910 星暦557年 萌葱の月 21日 やはりお手伝いか(6)
護衛用の部屋は人間や武器を隠すスペースはあったものの、書類や袋に入っているような物は無いようだったので素通りし、会長室へ。
会長の立派そうな執務机の引き出しは全て鍵付きだが、既に本人に開錠させたのか全部開いていた。
まあ、当局の調査が入ったら当然鍵がかかっている場所は調べられる。従業員に見られたくない物はまだしも、当局から隠したい物がそこに入っている訳はないだろう。
それなりの数の人間が入れる商会の本店なんぞより、愛人でも囲ってそこにこっそり地下室でも隠し作っておく方が良いという気もするが・・・そこら辺は調べないのだろうか?
流通網に関与する他の奴らが逃げない様に急いで情報収集しているのだったら、愛人宅は後回しかな?
そんなことを考えつつ、部屋の中を視回す。
普通の金庫はあったが、意外にもそれ以外の隠し場所は部屋の内部には無かった。
「こっちに全部まとめて隠しているっぽいな」
本棚に近づき、下から2段目にある本のカバーに隠された取っ手を引き上げ、ぐいっと本棚を横に動かす。
ちゃんと油をさしているのか、音を立てずに本棚が左にずれた。
・・・考えてみたら、会長室に油の臭いがすること自体、ちょっと不自然だよな。
まあ、おっさんコロンっぽい匂いが部屋にかなり濃厚に漂っているので本棚に近づかなければ分からないが。
そんでもって本棚の後ろに入った先には廊下を兼ねた小さな部屋があった。
壁の一面が棚になっていてぎっしりと書類が何やら色違いな箱に縦に入れて詰められている。
更に棚の下には鍵のついた扉があり、そこにも隠し物があるようだ。
隠し部屋の存在そのものがバレたら、そこの中で鍵をかけてもしょうがないんじゃないか?
木だったら蹴破って中身を盗んで行けばいいだろうし、金属だったらそれこそ棚を壊して入れ物を持っていけば良いだろう。
外から入れる場所って事で鍵を掛けないと不安だったのかな?
まあ、それはさておき。
鍵をちゃちゃっと開けて、棚の書類を見ていたウォレン爺に中に入っていた書類を渡す。
「ほい」
願わくは、お目当ての違法薬物の取引関係者の名簿だったり弱みだったり辺りを期待したいね~。
そんなことを考えながら、部屋の奥に進み、右側の壁をじっくりと視る。
この辺から物置きに入って外に行ける筈なんだが・・・階段は無いな。
が。
奥の方の板が外れそうだ。
元々、それなりに高級な建物だったら断熱材を入れるために外壁が石、断熱材、更に中に木の板の壁という形になっていることも多いのだが・・・。
何か違うっぽいので良く観察したら、一か所内側に押せる形になっていて、押した向こうに手を突っ込んで引くと板がカコンと扉のように内側に開いた。
「ほおう?」
俺が渡した書類を一緒に来たおっさんに渡して後ろから覗き込んでいたウォレン爺が声を上げる。
扉の奥には斜めの屋根裏っぽい感じの空間が出来ていて、横に折り畳み式っぽい梯子が見える。
足元の板を外したらこの梯子を下せるようになっており・・・その下は物置のようだった。
「なる程の。
物置の高さを微妙に高くして屋根がこちらの壁に掛かるようにして、降りる空間を隠したのか」
ウォレン爺が面白そうに呟き、梯子を降ろして自分で降りて行ってしまった。
おい。
お偉いさんなんだろ?!
先に行くのは部下に任せるべきなんじゃないのか??
まあ、物置の中に人が残っているとは思わんが。
いや、思っていなくて調べもしなかったのだが。
「ちくしょう、何もんだお前!!」
下に人がいたようだ。
やばい、老人に違法薬物販売組織のゴロツキの相手は危険か?!
慌てて下に飛び降りたのだが、俺が地上に降り立った時点で声を上げたらしき男はウォレン爺にあっさり取り押さえられていた。
「最初の捜索がおざなりだったのじゃないか?
外にいる男にロープを持って来いと伝えてくれ」
ウォレン爺が後から悠々とノンビリ現れたおっさんに苦情を言い、俺の方に外へ首を振りながらロープを入手する様に言付けた。
うわぁ。
ジジイでも流石元軍人。
何かあった時に、ウォレン爺をなぎ倒して逃げるという選択肢は考えない方が良さそうだ。
したたかなだけで無く、物理的に強いジジイだったw