900 星暦557年 萌葱の月 17日 久しぶりに遠出(21)
「酒場で盛り上がったからって流石に前侯爵夫人の金を横領するなんて無理だから、単なる与太話の筈だったんだが・・・その後もチャルと話し合っている時に何とはなしにお金が必要だって話が出て来るようになって。
子供が出来たら更にお金が必要だし、いつかレディ・トレンティスが加齢で体が弱ってきてここを引き払って王都の侯爵夫妻と一緒に住むなんてことになったら俺たちが王都まで連れて行ってもらえるかは不明だって。
今は住み込みだからお金は苦しくないけど、子供が出来たらこのままの状態は維持出来ないだろうなんて話も出て」
ぼそぼそと家令補佐が続ける。
おいおい。
閨の中の話にしては色気が無いな。
映像は事後にベッドでリラックスしている時の話が多い様だが・・・単に気持ち良いことをした後の話が記憶に良く残っているのか、それとも子供を作るかも知れない行為をいたすと将来に考えが向くのか。
でも、やたらと現実的なのは女の視点っぽいかも?
確かに子供が出来たら食費だって衣料だって必要だから出費は増えるし、女の方は子供の世話があるから今までのように働けなくなる可能性が高い。
とは言え、そう言う子供が出来たことによる出費増加なんぞは男の視点じゃあないな。
そう言う計画性は大抵の男にはほぼ皆無だろ。
「とは言っても商会に乗り込んでレディ・トレンティスからお金を横領するのはどうしたらいいんだなんて聞くわけにもいかないし、変な手紙を出して証拠を残しても不味いから、もしもまた偶然マキウスに会ったら考えようって話していたら・・・サルソートの酒場に言った際にばったりあいつに会って」
いや、それって絶対仕組まれてんじゃん。
なんかこう、哀れになる程露骨に誘導されてるのに全然気づいてないな。
此奴も何か暗示にでもかかりやすくなるような薬を盛られていたのかね?
でもまあ、若い男なんぞ慣れた女に掛かればいくらでも誘導できるか。
そこからは家令補佐がメイドのチャルと一緒に薬を受け取ったり指示を受けたりといった流れを説明された。
しっかし。
この女、単にマキウスに買収されたってだけにしちゃあやたらと用心深く動いているな。
主犯だと見做されないためにか、絶対にマキウスからの指示とかは家令補佐に受け取らせていて、自分が渡すなんてことはしていない。
確かに家令補佐の方が町に出る回数は多いが、メイドだってそれなりにお使いを命じられて出ることはあるのに、絶対にマキウスからの指示を伝えていない。
家令補佐から頼まれて何かをマキウスに渡しに行く方はするのに、返事に指示を受け取ってくることすら忘れた振りをしてやっていない様だから、家令補佐的な主観では自分が主導権を持ってマキウスと協力して行動していると思っているだろう。
メイドは金が必要だと言っているだけで、悪事をやっていることは知っているしお茶に関しては共犯だが、横領に関しては殆ど関与していないと家令補佐的には思っているっぽい。
事実関係だけを見れば確かに家令補佐が動いているんだが・・・。
最初に金を横領した時とか、レディ・トレンティスが記憶にない出費に関して質問をしてきた時など、此奴がふらつく場面ごとにメイドに励まされている姿が映像に出て来る。
女って怖ぇぇ~。
これって横領がバレて掴まっても、メイドの方は悪い男にそそのかされた愚かな女ってことで解雇になってもそれ以上の罰は受けずに姿を消し、メイドに引き込まれた男の方は主犯扱いで下手をしたら極刑だろ。
これだけ上手に男を利用できるんだったら、他でもやっているんじゃないか?
いや、でも実家に暮らしていて兄の結婚で家を出たって話だから、他の地で横領に関与していたってことは無い筈か・・・。
単に、生まれながら人を利用する才能アリってやつ?
こないだのシャルロの従姉妹を探していた際に家探しした女性被害者の相談係の女性役人もえげつないぐらい効率的に違法な手段で金を稼いでいたし、実は女の方が計画的に周囲の人間を利用して自分が怪しまれない様に悪事を働く才能があるのかね?
まあ、国の上層部である貴族はいざという時に領地を守って戦う事が求められるせいで爵位継承は基本的に男性優位で女性は例外となるから、社会的に権力のある地位にいるのは男の方が多く、女が金を稼ぐのには制約が掛かりやすい。
だから女性の方がしっかり稼ごうと思うと色々知恵を絞って他の人間を利用する必要があるってだけで悪事に対する才能に男女差は無いのかも知れないが。
どちらにせよ。
ちょっとこの家令補佐が哀れな気がしてきた。
唆されたからって悪事を働く決断をしたのは自分なんだから、自業自得ではあるんだけど。
ピロートークは情報を抜き取るだけでなく悪事の唆しにも有効?!




