907 星暦557年 萌葱の月 21日 やはりお手伝いか(3)
裏口から入った廊下でまず立ち止まり、隠し部屋の存在を探る。
人身売買はやっていない筈だが、他のライバル業者が消えたので手を出している可能性もゼロではないし。
とは言え、流石に違法薬物と人身売買は違いすぎるのか、人間を意に反して閉じ込めてある隠し部屋は無いようだ。
代りに認識阻害結界を施した小部屋が倉庫の奥にあったが。
あと、会長室の奥の本棚の向こうに隠し廊下があって裏口側にある物置小屋に繋がっているな。緊急時の脱出口か?
「会長部屋から外の物置小屋に繋がる隠し通路があるから、誰かに逃げられない様に物置小屋の外にも人を遣っておく方が良いかも?」
傍にいたウォレン爺に言っておく。
ちょっとした脱税だったら『解釈違い』とか『それを忘れてました!』って言いながらどこの商会もある程度はやっているので、多少見つかったところでそれ程本気になって逃げることは無い。
が、違法薬物が大量に出てきた場合はもしかしたら逃げようとするかもしれないし・・・状況によっては夜中に忍び込んで証拠文書や隠し財産を持ち出して夜逃げしようとする可能性もあるから、隠し通路を潰させておくか監視させておく方がいいだろう。
「ほぉう?
裏側の通路を見張っている人間に、物置小屋から出てくる人間がいるかも知れないと注意喚起しておけ」
ウォレン爺が警備兵の格好をした部下(多分)に命じた。
引退した筈なんだよな、この爺さん?
やたらと偉そうだし人をガンガン動かしているが。
取り敢えず、まずは隠し部屋の方へ行くか。
認識阻害の結界を解除したら、前を歩いていた警備兵(モドキ?)がびっくりしたように一歩引いた。
認識阻害の結界って漠然と注意を払わせなくする程度の効果しかなくって、あることを知っている人間やしっかり隅々まで見ようとしている人間は騙せないんだが・・・ウォレン爺は驚いていない様だったが、警備兵は見事に引っかかって見逃していたっぽい。
扉を壁紙の模様に紛れ込ませて分かりにくいようにしてあり、ちょうど廊下の照明や窓からの明かりの位置的にも自然に薄暗くなる場所にあるから目につきにくい様にはなっているが、プロとしては駄目じゃね?
取っ手らしきものが無かったので、周囲を視回したら手前の花瓶が置いてある台の下の方に何やらでっぱりが隠されている。
見た目はお洒落っぽいがそれなりにしっかりした鍵までかけてあったので鍵開け用に便利なちょっとまがったピンを2本ほど使って開錠し、カバーを開いて中のでっぱりを踏んでみた。
ぱかん。
小さな音と主に、扉が外れたような感じに右側が少し開いた。
指を突っ込んで更に開いて中を覗き込むと・・・一面の棚に大量の壺や箱が入った部屋だった。
普通の小麦粉とか香辛料の倉庫の一角だと言われても極端に違和感はないが、こうも念入りに隠しているってことは小麦粉では無いだろう。
「こういう薬物系って舐めて調べるのか?
部屋の中に更に隠し場所はないから、この壺や箱の中身がヤバい物なんだと思うが。
・・・俺はそう言うのには詳しくないから、他の部屋を探してくる」
後の調査は専門家に任せて良いだろう。
毒も扱っている可能性があるのだ。
下手に舐めて調べるなんてことはしたらヤバそうだが・・・一々何かの試験薬を使っていたらきりがない気もするけどどうするんだろ?
「どうせなら普通の食材と一緒に保管しておけば見つからないだろうに・・・下働きにうっかりネコババされてそこから話が漏れたら困るとでも思って隠すのかの?」
溜め息を吐きながらウォレン爺が廊下にいたちょっと身分が上っぽそうな男を手招きして何やら指示を出し始めた。
確かに、普通の商会で扱っている食材とか香辛料って従業員が多少盗むのは目をつぶるのが一般的だからな。
ちょっとした香辛料や小麦粉を従業員が運ぶついでに一握りポケットに入れて盗む程度なら、袋を倒して中身が零れたのと同じ程度の話としてある程度を大目に見る方が、絶対に盗まれない様にガチガチに見張るより経済的なんだが・・・違法薬物は盗まれたら不味い。
盗まれることの金額的損失もだが、それよりも小麦粉のつもりで何か違法薬物を料理に使って一家全員が変調を起こして医者や神殿経由で話が漏れたら更にヤバいだろう。
そう考えると一般的な従業員が入れない場所に鍵をかけてしまう必要があるのだろうが・・・そうなるとどうしてもこういう調査が入った場合に目を引く。
この認識阻害した部屋は悪くは無いアイディアだな。
魔術師が調査側に居なければ。
まあ、違法行為なんぞしなければ良いって話なんだけどな。
さて。
次は裏帳簿探しだな。
会長室の隠し廊下近辺にも何かあるだろうが、まずは実務をやっている人間の机近辺を探すか。
認識阻害結界は普通の魔術師でも注意を払っていれば気付きます。
とは言え、税務調査に魔術師が参加する事は通常だとまずありませんが。




