801 星暦557年 紫の月 4日 人探し(4)
「丁度いい所に来たな」
寝ていると思っていた長は珍しく日中から活動中だったらしく、赤に連れて行かれた先の酒場で集まった人間に色々と指示を出していた。
寝ていなかった、と言うか。
盗賊ギルド全体で、もうすぐ動き始めそうな雰囲気だな。
なんだって赤は寝ていたんだ?
下準備で頑張りすぎて倒れたんかね?
「・・・起こして悪い事をしたな」
赤にぼそっと呟く。
「いや、一休みしてもうそろそろ起きてくる時間だったから構わん」
赤が肩を竦めながら答え、長の元へ足を進めた。
赤が近づいたのを見て、長と話していた男がすっと下がり、二人でぼそぼそと話し始めた。
俺の(というかオレファーニ侯爵家からの)依頼の話を報告しているんだろう。
つうか、長は何しに俺が来たと思ったんだろ?
あまり驚いた顔をしていなかったが。
「オレファーニ侯爵夫人の姪の話は聞いているが、所在地は分かっていない。
見かけたら恩を売ろうと思って一応探しては居たんだがな」
話し合いが終わったようだったので近づいたら、俺が来るのを予想していた理由をあっさり長が教えてくれた。
流石盗賊ギルド。
シャルロの従姉妹の話は既に知っていたらしい。
「王都からは出ていないと?」
王都の外だと王都の盗賊ギルドの管轄外になる。
恩を売ろうと探していたならば、王都から出ようとする人間は警備兵よりもよっぽどしっかり見張って出る前に捕捉していた筈。
ただ、問題はいつから探していたかだよな。
シャルロの従姉妹の話っていつから裏に流れていたんだ?
「ああ。
元々この機会にあの組織の関係者は全部捕らえてしっかり根絶やしにするつもりだったから、お前が港倉庫の一斉調査に雇われたと聞こえてきた段階で網を張っていた。
当局とぶつからない様に手出しをするのは控えて待っていたが、逃げようとした関係者は全て捕まえてある。
侯爵の姪っ子の話は捜査が入った翌日に捕まえた男から聞いて、捕獲しておいた人間を全て再確認したが年齢と身長が合う人間は居なかった」
なるほど。
だったら例え男装していても見逃しては居ない筈だな。
しっかし。
俺の情報が駄々洩れじゃん、国軍。
それとも国税局か港の方か?
どちらにせよ、駄目じゃないか。
情報が洩れていたせいで、盗賊ギルドに保護料を払っていた商会はしっかり対策していたに違いない。
それでもあれだけ色々見つかったんだから、普段は一体どれだけ密輸があるのかちょっと怖いところだな。
もっとしっかり網を張って輸入業者の脱税を防げよ。
「地下通路があるのが分かっているならチクれば良かったのに」
潰そうとしているという事は、地下通路の利用も組織も盗賊ギルドにとっては無くなるのが望ましい存在だったのだろう。
俺が一斉調査に参加すると前もって分かっていたのだったら、どちらかを残しておきたい場合は組織に警告して通路を埋めさせれば何とかごまかせた可能性も高い。
まあ、後から急いで埋めた通路はそれはそれで目立つから、無駄だったかもだが。
単に邪魔だったのなら俺が雇われるのを待たずに国防担当の第二騎士団にでもチクれば流石に地下通路だったら国が動いだだろうに。
「あんな奴らでも、国と相対する場合は一応『仲間』扱いだからな。
まあ、最近は特に目に余るようだったからどういう手段が一番良いかは色々と考えていたところだったんだが」
にやりと笑いながら長が答えた。
裏社会では誰もが脛に傷を持つ身なので、お互いを国に売り始めたら収拾がつかなくなる。なので敵対組織であろうと国に裏社会の一員を売るのは基本的にご法度だ。
問題が出てきそうになった時に、その掟を破ったように見せずに上手に手を回して問題集団を排除するのが組織上層部の腕前の見せ所ってやつなんだが・・・。
もしかして、ウォレン爺に今回の一斉調査に俺を使ったらいいのではないかと唆したのって長だったり??
以前にも仕事を仲介されたし、面識はある筈。
まあ、どうでも良い事だが。
くそったれな組織が消えるのも、国の税収が俺の関係ない所で増えることも、良い事だ。
知らないところで糸を引かれて利用されているのはちょっと業腹だが。
どうせなら知らないままにしておいて欲しかったぜ。
「はぁぁ。
どこから始めればいいんです?」
溜め息を零しながら尋ねる。
知りたくなかったことは気付かないふりをするのが一番だ。
「まずは3番街の倉庫だな。
順繰りに回っていくから青について行ってくれ」
顎をクイっと動かして青を呼びつけながら長が答えた。
長い1日(というか3日)になりそうだぜ・・・。
後で、パディン夫人に夕食は要らないって連絡をしないと。
国も裏社会の規律がある組織とはそれなりに付き合いがありますからね〜