091 星暦551年 紫の月 11~12日 初飛行
「ね~、清早は俺が水の中を歩いて回れるように出来る?」
スタルノのところでの鍛冶も終わり、寮の部屋で林檎を齧りながら今日の授業を聞いて思いついたことを清早に尋ねる。
「勿論。いつでも言ってくれ」
にかっと笑いながら清早が答えた。
「空を飛んだり火や大地の中を歩いたりっていうのは?」
う~ん・・・と宙に浮いた清早が考え込む。
「出来ないことは無いと思うけど・・・。ウィルがそう言うことをしたいなら、ボクの友達に頼んでやってもらう方がボクが自分でやるよりいいかな?」
ふむ。
出来なくは無いんだ。
でも、清早の友達に頼んで貰うって言うのもなぁ。
「素朴な疑問なんだけどさ、精霊って独占欲ってあったりするの?清早って俺が他の精霊を召喚したりするのって嫌?」
ある意味、傲慢な質問だ。だが、一方的に助けてもらっている俺としてはせめて清早が不愉快と感じることは避けたいところだ。
「ん?別にウィルが誰か召喚したいなら召喚しても気にしないけど、態々あんな陣を描いて保護結界張って恐る恐る呼び出すぐらいだったらボクの友達に頼んだ方が早いと思うよ?」
自分で頼まずに清早に頼んでもらうことに抵抗を感じる俺のプライドって言うモノをいかに精霊に説明するか。
・・・難しそう。
しかも効率性の面から見たら清早の言うとおり加護をくれた精霊の伝手を使った方が遙かに効果が高いだろうし。
「まあ、授業で変な注意を引いちゃって戦争要員用に目をつけられたら困るからね。精霊召喚の科目が終わるまでは清早の友達への紹介は待ってくれる?来月の中休みの時に、水中歩行の遊びに行く時にでも考えよう。」
「ん!」
清早が元気よく頷いた。
◆◆◆
さて、今日は精霊召喚の実習だ。
召喚陣と保護結界を張ってどこかにいるであろう精霊に呼び掛けるのだが・・・。
ある意味、直ぐそばで遊んでいる精霊を無視して『どこか居るであろう』精霊に呼び出すって変だよね?
と言うことで、俺の呼びかけは傍で遊んでいた風精霊に対して直接行うことにした。
「アベイ・ウォイス・フレオミネ
オリウォイ・トカメアネ
ファドヴィ・アコラ・ウィド・エレメンタル」
召喚呪文の内容はほぼピクシー呼び出しと同じ。
ま、保護結界を張っているとは言うモノの強制力のない召喚だからね。
で、ただし呼びかけの対象は右の杉の木の周りでドングリの飛ばしあいをして遊んでいる風精霊たち。
そのうちの一体が俺の呼びかけを聞きつけて振り向く。
『呼んだ?』
『うん!』
召喚陣のお陰か、加護の石を貰っている訳でもないのに知らぬ精霊との意思の疎通が出来る。
便利だね~。
『なに?』
精霊が召喚陣の保護結界の中に現れた。
・・・今、あの杉の木からここまでの距離を一瞬で移動したよな。
精霊って空間を跳べるのか?
まあ、人間だって転移門を使えば出来るんだから、肉体に縛られていない精霊が出来るのは当然のことか。
「俺をあの杉の周りを一周分、空を飛ばして欲しい」
ふふふ・・・と精霊が笑った。
『本当に人間って空を飛ぶのが好きね。直ぐに下りたがる癖に!』
ふわっと体が浮いた。
「うわ!!!」
次の瞬間には杉の傍まで空を通って引き寄せられ、ぐるっとその周りを飛んでいた。
空を飛ばして欲しいって言うのは、自分の意思でコントロールして飛びたいと言う意味だったんだけど・・・精霊に文字通り人形のように空を飛ばされても、恐怖が先立ちあまり楽しめない。
過去の召喚士たちが直ぐに下に降ろしてくれと頼んだ訳だよ・・・。
あれよあれよと言う間に杉の周りを一周空から回って元の場所に戻っていた。
「・・・ありがと」
『どういたしまして』
軽やかに笑いながら風精霊が杉の下へと遊びに戻っていく。
思わず膝が笑ってしまい、しゃがみ込んでしまった。
「大丈夫か、ウィル?」
エタラ教師が声をかけてきた。
「召喚術での願い事は具体的にとは言われていましたが・・・。『自分の意思で』という部分まで明示しなければいけないとは思っていなかったのが間違いでしたね」
エタラ教師が小さく笑ってからクラスの他の生徒を見回した。
「最初のウィルが成功するとは幸先が良かったが、今回は更にラッキーなことにウィルが希望したことが具体的なことだった。
それでも今見たみたいに、我々が願う時には当然の条件だと思っている『自分の意思で好きなように』飛びたいという希望を明示しないと完全に抜け落ちる訳だ。
他の生徒が一発で精霊を召喚出来るか分からないし、応じた精霊がこちらの願いに合意してくれるとも限らないが、願い事は具体的に、言うまでも無く当然だと思うことまで明示するように」
ちょっとよろめきながらも自分で立ち上がり、シャルロたちが待っていた木陰の方へ行く。
「凄いね、一回で成功させるなんて!」
シャルロが祝ってくれた。
「まあ、そこの杉の木の周りで遊んでいた精霊に声をかけたからな。近くにいたし、暇だったんだろう」
ふうっと息をついて座り込みながら答えた。
「そっか、ウィルって具現化していない精霊が普通に視えているんだっけ」
「視えるのか??!!」
シャルロの台詞にアレクが驚いたように口を挟む。
「おう、視えるんだよ。便利だろ?」
威張って答える。
心眼は俺の唯一(魔術師として)の強みだからね。
せめてこれを使う場面では活用して威張らなくっちゃ。
「空を飛ぶ・・・かぁ。自分の意思で飛びたいって言ったら精霊にとってどれくらい面倒なんだろうね?」
「これから研究していかないとね。
とは言っても、長距離の移動は転移門を使う方が効率的かつ安全なんだろうけど」
うう~む、何か微妙に話が彫り込めないなぁ・・・。