909 星暦557年 萌葱の月 21日 やはりお手伝いか(5)
「ここには他に隠し棚や引き出しの二重底とかは無い様だから・・・後は上の会長の部屋かな」
周りをもう一度視回して、隠された構造や変な場所に書類や帳簿が無い事を確認して、部屋を出る。
店舗の方にも後ろ暗い客が来た時に渡す商品用の隠し場所もあるとは思うが・・・そちらは大した量じゃないだろうし、プロだったら見つけられるような場所にあるだろう。
そっちは頼まれてないし。
ということで階段を上る。
いつの間にかウォレン爺が戻ってきていた。
あの隠し棚の書類とかを調べなくて良いのかね?
それとも実際の数字とかの調査は現役の人間に任せるのかな?
ああいう隠し帳簿って出来るだけ量を減らすために小さな字でちみちみと書くことが多いから、老人の目には辛そうだ。
・・・つうか、情報部って会計にも精通してるんかね?
少なくとも俺は裏帳簿を見てもイマイチそれが何を意味しているか分からないからいつもアレクに丸投げだが、ウォレン爺はああいうのを見て解読できるのだろうか?
まあ、どうでも良いこったけど。
階段を上って真っすぐ進んだ突き当りが会長の部屋、その横の部屋は護衛が待機するっぽい部屋だった。
まっとうな商会だったら会長の部屋の傍に武器と人が隠されている部屋なんて必要ないだろう。
商会の会長の傍に護衛用の部屋なんぞがあるって言う時点で後ろ暗い事をしているって公言している様なものだと思うんだが、合法な取引相手とかに怪しまれないのかね?
スラムの小さな商会だったらお互いの争いが商品の目利きや販売網の伝手ではなく物理になることもあるが、大型寄りの中堅商会の会長室に武装が必要な理由なんぞ無い。
船の方は国外に出たら色々と危険はあるだろうし、倉庫や店舗にもある程度の護衛が必要だろうが、王都の商会本店の会長室はねぇ。
・・・そう考えると、会長がちょっと被害妄想気味なのか、もっとヤバい商売から大きくなって商会の形を整えたのか。
それとも、もしかしてヤバい商売をやっていた人間がまっとうな商会を乗っ取ったとか?
考えてみたら、記憶が曖昧になってこちらの言う事に従順になる薬なんて、どっかの家や商会を乗っ取るのに役に立ちそうな道具だよな。
マジでそれを使ってこの商会を乗っ取って、その成功経験に基づいてヤバい使い道のある違法薬物の商売に手を伸ばしたのかも知れないな。
「ここの会長ってこの商会の跡継ぎだったんかな?
お坊ちゃま育ちにしちゃあ、本店の自分の部屋の傍に護衛を置いたり、外への秘密通路を作ったりってやっていることが裏社会っぽいが」
隣の部屋を示しながらウォレン爺に尋ねる。
「ふむ・・・。
考えてみたら、ここの会長は婿養子じゃの。
比較的真面目な長男がいて、そのサポート役に使えそうな孤児だが頭の良い男が娘の恋人になって結婚をした筈だが・・・長男がだんだんと酒浸りになって結局体を壊したから娘の婿が前会長の養子になって跡を継いだと聞いた。
その頃から徐々に違法薬物の流通にこの商会の名前が出て来るようになっていたんじゃが、もしかしたら最初に商品を使った相手は身内だったのかも知れんの」
顔をしかめながらウォレン爺が言った。
おお~。
跡継ぎの長男が普通にいるから娘の婿はちょっと得体のしれない孤児でも良いと思って結婚を許したら毒蛇だったってことかい。
・・・そう考えると、俺がシェイラと結婚するのも実はオスレイダ家側からしたら危険で用心すべき結びつきかも知れないってことかも?
魔術師なんだから社会的信用はそこらの従業員をやっていた孤児とかよりはずっとマシだろうが、ある意味悪意を持って乗っ取りを考えているなら得体の知れなさは更に大きくて不安かも知れない。
まあ、俺が出て来なくても、オスレイダ商会はシェイラがやる気さえ出せばいつでも親父さんが譲るって言っているっぽいからあまり関係ないし、シェイラはそう簡単に乗っ取りを許す程脇が甘い人間じゃあないが。
それはさておき。
会長の部屋を調べて、さっさと昼食でも食べて次の商会の調査に突撃だな。
実はウィルってシェイラの実家商会の乗っ取り疑惑をあっちからは掛けられていたのかも??