなの恋に舞い上がっている最初は良いにしても、落ち着いてきたら地獄だろうにと思っていたが、ちゃんと教育を受けて家族が支えれば上手くいくこともあるんだな。
「まあ、妹を温かく迎えてくれたオレファーニ家には幾ら感謝しても足らんが、あの一族はお人好し過ぎるからな。
その分儂が目を光らせてきたという訳じゃ。
だが、儂もそろそろ年じゃ。何だったらお主が第三騎士団に入って儂の後を継がんか?」
突然ジジイがトチ狂ったことを言いだした。
「何を言ってんだ。
シャルロ本人だったら手助けしても良いが、俺には関係ないだろうが。
自分の子供なり一族の若いのなりを磨き上げるんだな」
冗談だとは思うが、変な期待をしないでくれ。
ちょっとした裏話?