790 星暦557年 赤の月 21日 一斉調査(7)
「・・・斬新な格好だな」
伊達メガネにモジャモジャな付け髭を装備した俺の姿を見て、タルージュ(ベテラン士官のおっさん)に二度見された。
「色んなところから恨みを買ったせいで軍や税務局で働かざるを得ない羽目になるのは嫌だからね。
それに、俺の仕事場が襲撃されて報復で王都が水に沈んでも困るし」
まあ、全部ではなく港近辺だけで済むと期待したいが。
それでも入港していた船が全部沈んだりしたら経済的にも国が困るだろう。
お人好しなシャルロが色々と気遣ってあげる羽目になったりしたらむかつくし。
「王都が水に沈む・・・?」
ヴェルナスが首を傾げながら聞き返した。
「俺の平時の仕事は、水の高位精霊の加護持ちのシャルロ・オレファーニを含む魔術学院での仲間と一緒にやっている事業なんだ。
シャルロに害が及びそうになったりしたら、切れた蒼流《精霊》が何をするか分からんぞ?
2年ほど前に汚染騒ぎの際に王都全部が水洗いされた事があっただろ?
あれでも全然余力があった感じだから。怒り狂ったらマジで王都が水で更地にされても不思議は無いと思う」
と言うか、丸洗いだけだったら清早でも出来るって言っていたし。
流石に更地にするのはちょっと準備が必要らしい。
蒼流は・・・ふんっと力めば余裕だとシャルロに言っていた。
精霊の『ふんっと』ってどう言う感じなのか、ちょっと疑問だったが。
後で学院長に聞いてみたら、『中位精霊だったら既存の火山を噴火させる、上位精霊だったら何も無い平野に火山を呼び出して噴火させるぐらいらしい』と教えてくれた。
上位精霊、無敵過ぎだぜ。
「・・・今晩の協力には感謝している。
絶対に協力者の名前が漏れないようにしっかり手配しておくよ」
ちょっと青くなりながらタルージュが言った。
おう。
頼むぜ~。
まあ嫌がらせ程度だったらそこまで蒼流も切れないだろうし、実際に襲撃があってもシャルロに害が及ぶ前に制圧されるだろうけど、掃除とかが面倒だ。
「倉庫側の通路は既に兵を手配してある。
こちらの店舗も包囲してあるから、中の人間を全員捕まえた後は書類の没収と隠し金庫探し、そして地下に捕まっている人間の解放だ。
大人数が出て行った様子は目撃されていないが、地下室の人間に変化は無いか、確認できるか?」
気を取り直したタルージュが聞いてきた。
「ええっとぉ・・・」
心眼を凝らして地下を確認する。
人影は殆ど動いていない。
ちょっと弱っているのが何名かいるようだが・・・良く見たら、妙に元気なのが一人いるな。
もしかして、攫われた奴らが逃げようとしたら警告を出す内部の人間かね?
取り敢えず中で確保した人間は誰も逃がさなければ良いとして・・・ついでに変な隠し部屋とか通路が無いかを確認していたら、どうやら西側の二階の壁に変に大きな窓があるのが見えた。
隣家の壁がすぐ目の前なのだから窓があっても光も風も通らないのに、妙に大きな窓が確保されている。しかも隣家にも位置がほぼ一致している場所に窓がある。これだったらさりげなく隣家に逃げ込めるな。
「攫われた人間は全員夕方に見た時とほぼ同じ感じだから、誰も動かされてはいない。ただ、中の1人は売買組織の人間かも知れない。
妙に状態が良いのが1人だけいる。
あと、そっちの西側の家に逃げ込める窓が2階にあるぞ」
タルージュに教えながら今度は西側の家に隠し通路が無いか、確認した。
「マジか。
だが包囲網は一角全部になっているから大丈夫なはずだ」
地図を取り出して確認したタルージュが息を吐く。
「西隣の家の裏庭は細い通りに面していて、それをずっと行くとそのまま大通りに出るぞ?」
細い誰も通らないような実質『隙間』で、ごみや空き箱が積んであるので道と認識されていない可能性がありそうだが。
「どこだ?」
地図を手に、タルージュが聞いてくる。
「ここだな」
指で小道の部分をなぞる。
地図には道が記されていなかったから、ヤバいんじゃないかね?
「音を立てない様にその小道に行って、一番奥で隠れて待っているよう人員を手配しろ。
出てきた人間は一人だったら後を追え。
複数だったら全員捕らえろ。
捕らえた後も、明日の朝に交代の人間を送るまで何人かは見張りを残しておくように」
タルージュが傍にいた兵士に指示を出した。
おお~。
国防に関連する話なせいか、随分と人員が潤沢なようだな。
さて。
これから襲撃かな?
中が制圧されるまで俺は外で待ってる話になっているので、さっさと取り掛かって欲しい。
寒いぜ。
防寒・防御用結界を身に付けてきたが、あれってシンシンと冷えるような真冬の寒さを完全にどうにかできるだけの物じゃあないんだよねぇ・・・。