807 星暦557年 紫の月 5日 人探し(10)
「次は貴族邸だな」
副ギルド長には薬を嗅がせて家の本体から地下室へ行く隠し扉を分かりやすく少し開け、部下の1人に軍へのチクリを命じてから貴族街へ進みながら赤が言った。
「何ヶ所回るんだ?」
そろそろ疲れて来たし、なんと言ってもあと2刻程度で夜が明ける筈だ。
別に日が昇ってきたらすぐに王都の住民が動き出す訳ではないが、使用人等は動き始めるので目撃者が増えかねない。
まあ、地下室や物置小屋に閉じ込められている人間が居るかを確認するだけだったら外からでもなんとか出来る筈だから日中でも良いのだが。
普段だったら貴族街の道端にうろつく怪しげな人間なんぞ職務質問で足止めを食らい、相手が悪かったら窃盗の下見ではないかと拘束されかねないのだが、今だったら王都の警備兵や騎士たちも忙しすぎて貴族街の巡回もかなりおざなりになっているだろう。
「四ヶ所程度だったら日が出てくる前に回れるだろ」
赤が小走りしながら軽く答えた。
「ヤバいことやっている貴族が4人しかいないのか???
かなり意外なんだが」
悪事を頼んでくる顧客側が賄賂を受け取る役人共とほぼ数が同等というのはあり得なくないか??
まあ、一人の金持ちな悪人へのサービスを提供する為に何人もの役人に袖の下を払う必要があるという状態もあり得るっちゃあ、あり得るが。
「三ヶ所程はギルドの人間の者が入っていて、誰も捕まっていないのは分かっている。
五ヶ所は複数の使用人を買収出来ているから変な人間が捕まっていないという情報にも信頼性がある。
一ヶ所は既にお前さんが地下通路を見つけた後の騒ぎで騎士団に踏み込まれているから大丈夫だろう。
今晩回る四ヶ所はヤバすぎて人を入れ続けられなかったところだ」
おいおい。
入れ《《続け》》られなかったって・・・ばれたら直ぐに殺される様なところなのか??
ギルドの人間がそう簡単にばれるとも思えないんだが、随分と物騒な。
それとも弱みを握った領地の人間しか使用人として使っていないところなのか?
あちこちを呪具探しで回って知ったのだが、田舎の領地っていうのはかなり領主の権限が大きい。
名目上は王家からの監督もあるのだが、現実的な話として違法行為があってもそれを王宮に訴え、耳を傾けて貰う為には金と伝手が必要となる。
そこそこ大きく、そこでの商売に依存していない商会が入っていてそこが協力でもしてくれていない限り、国が直ぐに動く様なヤバい悪事に手を染めている場合以外は住民に打てる手はあまり無いそうだ。
それこそ重要地点として何かあった時に国が調査人員を送り込む様な所はまだマシだが、何処にでもある田舎の村だったりすると領主の権限は実質絶対的らしい。
少なくとも、領民はそう信じている所が多い。
家族がそう言う場所に住んでいる場合、王都に出てきてそれなりに世の中が見えて来ても人質を取られているような形であり、領主一族を全部挿げ替えられるとか、次の跡継ぎが親と違って真面で親の悪事を正してくれるとでも信じていない限り、領主の意思に反する行動はとりにくい。
とは言え、領地から使用人を連れてくるのは面倒だし手間なので王都でそれなりにローカルな人間を雇う貴族も多いのだが・・・悪事に手を染める奴は、自分の意に反することをしようとも思わない領民だけを使う方が賢いのだろう。
少なくとも、盗賊ギルドが中に人を入れられないなんてかなりのもんだ。
最初に行った貴族の屋敷はそれほど大きくなく、貴族街の端の方にあった。
「田舎の男爵家なんだが大した特産品もない癖に何故か人身売買組織に金を払う余裕がある不思議な奴なんだ」
赤が小ぶりな屋敷を顎で示しながら言った。
庭もそれ程大きくなく、物置小屋も無いから人を隠しているとしたら地下室かな?
まあ、貴族の娘だったら窓に格子を入れた部屋に閉じ込める可能性もあるが。
いや、格子なんぞ付けたら目立つから、単に窓枠を釘で止めておくだけでも女の細腕だったら出られないか。
・・・そう考えると、シャルロの従姉妹の方は難しいぞ?
ギルドの人間とかが地下室に捕らえられているならまだ見つけやすそうだが。
そう考えると、蒼流に従姉妹を探させる際には貴族街から始めると良いんじゃないかとシャルロに言うべきかもな。
取り敢えず、集中して地下室を心眼で調べる。
ガラクタや食糧保存庫しか無いっぽい。
一応他の部屋も見ていくが・・・扉を外から鍵が掛けているかどうかは心眼では分からない。
「地下室には誰も捕まってはいないようだな。
他の部屋は寝ているのか拘束されているのか分からないから、もう一度日中に来た方が良いかも知れない」
日中でも小さめな部屋に動かずにいる人間がいたら怪しいかも知れない。
この時間帯だと単に侍女が寝ているだけの可能性もあるから、家人が働いている時間帯にもう一度見た方が良さげだ。
「・・・確かに、見つからなかったらその方が良いかも知れないな。
出来ることならば街中が湿気て黴だらけになるのは避けたいし」
溜め息を吐きながら赤が合意した。
「それじゃあ次は・・・あっちの伯爵家だな」
右の方へ動きながら赤が言った。
次の伯爵家はもう少し大きく、庭も広めだったが・・・妙に荒れ果てた印象だった。
まあ、単に主人が庭に興味がなくって庭師の給料をケチっているだけなのかも知れないけど。
こちらは小さな物置小屋があったが中に人間はおらず。
地下室の方も誰も捕まっている人間はいなかったが・・・。
「地下に死体が転がっている部屋があるな。
扉の前に棚が置かれていて部屋がないように見せかけているような感じだから、古いものかも知れないが」
死体って主に骨の部分が心眼に映るので、死んだばかりのと古い白骨とミイラ状になった白骨の違いって遠くからさらっと視ただけでは分かりにくいのだ。
「ふむ。
後で強盗が入って、地下室もついでに隠し金庫探しに暴いたことにするか」
赤が部下に何やら指示を出す。
白骨になっていてもギルドの人間かどうか、分かるんかね?
というか、なんだって家の中に死体を隠したんだ?
せめて庭にでも埋めれば良い気がするが・・・流石にそこまで使用人を信じてないのかな?
とは言え、死体なんぞ地下室にあったら臭いと思うんだが。
消臭用の魔具でも入手して使っていたのだろうか?
考えてみたら殺虫や殺鼠用の魔具と消臭剤や消臭用の魔具があれば、埋めずに使わない地下室に死体を隠しておいてもバレないのか?
なんとも幸先が悪い。
あと2件か。
ううむ、いつになったらシャルロの従姉妹さんは見つかるんでしょうかね〜?