806 星暦557年 紫の月 5日 人探し(9)
「副ギルド長にしては地味な家だな」
商業地域から多少西に歩いた住宅区域にある一軒家の前に来て、辺りを見回す。
普通のギルド職員が住むよりは大きいだろうが、『屋敷』という程大きくはない。商業ギルドというアファル王国でも有数の組織を実質動かしている人間の住処としては、想定外に地味だ。
「名目としては、一人住まいにむやみに大きな家は要らないという話だ」
赤が肩を竦めながら話す。
「結婚していないのか??
珍しいな」
ギルド職員ですらそれなりにお節介な人間が縁談を持ち込むことが多いと聞く。
副ギルド長ともなれば利権も絡んであちこちから話が来るだろう。
「元々病弱だったという噂の妻は7、8年前ぐらいに亡くなったな。
息子がいるが、育てる自信が無いとか言ってずっと学校の寮に入れている。長期休暇には家に帰ってきているらしいが、あまり面白くないのか友人宅に遊びにいくことのほうが多いらしい。
妻がいないので誰かもてなす必要がある時は食事処を借り切るから、家の使用人も通いの家政婦とメイドだけだ。ある意味これなら鍵を掛けた地下室だったら普通に人を隠せるかもしれないな」
赤の言葉を聞いて、心眼で敷地の地下を念入りに探す。
「・・・生きている人間は2階に一人いるだけだが、庭の真下に地下室があるようだな」
基本的に地下室なんて家の下にしか作らない。
隠れ通路みたいな感じで隣家の地下へ繋がる構造は後ろ暗い事をやっている人間なら活用することもあるが、ここの地下はどこかに繋がっているのではなく、単に地下室が庭の下にあるだけのようだ。
「ふむ。
書類や非常時の資産といったところかな?
そっちを先に調べるか」
赤が玄関の方に向かった。
「あ、庭にある物置小屋にも繋がっているからそっちからも行けるぞ?」
良く視たら、裏の壁を背にしている物置小屋にも地下へ降りる梯子があり、狭い通路を通って地下室に繋がっている。
物置小屋の裏の板を外せば隣家の庭経由で裏の通りに出られそうだから、非常時の脱出路のようだ。
「ちなみに、魔術でここから副ギルド長が朝まで起きてこない様に出来るか?」
赤が足を止めて尋ねる。
「無理。
それこそ攻撃魔術を2階の寝室の窓に叩き込んで大怪我で動けなくなるぐらいにするのは可能かもだが、攻撃魔術自体もそれ程得意でもないし」
それだったら時間をかけて清早に水を家の中に侵入させてもらって副ギルド長を溺れさせて意識不明にする方がまだマシかも知れないが・・・緊急な訳でもないのに清早に手を汚してもらうつもりは無い。
「取り敢えず、非常出口を使えない様にしてから地下室を調べて、それなりに懲罰を受けそうな証拠が出てきたら適当にあいつを拘束して密告するか」
暫し考えてから、赤が物置小屋の方へ向かった。
これって証拠が見つからなかったらさり気なく首をずぱっと切って終わりにするのかな?
どの程度、悪事に加担していたのか分からないからなぁ。
まあ、怪しげな地下室があるからそこにそれなりな証拠があると期待しておこう。
物置小屋に行ったら、赤は隠されていた下へ降りる梯子を見つけ、降りていくところだった。
隣家の庭へ忍び込むために板を外す仕組みらしき金具も既に壊されて動かない様にされている。
まあ、力いっぱい蹴りつければ板が外れるだろうが、静かに周囲の人間にバレない様に逃げ出すのはこれで不可能になっただろう。
地下室にはかなり良い感じな照明の魔具があり、窓が無い以外は普通の書斎のようにすっきりとした書類棚と引き出し、書斎机があり・・・俺たちが開発した小型湯沸かし器とティーバッグ、カップが乗った台が横にあった。
う~ん。
悪人にも利用されるぐらい便利な魔具を開発している事を誇りに思うべきなのか、それとも人に知られたくない悪事に役立つ便利な物を造るのは実は微妙だと思うべきなのか。
自分達が開発した物が悪人たちに活用されるのを見ると、ちょっと複雑な心境だ。
「ふむ・・・」
資料をぱらぱらと調べながら赤が唸る。
俺も幾つか手に取って見たが、なんと言うか普通の会合の記録の様に見える。
なんだって態々こんなところに隠してあるんだ??
ある意味、普通に商業ギルドの執務室にあっても問題が無い書類の様に見えるが。
部屋自体が隠し金庫のつもりなのか、金庫も二重引き出しも無い。
もしかして、副ギルド長は地下室が好きな変わり者なんじゃないよね??
箱に入っていた書類には何やら数字が書いてあるが、俺にはイマイチ分からない。
これって国の専門家とか国税局の調査員とかが目を通したら何か重要な情報が分かるんかなあ?
「結局、副ギルド長はどんな悪事に手を染めていたんだ?」
大量の書類を凄い勢いで目を通して考え込み始めた赤に声をかける。
赤って実は書類調査が上手かったんだなぁ。
ここまで速読できる人間だったなんて知らなかった。
「・・・微妙なところだな。
ある意味、自分の理想と思うバランスで各ギルドや商家が動く様に裏から糸を引くのが好きな完璧主義者って感じか?
糸を引くために必要な裏金を作る為にちょっとは悪事に手を貸していたりもしているようだし、ある程度の悪事は不可避だってことであの人身売買組織とも手を組んで時折どうしようもなく邪魔な人間を排除しているようだったが・・・やっていることは比較的大人しいようだな」
「なんだそれ?
ある意味、自分が国の裏の王様みたいな感じに統治しているつもりだったってことか?
悪事にそれ程手を染めていないが、自分が一番正しいから法の決まりに従う必要もないって?」
どっかでバランス感覚が狂ったら一気に危険な方向に傾きかねない感じだな。
学生時代に悪魔を呼び出して国を乗っ取ろうとした宰相の息子と同じで、国を自分の好きなように動かそうとしている感じか?
まあ、やり方がずっとスマートだしこっちの『あるべき国の姿』っていうのも現時点では比較的真面らしいが。
「・・・そんな感じかも知れんな。
ある意味、国にここら辺は判断させた方が楽だから、取り敢えずあの女役人のところからここに辿り着く様に証拠を残して、副ギルド長が早起きして逃げない様に薬でも嗅がしてから密告しておくか」
肩を竦めながら赤が言った。
取り敢えず、裏社会にとっては大して被害が無い程度の悪事だったらしい。
現時点では副ギルド長が排除した人間も欲が突っ張りすぎて悪事が目に余る悪徳商人とかが殆どだった模様。
法を無視している時点でちょっと危険だし、人身売買を『必要悪』と割り切っちゃって組織と協力している時点でどうなの?と言う気もしますが。