773 星暦557年 藤の月 22日 ちょっと方向が違う方が良い?(14)
「・・・中々、斬新な見た目だな」
翌朝現れたダレンは、白粉と紅を塗ったくった俺の顔を見て言った。
「籤に負けたんだ・・・」
昨日、アレクに白粉と紅を塗ったくって清浄化魔具を試したところ、ちゃんと3ミルで綺麗に落ちた。
化粧落とし用のクリームを使わなくても落ちたのは素晴らしいとアレクは言っていたが・・・本当に化粧が綺麗に落ちるのかを確認するならもっと濃厚に塗りまくらないといけなかったんじゃないかね?
はっきり言って夜会に出てくる女性陣なんて、特に年齢層が上がってくると皺を塗り固めて隠しているから実質仮面みたいな感じになっているのもいる。
あれはどう考えても3ミルでは落ちないと思うが・・・まあ、ああいうのはちゃんとクリームで化粧を落とすのかな?
それはさておき。
『綺麗にした状態で化粧をして汗をかいた場合でもちゃんと綺麗に落ちるのかも確認すべき』と後から現れたケレナが主張した為、まだ化粧の被害に遭っていなかった俺とシャルロで籤引きをして・・・俺が外れ籤を引いてしまったのだ。
言い出しっぺのケレナも今日はきっちり夜会用の化粧をして1日仕事をした後に魔具を試すことになっているが、今の時期だと1日しっかり働いても汗をかくかは不明という事で、ダレンとの訓練に化粧をする羽目になったのだ。
「あ~。
ウチの女性陣曰く、非常に素晴らしいと絶賛していたぞ。
妹が使ってみたら寝ぐせも綺麗にとれたらしい。
母は化粧のノリが凄く良くなったと機嫌が良かったし。
ちなみに父と私も使ってみたが、少し肌がしっとりして髭剃りが楽だった・・・気がしないでもないが、現実的な話として朝に3ミルかけてノンビリ肌をふやかしている暇はないな」
化粧については何も言及せず、ダレンが自分の家族からのフィードバックを伝えてくれた。
「へぇ?
髭剃りねぇ。盲点だったかな?
まあ現実的な話として朝に3ミルのんびりできる人間だったら普通にお湯で温めたタオルを顔に暫く当てればそれでいいと思うが」
多少は生えてきたが、俺もアレクもシャルロも髭が特に濃い体質ではない。
人に会わないのだったら数日に一度剃る程度でも大丈夫なので、ある意味のんびり時間がある日に剃るだけのことが多い。
現実的に考えて、朝3ミルかけて顔を何とかする暇がある男は少ないだろう。
まあ、清浄化魔具の結界の中で歯を磨いてから髭を剃る形にしたらある程度効果があるかも知れないが・・・多分、朝は魔具を家の女性陣に独占されていて使えないだろうな。
そして男だけの世帯でこの魔具が買われることはほぼ無いと思う。
「まあなぁ。
アレクが言っていたように薄毛に効果があるなら使う人間もいるかも知れないが」
ダレンが苦笑しながら応じる。
そうか。
そう言えば、薄毛に効くかも?という冗談半分の提案に関してもアレクがテストさせると言っていたか。
どうでも良い事だと思っていたが、薄毛や禿げに効くとなったら購入者層が一気に倍になるかも?
そう考えると薄毛対策への効果を高める様、魔術回路を改造する価値もあるかも知れない。
・・・いや、簡単に薄毛対策が出来るようだったら既にそういう魔具が出回っているか。
「まあいいや。
取り敢えず、訓練を始めよう」
ダレンが持って来てくれた長剣の形をした木剣を手に取り、庭に出る。
さっさと訓練を終わらせてこの化粧を落としたい。
ガキの頃は顔を隠すために顔に泥を塗った事もあったが、何故かこの化粧っていうのは泥を塗りたくるよりも更に息苦しい感じがする。
別に顔の皮膚で呼吸している訳では無い筈なのだが、不思議な圧迫感だ。
よくぞ女性陣はこんなものを顔に塗ったくった上でコルセットで腰回りを締め付けた上で何重もの重い生地を重ねたドレスを着て出かける気になるもんだね。
そう考えると、女性って体力は無くても持久力って実は凄いんじゃないか?