085 星暦551年 藤の月 7日 初召喚
純粋な魔力って・・・純粋な思い?
なの?
◆◆◆
「アベイ・ウォイス・フレオミネ
オリウォイ・トカメアネ
ファドヴィ・アコラ・ピクシー!」
アンディが呪文を唱えた。
・・・何も起きない。失敗か。
魔術の呪文と言うのは実は決まっているようで決まっていない。
呪文は自分の魔力をよりはっきりと具体的に魔術へと形へ変える為のツールであり、本人の意思さえはっきりしていれば無呪文でも魔術の実行は可能だ。
ただまあ、一言ぐらいは呪文を言った方がやりやすいので大抵の場合は簡単な術でも短呪文は使うことが多い。
一応理論上は召喚も同じく簡単なものなら無呪文なり短呪文でも実現できるのだが・・・。
召喚術は保護結界が必要な上に、条件付けをはっきりさせないと下手をしたら保護結界のレベルをはるかに超えた存在を呼びつけてしまうかもしれず、また対象に召喚に応じてもらう為の報酬として少量の魔力を術に使うのとは別に提供しなければならない。
つまり呪文が長いんだね、これ。
勿論呼びたい対象の条件とかを変えれば呪文が変わるが、長いことに変わりは無い。
今日は朝から一番安全で力も弱い妖精を召喚する呪文を習ってきた。
で。
一人一人実習。
失敗したら次の生徒の順番となり、クラス全員が終わったらまた挑戦。
昨日の保護結界の授業までは15人のクラスでやっていたのだが、今日は1組5人に分かれて教師が一人ずつ付いている。だからまあ、失敗しても案外と直ぐに自分の番が回ってくるんだよね。
しっかし。
・・・ここまで気をつけてやると言うことは、やはり召喚って危険な術なんだなぁ。
しかも、コツって言うのが分かりにくい。
『来て下さいと心から願い、自分の一番純粋な魔力を提供するような感じで呪文を唱えよ』って言われてもねぇ・・・。
純粋な魔力って何よ?
とりあえず、タニーシャとアンディが挑戦したものの、まだ成功していない。
次にシャルロ。
「アベイ・ウォイス・フレオミネ
オリウォイ・トカメアネ
ファドヴィ・アコラ・ピクシー!」
シャルロの魔力が薄っすらと違う次元で何かを求めるように広がるのが視える。
そっか、召喚っていうのは相手を探して呼ぶんだから、自分の魔力を薄く広く拡散させてどこかにいるであろう、召喚対象に届かせなければいけないんだな。
ぽん。
シャルロの前の保護結界の中に水色の羽根の生えた妖精が現れた。
おや、妖精って色にバリエーションがあるんだ?
エタラ教師が朝に例として呼び出して見せた妖精はピンクだったのだが。
「こんにちは~。来てくれてありがとね」
シャルロが明るく妖精に挨拶した。
・・・。
「君って変わっているね」
シャルロったら妖精に変わっているって言われてやんの。(笑)
とは言え、妖精の機嫌はより良くなったみたいだが。
まあ、すぐそばに上位精霊が過保護丸出しで佇んでいるんだ。失礼なことなんて怖くて出来ないだろうが。
「え~っとね、今日は召喚授業の練習なんだ。お願い事を一つしなくっちゃいけないんだけど・・・薫り草の花を一つ、取って来てくれない?」
今日の授業では妖精を呼び出すことが目的で、願い事は好きなことをするようにと言われていた。
ま、花を頼むのは無難な線だな。
「どうぞ」
ぽん、と薫り草がシャルロの地面から生えてきた。
「ありがとね!」
シャルロの満面の笑みに笑い返しながら、妖精が姿を消す。
切り花を持ってくるかと思ったら根ごと移植してくるか。
面白いねぇ。
さて。
次は俺だ。シャルロので何とはなしにコツが視えたような気がしたが・・・出来ればもう一人ぐらい成功例を視てからやりたかったなぁ。
「アベイ・ウォイス・フレオミネ
オリウォイ・トカメアネ
ファドヴィ・アコラ・ピクシー!」
薄く軽く遠くへ、タンポポの種を飛ばすような感じで魔力を飛ばし、呼びかける。
出来るだけ遠くへ。
しかも純粋な魔力を。
・・・なんてことを思っていたらちょっと雑念が多すぎたのか、何の存在も答えなかった。
ちっ。
アレクも失敗。
また最初へもどり、タニーシャとアンディが失敗するのを観察。
シャルロは魔力がかなり高いが、アンディだって同じぐらいの魔力がある。
シャルロよりも更に遠くへ力強く魔力が拡散しているぐらいだ。
だが、二度目も失敗。
遠くへ・・・よりも、純粋な魔力の方が重要なのかなぁ?
最初に講義したエタラ教師も、『純粋な思いを相手へ届けるのをイメージせよ』って言っていたし。
とりあえず。
雑念を取り去ろう。
そうしたら世界が静かになったとするんだ。
だから力を込めて遠くへ魔力を飛ばそうと考えなくても、遠くまで呼びかける魔力は響くんだ。
奇麗に響くように、ひたすら純粋な魔力を呪文に込めるつもりでやってみよう。
それこそ、神殿で賛美歌をひたすら真心をこめて純粋に歌う様な気持ちで(想像上の話だけど。俺は実際には神殿で賛美歌を歌うどころか祈ったことすらない)呪文を唱えた。
「な~に?」
薄紫色の妖精が保護結界の中に現れた。
「召喚に応じてくれて、ありがとう。何か旬の木の実を貰えないだろうか?」
お手頃な願い事・・・と言われて考えていたこと。
花はいらない。
金は欲しいけど妖精に願うモノではないだろう。
情報も何か面白いモノがあったら欲しいが、妖精がどんな情報を知っているのか分からないのでイマイチ何を聞いていいのか想像がつかない。
森の中の存在と言うから、何か美味しい木の実でも持ってきてもらうか・・・と考えた。
ちょっと大蒜が効きすぎていた昼食の口直しが欲しかったし。
「ほい」
ぽんっと俺の前に林檎の実が現れた。
赤く熟していて、美味しそうだ。
「ありがとう。またいつか、召喚に応じてくれると嬉しいな」
初召喚相手って・・・まるで初恋の相手みたいかも?
また会いたいな~。
ちなみにアレクも2回目の挑戦で成功しました。
タニーシャとアンディは3回目で。
最初の一回目の成功例を視るとやりやすくなると言う想定で、シャルロのいたこのチームは他より早い目に全員成功しました。