086 星暦551年 赤の月 9日 呪
さか恨みって実りの少ない感情だよね・・・。
◆◆◆
最近、俺はちょっとしたバイトをしている。
呪の解除。
魔術の場合もあるし、呪術の場合もある。
流石に術でない完全な呪いはちょっと手に余るんだけどさ。
術として構築されたモノっていうのは手を加えてその構造を崩すと術が壊れるから、実は解除しやすい。
その代わり解除するまでの威力も高いんだけどね。
これが呪いだと・・・。
難しい。
呪いとは、誰かの怒りとか恨みとかが何かに染み付き、変質して悪影響を周りにもたらすようになったモノだ。構造も何も無く、単なる『呪ってやる』という想いのみの力。
だからこそ、これを解除しようと思ったらその想いを払い除けなければならず・・・これには魔術ではない異種の才能が必要だと思う。
ということで、呪いは別。
だけどそれ以外の不都合な魔術や呪術を解除するのは俺に合った技術で、中々割りのいいバイトにもなる。それ程需要は無いけどね。
(ちなみに、呪術って魔術じゃない、物理的でない力を使った術のことを指す。大抵は古代文明の術のことが多い。西の方の別大陸の術のことも呪術と呼ばれているけど。)
で、どうして物に呪が掛けられているか。
防犯か、八つ当たりかといったところかな。
大切な家具とか絵画とか装飾品に『盗んだ人間の健康障害を起こす』とか『手の感覚が遠くなり、物を落としやすくなる』といった術をかけることもある。そう言う術がかかっていると分かっていたらその家のモノを態々盗まないだろう。
ま、これをやるのはかなり変わりモノの金持ちだね。
八つ当たりは魔術師が多いかな。
何かの理由で破産したり、経済状態が悪化して自分の大切にしていたモノを売らなければならなくなったりした時に、『XXのせいだ』って人のせいにするタイプの人間が、自分の手元を離れるモノに悪意の籠った術をかける訳。
はっきり言って、幼稚だ。
とは言っても防犯だったら変な術をかけるよりも防犯の術をかけた方が直接的に効果があるし、八つ当たりで不特定多数の相手に不幸をバラまく術を物に掛けるような人格破綻した魔術師が経済的に破綻することもそうそうしょっちゅうある訳では無い。
だから術が掛けられるのってあまりないと思う。
ただね。
こういう術って悪意を向けられた人間の生体エネルギーとかを使って術の魔力を補充するタイプが多いから、一度かけられたら誰かが解除しない限り効果を発揮し続けるんだよね。
しかも大抵かける対象ってそれなりに価値のあるモノであることが多いから、破棄されることが少ない。だってさ、折角買った宝石がそれをつけるようになってから具合が悪くなって社交界に出歩けなくなったとしても、その宝石を捨てるよりは誰かにあげるか、売るでしょ?
つまり、価値のあるモノに掛けられた術って魔力切れを起こさない限りかなり長い間流通し続ける訳。
だから『呪われている』って噂されている物とか、『没落したXX家のXX』って言うような曰くつきのものって呪術をかけられた物が意外と多いのだが、そんな術が掛けられていることに気がつかないオーナーも多いんだよね。
『最近どうも体の調子が悪い』とか、『ここのところイマイチ運が悪いなぁ』と思っている人は沢山いても、いつからその状況が起きているのかはっきり認識している人は少なく、またその頃に何か買っていたかを憶えている人は更に少ない。
まあ、露骨に怪しげなものを買っていたら思いつくだろうけど。
魔力があれば自分の眼で術が視えるかもしれないが、過半数の人は魔術の才能なんて無い。
だから呪の解除に対する依頼って言うのはあまりない。
でも、たまにはある。
そして対象物を壊さずに解除できる人間はあまりいない。
ということで俺の出番になる。需要と供給の関係から、かなり良い報酬を貰えるんだよね。
ふふふ~。
今晩は、久しぶりに盗賊ギルドの長から呪の解除の依頼を受けた。
とある貴族が少し怪しげな方法で手に入れた絵画が、『もしかしたら呪を掛けられているかもしれない』ということで長に相談したらしい。
一応、『違法に入手されたことが証明できちゃう物には手を出さないからね』と言ってあるので、多分怪しげな方法と言っても辛うじて合法的な手段で入手したものだと思う。
だが、魔術院とか魔術学院の方へ相談しなかったことを考えたらあまり表だって入手したことを発表できないモノなんだろうけど。
盗賊ギルドの長が何だって呪の解除方法を知っていると思ったのかは、ある意味不思議だ。
まあ、それだけ顔が広いと思われているだけなのかもしれないが。
と言うことで、今晩は盗賊ギルドの隠れ家へ久しぶりに来た。
呪と呪いは違います。
ルビを振るのが面倒だったのでやっていませんが、『い』が付いていないのは大きな違いなんです。