769 星暦557年 藤の月 19日 ちょっと方向が違う方が良い?(10)
「そう言えば、蒸気が暖かい方が良いからってこっちの魔術回路にしたが、もう一つの魔術回路の方が蒸気が細かかったかも?」
水を蒸発化させる魔術回路は何通りかあったので、それらを試した際に『お風呂代わりの面もあるから』という事で湯気っぽい感じになる魔術回路を選んだのだが、確か妙に涼しい感じな霧の様な細かい蒸気が出た魔術回路もあった。
肌寒く感じがしたので却下したのだが、あっちの方が肌から蒸気が水滴になって垂れなかった気がする。
「あ~。
なんか妙に涼しかったから没にしたやつだね。
夏用にはあのままでいいけど、冬だったらもう少し暖かく熱を加えないとダメだよね、あれ。
暖かくしても蒸気が細かいままか、確認してみようか」
シャルロが魔術回路の詳細を探しながら応じる。
「夏にしても肌を冷やさない程度の温度は無いと汚れや脂分が溶け出さないだろう。
なんだったら一度暖かい温度で蒸気を吹き付けて清浄化した後に夏はもう一度加熱無しの蒸気を軽く吹き付ける感じにして2回動かす形にしたら爽快感があって良いかも知れないな」
アレクが提案する。
「まあ、夏用のは標準向けを一般に売り出す時に貴族用のを『汗がひく涼しい夏用』って売り出したらどうだ?
一般用だったらそこまで気持ちよさに金を掛ける必要は無いだろ」
第一、ちょっと裕福程度な商家や職人の家庭だったら女性が日中の暑い時間帯から清浄化魔具を使って美容に励んでいる暇なんぞはほぼ無い。
日中の暑いさなかにも使っている可能性が高いのは貴族女性だけだから、高級版だけ夏用の爽快感オプションを付け加えれば良いだろう。
「確かに。
まずはこれにちょっと加熱を加えた後の蒸気を確認してみようか」
見つけ出した魔術回路と試作品用の基板素材を手に、シャルロが作業机に向かった。
◆◆◆◆
「加熱しても蒸気の粒が細かいな」
新しく作った試作品の結界内に入れておいた板と、現存の試作品の結界内に入れておいた板とを見比べてアレクが頷く。
既存のはかなり蒸気が大きな塊になって水が垂れ降りているのに対し、新しい試作品のはびっちり細かい蒸気の粒が板の表面に残っている。
「水に精油とかクリームとかを混ぜても大丈夫か確認しようぜ」
クリームはまだしも、精油は多分不可欠だろう。
混ぜなければ多分そのうち髪の毛とかは艶やかさが消えてパサついてくるし。
頻度を調整すれば自然に出てくる汗の脂分でそれなりに艶やかになる筈だが、貴族(というか金持ち)っていうのは『良いモノは良い』ってことでやたらめったらやりたがる。
少なくとも確実に毎日はやりたがるだろうし、人によっては日に3回ぐらいやりかねない。それでぱさぱさになる人間も続出したりしたら大問題なので精油を少量垂らすよう推奨しておく方が無難だ。
「そうだな」
アレクが綺麗に板をふき取り、もう一度試作機の結界の中に戻し、精油を入れる皿に数滴垂らした。
しゅわ~。
微かな音と共に試作機が動きはじめ、蒸気が板の上に溜まり始める。
「ちょっと微妙にさっきより粒が大きくなった気がするけど、それでも元の奴よりは細かいままだね」
じっくり観察していたシャルロが安心したように述べた。
「次は実際にこれで肌の汚れがより綺麗に取れるかだよなぁ。
元々薄汚れている肌に使う訳じゃないのに、どうやって比べるんだ?」
はっきり言ってシャルロの親戚たちやその他の協力者の肌なんて俺には実験前から十分綺麗なように見えて、違いは分からんぞ?
「・・・そこは女性陣の観察眼に任せるしかないな。
取り敢えず5個ずつぐらい造って色々と試作品を試しているのでどれが良いか順位を付けてくれと頼んで、どうなるか様子を見よう」
アレクが重々しく提案した。
女性陣に任せていたら『もっとしっかり調べる』とか言って只管試作機を使いまくりたがるような気がしないでもないんだが。
「ちょっと走り回って薄汚れた俺たちがこれらを使った後の肌を映像記録して、それを拡大させて確認して違いを確認するのも有りかも?」
「一応そっちもやってみて、結果が同じになるか確認しようよ。
どちらにせよ女性陣の気に入るのが重要なんだし」
シャルロが肩を竦めながら言った。
確かに、映像で確認して汚れが無くても、女性たちが共通して『イマイチ』と感じたら意味がないな。
彼女らが何を判断基準にしているのか知らないが。
まあ、禿げ対策に効くってはっきりするんじゃない限り、購入者は基本的に女性陣なんだ。
彼女たちの意見を重視するのが正しいよな。
汚れだけじゃなくって肌のキメとかくすみとか明るさとか、美顔器売り場とかで色々と見せられるけど、単に撮影手法の違い何じゃないかと疑っている私・・・