774 星暦557年 藤の月 22日 ちょっと方向が違う方が良い?(15)
「綺麗に落ちたな。
というか、化粧は魔具を起動する前からかなり汗に流されてて、服が汚れていた感じなんだが」
ダレンとの訓練を終え、汗だくな顔と手の映像を記録してから清浄化魔具を使って確認したら、ほぼ綺麗に汚れと化粧は落ちた様だった。
が、良く見たら脱ぎ捨てたシャツが普段と違った感じに汚れている。
「汗をかいて顔を袖で拭っていたから服の腕の部分に白粉とかがべっとりついてるね」
シャルロが服をじっくり見まわして汚れの原因を解明する。
なるほど。
この変な感じに灰色な汚れは白粉か。
「ちょっとこの服を清浄化したらどうなるか、試してみよう」
アレクが俺の脱いだシャツを椅子の背に掛け、清浄化魔具の範囲指定を調整して再度動かす。
「化粧って服にもつくんだな。
時折夜会に出た後に変な感じに服に白っぽい汚れが付いていたのって『うっかり』躓いたふりをして抱き着いてきた令嬢の化粧だったのか・・・」
しげしげと服を見ていたダレンが呟く。
それなりの名家であるガイフォード家の人間の一員として時折ダレンも夜会に出なければならず、そう言った際に女性陣に色々と絡まれるらしい。
なまじ魔術師として筋肉一辺倒では無いと思われているせいで多種多様な令嬢群に狙われるとの事。
なんとも不幸なこって。
「化粧が付くほど『うっかり』躓くって・・・ちょっと無理がない?」
シャルロが首を傾けて尋ねる。
「躓いてくる系はこっちに『うっかり』胸を押し付けて豊満さをアピールするためにやっているんだが、大して身体能力も鍛えていない上に歩きにくい夜会用の靴を履いているんだ。
バランスを崩してがっつり胸を感じさせる為に体を預けてくるのが多いから、やり過ぎて顔も押し付けられることが多々あるんだ。
・・・化粧が落ちるのは想定外なのか、大抵そう言う事をやった後はご令嬢が暫く姿を消すな、考えてみたら。あまりのうっかりさ加減に恥ずかしくなって姿を消しているのかと思ったが、あれは化粧を直しているだけなのか」
ため息を吐きながらダレンが応じる。
「胸を押し付けてアピールだなんて、随分と捨て身だな?!」
思わず突っ込みを入れてしまう。
角度を調整して際どい胸元をそれとなく見せるって言うのは令嬢の無駄な技術の見せ所ではあるのは知っていたが、胸を実際に押し付けちゃあダメだろう。
下町の娼婦じゃあるまいに。
「初心な若い少年や成人したてで女に慣れていない若い騎士見習いなんかはそう言うのにドキドキしてのぼせ上がるのもいるらしいぞ?
流石にある程度年を取ってくると無理があるから、愛人関係狙い以外はやらなくなると聞くが」
なんとも世知辛い。
アファル王国では女性だって普通に働けるのだが、どうも貴族だと令嬢が条件の良い男を捕まえて結婚するのが幸せだという風潮が残っているのかな?
なんかこう、世界が違うね。
「お、綺麗に落ちた。
ある意味、服に付いたお化粧も落ちますって言うのは重要かも。
口紅が落ちるかも試してみよう」
シャルロが徐に自分の唇に紅を塗り、折角綺麗になった俺のシャツにべっとり口を付けた。
「おい!!
俺のシャツに接吻なんぞしてくれるなよ!!」
落ちなくてシェイラに見られたらどうしてくれる!
「口紅って脂も含まれているから意外と落ちにくいらしいし、浮気している時なんかに態と奥さんに知らせるために愛人が首筋辺りにキスして痕を残すこともあるらしいから、浮気をしているような夫どもにそっと売り込むポイントになるかも知れないな」
じっとシャツの様子を観察しながらアレクが呟く。
なるほど。
貴族だったら服の洗濯なんて執事に任せるし、愛人がいたところであまり気にしないだろうが(少なくとも表立っては)、商家とか職人とかだったら浮気がバレたら中々怖い事になる家は多そうだ。
そう考えると職場や愛人宅にでも清浄化魔具を一つ置いておいて、自分と服をさっと綺麗にしてから帰宅したら残り香とか化粧の痕跡とかを消せて、良いかもな。
浮気用補助具なんていう役割は余り俺たちが作る魔具の売り込みポイントにして欲しくはないが。
「おお~。
ちゃんと綺麗に落ちたね。
色んな種類の白粉とか、口紅とか、アイシャドーとか、色々と服や肌に付けて落ちるか試してみようか!」
シャルロが面白げに言い出した。
ええ~?
それって俺らがやらなくても良くない??