760 星暦557年 藤の月 2日 ちょっと方向が違う方が良い?
「何をやっているの?」
歴史学会の発表の手伝いに席を外していたシェイラが戻ってきて、膝の上で魔術回路をこっそり弄っていた俺に尋ねた。
「ちょっと海神の神殿と神殿長の地下室にあった魔術回路を利用できないかと思って色々試している所なんだ」
過去の遺跡に関する発表は時によっては中々面白い発見もあり、ただ聞いているだけでも楽しい事も多々あるし、場合によっては遺跡にあった魔道具や道具の仕組みの話が俺たちの開発に役に立ちそうな閃きを提供してくれることもある。
なのでシェイラと時間を過ごすついでに歴史学会の年初発表に来ているのだが・・・時折、過去のお偉いさんかなんかの名前がやたらと出まくって何の話をしているのか全く分からない退屈な発表もある。
そんな時の為に持って来るのがちょっとした解析中とか改造中な魔術回路なのだが、今回はこないだの緑の月に見つけた海神の神殿にあったやつを利用できないかとそっと試行錯誤している。
あの神殿は海のど真ん中にある小島にあったから当然潮風が毎日吹いていた筈だ。
まあ、潮っぽいべたべたも海神さまの一部ということで神官たちは我慢していたんだろうとは思うが(というか潮風が吹かない場所にある海神の神殿なんて意味ないだろう)、流石に神殿の宝(及び神殿長のネコババした宝)に関しては潮風でべたべたになるのが嫌だったのか、どうも宝物庫として使われた地下室の入り口にそう言ったべたべた成分を防ぐ結界か魔具があったようなのだ。
海水に浸かって動きが無かったことが良かったのか、意外にも魔術回路そのものはほぼどちらの地下室の物も破損せずに残っていた。
しかも神殿の方の地下室は金を掛けてしっかり作ったのか、魔力を通したら起動したのだ!!
とは言え、最初は何をやっているのか分からなかったが。
向こうで遺物を運び出す合間に色々試した結果、多分潮風の臭いやべたつく成分を締め出すか浄化する効果があるのではないかと言うのが俺たちの結論だった。
ただし、臭い消しの魔具なら既に換気用の魔具が既にある。
地下宝物庫魔術回路の利用方法が思いつかなかったので、特に何もするでもなく記録だけして帰って来たのだが・・・今回の香の話で匂いやべたつきを除去する効果があるなら、反対向きに使ったら香の成分を効果的に部屋に分散することが出来るのではないかと思ったのだ。
違法な香なんかだったら素早く残った匂いを消せる効果の方が更に必要とされるだろうけど。
まあ、流石に違法麻薬っぽい物の使用を誤魔化す為に使う魔具を作る気はないが、香を効果的に広められたらシェフィート商会から香油や香を売り出す際に一緒に売れそうだ。
とは言え。
匂いを消す部分が魔術回路のどこであるのかを解明し、それの機能を反対向きにするのにどうやれば良いのかまだ不明だ。
なので暇な時に色々と試行錯誤しているのである。
現時点では臭い消しの部分を特定する為にあちこちを切り離して微量の魔力を通しているだけだが、意外とこれに時間が掛かるのだ。
「べとべとが無くなるのは良いわねぇ。
ついでに手の汚れとか服の汚れも落とせない?」
シェイラが提案してきた。
おっと。
臭い関係ではなくべとべとの方に関する効果の方がシェイラ的には魅力があるらしい。
「潮風の臭いを消す機能を反対向きに香の匂いを分散させる方に使えないかと思って色々試していたんだが・・・潮風のべたつきを防ぐか落とす機能の方が魅力的か?」
俺にとっては汚れも臭いもそれ程重要ではないのだが、シェイラの視点の方が一般的で需要の判断にも役に立つ。
「そりゃそうよ。
強烈な異臭を除去できるっていうなら需要はあるでしょうけど、匂いを分散させるなんて適当に微風で煽れば良いだけじゃない。
それよりもべたつく汚れをすっと落とせたり、べたつかない様に出来たらよっぽどありがたいわよ。
髪の毛がべたついたりすると本当に嫌なのよねぇ」
嫌そうに鼻の頭に皺を寄せながらシェイラが言った。
ふむ。
潮風のべたつき予防効果に関しては『べたつきが少ない・・・かな?』程度で絶対確実にそう言う効果があるという訳ではないのだが・・・もう一度しっかりテストして、どの程度の効果があるかをアレクとシャルロが帰ってくる前に確かめてみるか。
海風は建築物の天敵に近い感じですが、石造りだったら関係ないんですかね?